第21話 自分殺し


「自分殺し?」

 奇妙であり、しかしどこかで聞いたことがあるそのフレーズを九条は繰り返した。

 中井谷は記憶の紐の端を上手く掴んだのか、ずるずると次々に思い出される情報を興奮のままに捲し立てる。

「何年か前にあった殺人事件だよ!どっかの社長子息が自分のクローンを殺したんだ。でも、未登録・非合法だったから殺害されたクローンには人権が認められなくて、犯人は最終的に無罪放免になったんだ。そうか、どおりで見たことがあると思った!」

「そういえばそんなのあったような」言根は須和の顔を見た。

 当時、須和は今よりもっと健康的な体つきをしていたし、髪も今ほど長くなく爽やかな印象だった。それに見合わない虚ろな瞳が、世間をぞっとさせたのだ。時間が経ったからか、今じゃその目にぴったりの陰鬱な雰囲気が全身を漂っており、なかなか気がつかなかった。しかし、確かに同じ顔である。

「あの事件は、世間で物議を醸したんだ。彼が人を殺していないのならば、一体何を殺したのかって。器物損壊罪って声もあがったが、どうしてだったかな、それも適応されなかった。だから法では裁かれなかったけど、世間の批判はそりゃ凄いもんだった。それで結局、暫くもしないうちに彼のとこの会社は倒産したはずだ」

「……」

 すらすらと興奮のままに喋る中井谷を、風坂達は奇妙なものでも見るように眺めた。中井谷は「なんだよ、俺だって別に頭が悪いわけじゃないんだぞ」と憤慨して口を尖らせた。

「――つまり彼、やっぱり本物の殺人鬼ってことですよね」

 雪永が嫌悪の色を目に染めて言う。

「コイツが外れるべきよ」

 九条も続いた。

「でも無罪放免って」

 言根が恐る恐る口を挟む。

「人を殺しているのには変わりないだろう」

 風坂が強く遮った。

 口々に須和を弾劾しようとする彼らを見て、斎藤が静かに口を開く。

「悪人だからといってマジカルナンバーを外されることはありません。善悪混在の世界は人類の進化においては必須です。悪いものがあるから良いものが分かる。悪いものを見て、己の身を顧みる。というやつです」

「じゃあこの人殺しより私のほうが必要ないっていうの!?」

「別にぼくはあなたのことを言っているわけじゃ……」

 ヒステリックに噛みつかれ、斎藤はうんざりして言い返そうとした。

 その時、須和が顔をあげた。

 じ……と彼は七人の顔を見渡してゆく。

 泥の奥に隠された鋭い刃に似た鈍い光を感じとり、中井谷は「うわ、ご、ごめんなさい!」恐怖にひっくり返った声で謝罪をし、顔を逸らす。

 言根や風坂も須和が自分を見るなり目を逸らし、九条は震える足を叱咤し彼を睨みつけた。

 柏原は最後に自分を見てきた須和を見つめ返す。

「あんたはどう思う?」

「なに?」

 声をかけられ、柏原の純朴な瞳は瞬いた。

「あんたはクローンなんだろう。どうだ、あんたから見て俺は人殺しか?」

「人殺しよ! クローンだって生きて……!」

「俺はこのお嬢様に聞いてるんだ」

 叫ぶ雪永は、須和に睨まれてすぐに悔しそうに口を閉ざす。

 柏原は三秒の沈黙の後に答えた。

「……分からない」

「そうかい」

 その答えに須和は怒りや落胆の影も見せずに、乾いた声で言って視線を客席へと戻す。そんな須和を見て、柏原は言葉を続けた。

「あなたの口から話を聞いてみないことには」

 須和が振り返り、再び柏原を見つめる。

 柏原は相変わらず真っ直ぐに青年を見つめていた。

「先ほどからあなたの情報は、あなたを介さないものばかり。私はあなたがどういう人間かまだ知らない」

 このステージで須和は自分の事を語っていない。

 他者からの情報や意見、偏見は柏原にとって判断材料にならないということだろう。須和は「なるほど」と納得の呟きを零し、「……」と沈黙した。

「語らないの?」

 中井谷は思わず突っ込んでしまった。

「失礼します、アダム」

 八人の姿を楽しげに見守っていたアダムの傍にヤレドがついた。

 アダムの中にヤレドからデータが通信される。

「――……」 

 入ってきた情報を認識し、アダムはにっこりと笑ってカメラへと振り向いた。

「ここで緊急ニュースが入った模様です。一旦番組を差し替えてニュースをお送り致します!」

「え?」

「僕らは?」

 いきなりの番組変更に戸惑い、言根達はどよめく。斎藤が指示を仰ぐと、アダムは「控室でお待ちください。準備ができ次第再開します」と告げてステージを出てゆく。

 ケナンとエノスに誘導され、八人は狭くて息苦しいボックスから出て控室へと戻されるのだった。

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