第14話 風坂治虫


 遺伝子について研究している父と、有名ブランドのデザイナーを務めている母は数年前に既にこのステージから生きて帰ってきた。勝ちも同然の試合だった。それでも父は、玄関から家に入るなり頽れた。母は必死に息子である自分をかき抱いた。

 モニターの向こうでアンドロイドたちがマジカルナンバー7プロジェクトの制定を宣言した時を今でもよく憶えている。

 それから少しして、何度か通っていた塾を変えた。時代に対応する企業を見極め、常に正しい場所にいられるように両親は尽力してくれた。

 様々な困難があった。中学受験、高校受験、大学受験。才能を伸ばすための習い事。なんだってトップを目指してきたのだ。そして手にしたのだ。

 

「なるほど。それで君はエリート街道をゆくことになったと」

 アダムは興味深そうに深く頷いた。

 対面に座る風坂は眼鏡の奥の瞳を細めて、爽やかに微笑んでみせる。

「その言葉選びにはいささか抵抗を感じますが、結果的にはそうなるのかもしれません。でもそれは結果論ですよ。世間にはマジカルナンバー7制定以来、社会における価値観が変わったと主張する層も存在しますが、実際はそれらがより堅実なものとなったに過ぎません」

「というと?」アダムはコメンテーターに追及するように身を乗り出した。

「家柄、学歴、知力、身体能力、生活能力、芸術センス、善行の数。遥か昔から、これらが人間を決めてきました。いわば人間力です。それらは昔から求められていたんです。ただそれを努力し高めることのできる人間が今までは少なかった。それだけだ」

「風坂さんのおっしゃる通り、マジカルナンバー7制定後、世界的に人間はあらゆる面が向上していると言ってよいでしょう」

「このステージに立った者は、生を感謝し、謙虚に、まっとうに生きるようになる。犯罪は激減し、経済や化学の発展のみならずあらゆる学問が進化を遂げた。よって、今プロジェクトは人類の進化という名目の前では成功していると言っても過言ではないでしょう」

「心強いお言葉。我々アンドロイドの胸も熱くなります」

 政治家のように声音に力を込めて、アダムは胸の前に拳を握った。控室で「ケッ」と中井谷が皮肉めいた音を吐き出していた。

「……しかし、中には風坂さんと違って人間力をつけられない人々もいるわけですが――」

 深刻な表情での問いかけに、言根が呻いていた。

 風坂は口角を吊り上げ眉尻を下げてみせた。

「僕から言わせてもらえば、怠慢、ですよ。審判の日が訪れるのを知りながら努力しなかった者は堕ちるのみ。当然です」

「鋭いご意見だ」

 盛大な音の舌打ちふたつ。中井谷と九条である。言根はまたしくしく泣きだしていた。

「そろそろ時間ですが、何か言い残したことは?」アダムの問いかけに、風坂は自分の前に浮遊するカメラへと身体を向きなおした。

「僕がこうした真人間にになれたのは、一重に父と母の教育のおかげです。この場を借りて、両親に感謝の意を述べたいと思います」

「貴重なお話ありがとうございました」

「こちらこそどうもありがとう」

 風坂は立ち上がるなり、アダムへと握手を求める。

 彼らはがっちりと手を握り合い、カメラに向かって歯を見せて笑い合っていた。


「見事ですね。あれが本来の彼かどうかはさておき」

 モニターを見ていた斎藤が、審査員のようにそう言った。まさに模範解答である。

「塾やセミナーで習ったことをまるまる暗記してただけだろ。あんなのが人間性だなんて言っていいのか?」

 苛立ちが収まらないらしい中井谷が、八つ当たりめいて他の六人に訴えかける。

 鏡の前で前髪を調整していた雪永は「流行ばっか真似てる個性のない人には言われたくないんじゃない」と冷たく言い放った。

「なに?」中井谷が眉を吊り上げる。

『雪永妃咲さん、次、登壇お願いします』

「はぁい」

 可愛らしく甘い声で返事をし、アイドルスマイルを六人に見せつけてから控室を出てゆく雪永。

「クソ、ちょっと有名だからって調子に乗りやがって」

 出逢った時の態度などすっかり忘れたかのように中井谷が吐き捨てた。余裕のなくなってきた数人とは違い、須和は最初から態度を崩さずモニターを眺めている。

「見ものだな」

「は?」

「あの笑顔貼りつけた女が、あの場でそれを保てるのか」

 ステージでは、歓声に迎え入れられ笑顔で手を振る雪永の姿があった。

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