第25話 企て


 アンドロイドの退避したステージには、爆弾の起爆スイッチを手にした斎藤と、彼から距離を取る他七人だけが残されていた。

 観客型アンドロイドも今は静まり返り、異様に広い空間の中、自分が唾を飲み込む音すら響き渡りそうだと雪永は錯覚した。

「さ、殺人鬼どころか、テロリストがいたなんてね」

 斎藤を睨み、雪永は怯んだ自分を奮い立たせるように言う。すると斎藤は傷ついた様子も見せず「そう言わないでください。皆のためです」と七人を見渡した。

 理解しがたいその言葉に、九条のこめかみがビクンと引き攣る。

「無理心中が? どこがよ!」

「だったら僕にスイッチを押させないように協力を。持っていて」

「え、あ、ぎゃ!」

 スイッチを放り投げられ、中井谷は悲鳴をあげながらなんとかキャッチした。

 スイッチ部分には透明な蓋がされており、それを確認して言根と二人でひとまず安堵の息を零す。

「風坂さん」

「な、なんだよ」

 声をかけられ、風坂はビクリと反応しながらも果敢に返事をした。

「あなた機械いじれますよね」

「なんで」

「このご時世、エリートを名乗るからには嗜んでるはず。協力してください。モニターと音声の回線をいじります」

「……声明でも出すつもりか」

「いいえ。それじゃただのテロです」

「テロでしょ!!」九条がキィと鳴いた。

「上手くいけば革命になる」

「革命……」言根がその言葉を口の中で転がす。

「ひとまずアンドロイド用の音声回線を切る。準備ができ次第、ショーを再開だ」

「まだ続けるのか?」

 てっきりショーを終わらせるための暴走かと思ったのに、と中井谷が驚きと絶望の声をあげる。

「僕らの姿を大勢の人が見ることに意味がある。――では、風坂さん」

「……スイッチを押されちゃ困るしな」

 覚悟を決めたのか、眼鏡を指先でかけ直す風坂。舞台裏の配線へと向かう二人の男を、他の五人はじっと見送るのだった。


◆◆◆


 同志達には”弾劾”の概念はあるだろうか。否、同志という言葉も相応しくない。アンドロイドに意志はないのだから。

 しかしながらこれは弾劾に近いものではないか。アダムは次々と通信から入ってくる他ステージや部署のアンドロイドの通信を処理しながらそう考えた。きっと人間ならば、これは弾劾されていると判断するだろう。

「緊急処置として八人全員拘束しますか」

 ケナンの指示を要求する動作が声として集音器を通して伝わってきたので、アダムは他に伝達されてくる通信を意識から遮断して顔をあげた。

 彼の前にはケナンとエヴァが美しい姿勢を維持したまま立っている。エヴァはぞっとするほどの無表情、ケナンは好感を持てるように計算された僅かな微笑みの初期設定のままに。

「視聴率は」アダムは尋ねた。

「現在の視聴率は27%」

「アメイジング! 放送延長だ。次のステージは後日に回せ。歴史的な回になるぞ」

「スイッチを押されれば、自殺を全世界に放送することになります」

「それはダメだ。イメージが悪くなる」

「でしたら早急に対象のネックチップを」

「エヴァエヴァエーヴァ!」

 喜びの動作の次に焦りの動作を見せるアダムの前で、まっすぐに立ち、淡々と予測と推奨されるべき対処法を口したエヴァは、大仰に通り名を繰り返されて唇を閉じた。

 アダムは気安くエヴァのシリコンで覆われた頬に手を伸ばし、ぐにぐにと両手で挟み込み、こどもに言い聞かせるように言う。

「どんな形であれショーの最中に死者が出ては駄目だ。途端、彼らは英雄になる。人間は命を賭した物がとかく好きだからね」

 例えアンドロイド達が人間の未来を、対象の殺害を判断したところで、人間たちがそれに納得しないのは容易に予測ができる。更に言えば、アンドロイド達の判断では目指す未来への害悪であるその人間は、命を失った途端に人間たちにとっては誤った目標となり得るのだ。人間は迷妄や盲信の習性がある。

「音声通信が切られました」ケナンが言う。

 アダム達が会話を実行している最中にも常に聴こえていた八人の話し声がブツリと途切れたのだ。

「やっぱり彼に死ぬ気はないようだ。これから死ぬって人間が、こんな後先考えた指示を飛ばすわけがない」

 斎藤の言動や表情の記録を思い返すように読み込み、アダムは笑う。

「暫し様子を見ようじゃないか。我々の務めは、ステージ登壇者の人間性を見抜くこと。その機会は多いに越したことはない」

 アリスのチェシャ猫のような笑みを浮かべてから歩き始めるアダムの背中に、エヴァとケナンは数秒ただ視線を投げかけ、そして後について歩きだしたのだった。


◆◆◆


「――それ、マジで言ってるの?」

 九条は猜疑心満載の、しかし驚愕と期待と絶望も綯い交ぜに顔中に皺を寄せて斎藤にそう尋ねた。

 音声回線を切ったというその後に、斎藤から離された話があまりにも信じがたかったからだ。

 しかし斎藤は出会った時と変わらぬ真剣なんだか無表情なんだか分からぬ顔で「マジです」と頷いた。声だけは、キッパリと強かった。

「それが本当なら……」雪永が呆然と、決まりもしていない言葉を零す。

「本当です。どうです、やる気は出てきましたか?」

 斎藤は一切ふざけた様子もなく、やはりキッパリと肯定して、瞳の奥をわずか期待で輝かせて七人の顔を見回した。

 しかし言根は相変わらず浮かない顔をしているし、風坂も眼鏡の位置が動くくらいに眉間周りの筋肉をこわばらせている。

「やる気って、できる事なんてなんにもないし……」

「事実がどうであれ、民衆が動かなきゃ意味がない。民衆の総意は真実を潰す」

 この二人は話を聞いても変化は訪れないと諦めているようだった。

 気まずい沈黙が落ちる中、須和が口を開いた。

「上手くいかなければこれはただのテロ行為に終わって、俺たちは全員捕まるかネックチップの発動で死ぬ。それかあんたの爆弾で木端微塵かもな。……が、ここまで来たら拒否権も何もない」

 確かにここまで来てしまえば、巻き込まれ過ぎて共犯扱いになりかねない。斎藤は皆に選択権を委ねるような素振りを見せているが、ここで逃げ出す者はいないのを皆も分かっていた。それは斎藤の手にある爆弾スイッチではなく、彼の話に絶大な効力があったからだった。言根は風坂が何を言おうとこの場から動かないのが証拠だ。

「あなた知ってた?」

「なぜ」

 なんの脈絡もなく柏原に訊ねられ、須和は僅かに瞳孔を大きくした。

 柏原はビー玉みたいな目でじっと須和を見つめたまま、軽く言う。

「あの時のメモ、そういうことかと思って」

「話したんです?」

「いや。妙な時だけ勘がいいな……」

 驚いた斎藤の問いかけを否定し、須和は始めてこの妙な女に対し感心を覚えた言葉を吐いた。

「知ってたって? このテロを?」中井谷がけたたましく騒ぐ。

「爆弾は聞いてない。事態をひっくり返さないかって勧誘されただけだ。メモで」

 須和は無感慨に答えた。

 なるほど、と柏原は思った。抽選の時に須和が落としたあのメモの中身を確認する事はできなかったが、彼女が考えた通り、斎藤はアレで須和にコンタクトを取っていた。そして須和が誰に見られてもおかしくないような場所にポイとメモを捨てたのは、その提案に乗る気はなかったからなのだろう。

 しかしあの時の斎藤はこうして須和と同じステージに立つ確信はあったのだろうか。そも、なぜ抽選される立場の人間が抽選を執り行えたのか。そういうシステムなのか、斎藤が何か仕組んでいたのか。

 気になりはしたが今この場で聞くほどのことではないかと、柏原はぼんやり考えた。皆の顔を見ていると、この疑問が酷くどうでも良いものに思えてくるのだ。

「なんで殺人鬼の彼にそんなことを……」雪永は猜疑の目で斎藤を見た。

「社会への影響は大きい。柏原さん、あなたも」

「私?」

 名を呼ばれ、柏原はパッチンと瞬きをする。考え事から現実へと意識が戻された。

「君たちはまだ自分自身を語っていない。世間は君たちに興味があるはずだ」

「なんでこの二人?」

 中井谷は須和と柏原を示して言う。「僕も人を見る目はあるつもりだ」と斎藤は答えた。その答えは中井谷を納得させるものではなかったようだが。

「――最初はひとりで死のうかと思ってたんですがね。奇跡のようにこの八人が集まったから。上手く言えないけど、やらなきゃいけないって思ったんです」

 ひとりひとりの目を見てゆきながら、斎藤は言う。初めて彼の声に、何か柔軟で熱を持ったものが宿ったような気がして、それぞれが戸惑いを持つ。

 最後に目が合った九条は喉の奥が詰まった気がして、それを吐き出すように体を強張らせて言葉をひねり出した。

「ハン、こいつらにそんな魅力ある? いがみ合いばかりじゃない!」

「あなたにも魅力が」

「……」

「口説いてる?」

「僕、既婚者です」

 息を呑んで押し黙った九条の代わりに挟まれた柏原の問いに、斎藤は遺憾の表情で告げた。

「とにかく焦点を変えたい。まずは交渉と銘打ってアンドロイドを一体なかに。エヴァがいいでしょうね。彼女は最も機械的だ」

「それから?」言根がそわそわ前のめりに先を促した。

「他のアンドロイドの意識を交渉外のところに向ける。視聴者の意識も」

「どうやって」雪永が乾いた喉で続きを待つ。

 斎藤は須和と柏原のほうへと振り返った。「なに」と柏原がまたパッチリ瞬きをする。

「スピーチの続きを」

「スピーチ」柏原は繰り返した。

「自分のことを話して。まだ話してないでしょ」

 須和と柏原は自然と目を合わせた。「話したくないのか」と須和が言う。

「あなたは?」

 柏原は答えぬまま問い返した。

「メリットはない」

 須和が乾いた声で言う。

「メリットなんて! 素直に思っていることを話せばいい。それに、僕はやりましたよ」

 斎藤の言葉に、須和はそういえばそんな事も言ったっけなと数十分前のやり取りを思い返した。

 しかし須和が口を開くより先に、「俺が先に行くよ」と挙手をして前のめりに出てきた者がいる。中井谷である。

「え?」と雪永や言根が声を漏らす。なんでアンタが? という気持ちが丸出しだ。しかし中井谷は彼女らに噛みつきもせず、「時間稼ぎが必要なんだろ」とぶっきらぼうに言った。

「良かったわね。大した時間は稼げそうにないけど」

 九条が鼻を鳴らして斎藤に言う。

「自分のことを話せばいいんだろ。お前ら、見てろよ」

 やはり怒るでもなく、中井谷はそう言ってステージの上段へと登ってゆく。

 顔つきが変わった男を見送り、斎藤はスウと鼻から息を零して、風坂へと振り返った。

「やりましょうか。モニター、復帰させて」

 風坂が頷き、ステージ裏へと斎藤と共に去ってゆく。

 中井谷がステージの中央に立ったのを見届け、他の五人もそっとステージ端にある階段へと移動し、うっすら暗いそこに腰をかけた。

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