第22話 トラブル、又は客寄せ

『番組の途中ですが、緊急ニュースをお伝え致します。先ほど、午後8時頃。東京国際文化ネオホール付近で大きな爆発があったもようです。被害状況はまだ不明です。国民の皆さんは決して現場に近寄らないようにしてください。爆発は反アンドロイドを掲げるレジスタンスによるテロの可能性が高いとのことです。繰り返します。東京国際文化ネオホール付近で大きな爆発がありました。被害状況はまだ不明です。国民の皆さんは決して現場に近寄らないでください』


 人間とは違って、決して噛んだりはしないアンドロイドのニュースキャスターが正確な発音と、いつもよりやや大きめの発声で焦燥を演出している。

 爆発現場が夫の仕事場であることに気づき、女は二人分の夕飯の支度をしていた手を止めた。

「ママ、お歌は?」

 幼児向け番組を見ていた娘が不満の声をあげる。

 答えるより先に、携帯端末の通知音がピコンピコンと連続した。女は娘の傍に座り、その小さな頭を撫でながら、端末の画面を確認する。

 グループメッセージアプリに数人の友人から通知が来ていた。

『あんたの旦那ならきっと生き残れるよ』

『ねえ、見てる? 視聴率がぐんぐん上がってる、有名人だよ旦那さん!』

『爆発ヤバい』

『この映像、明らかに流出っぽいんだけど見た?』

『外出ないほうがいい、レジスタンスがうろついてる』

 震える指先が画面をスワイプしてゆく。

 そこには今朝も変わらず仕事に行ったはずの旦那が、裏方仕事のはずの旦那が、ステージに立っている画像。

 白衣の人間達が研究室に立ち、何やら小難しい言葉を並べ立てている映像。

 ――遅くなると思うから、夕飯はいらないよ。

 今朝残された旦那の言葉を思い出し、女はいつもより少ない食材の乗ったまな板を見る。

 震える手のまま旦那へと電話をかけるが、空しく留守電に切り替わるだけだ。

「ママ、お歌はぁ?」

 真っ青な顔の女を、娘と、棚に置かれた黒い写真立ての中の女だけが見ていた。


◆◆◆

 

 人間は立ち入り禁止のアンドロイド専用の通路までやってきたアダムは、くるりと振り返った。すると真後ろをついてきていたエヴァとヤレドもピタリと同時に足を止める。

「盛大な花火大会?」

「爆破テロです」

「比喩だよ。で、現場はここだって?」

「正しくは会場外の防護扉です」

「破られた?」

「いいえ」

 エヴァはアダムの質問に淡々と答えた。

 アダムはにっこり笑い、「なら問題ない。番組を続けよう」と大仰に手を振るう。

「しかし既にニュースになっています。騒ぎは大きくなってゆくでしょう」

「視聴率は?」

「20%」

「良い宣伝になった。レジスタンスに感謝だ」

 高視聴率に鼻歌でも歌いだしそうなご機嫌さで、アダムはステージへと戻ってゆく。歩き出そうとしたヤレドは、エヴァが停止したままだと気づき、再び足を止める。

「どうしました、E-5E-99」

「マジカルナンバー7は全世界あらゆる場所で毎日行われています」

「ええ」

「――なぜ今この時に?」

 その疑問の答えをヤレドが持っていないのは百も承知である。

 エヴァはすぐにアダムの後を追い、ツカツカと歩き出す。ヤレドもまた彼女に従い、その後へと続くのだった。

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