第23話

 逃げるようにして自分の部屋に帰った俺は、台所へ行き冷たい水で顔を洗った。

「なんだったんだ、今の……」


 落ち着け

 落ち着いて考えるんだ

 あの男はなんと言っていた?


 夜中にいつも来ていた――この二日間は来ていないようだった

 最初は先週の金曜日だった……


 俺は、行っていない。

 彼女のアパートへ行ったのは、今日で二回目だ。でも、あの人は見間違いではないと言った。

 やはり――俺がもう一人いるのか。

 いや、夢じゃあるまいし、そんなことあるはずがない。


 ――夢じゃ……


 背中がゾクッとした。

 急に体がガタガタと震えだす。

 なぜか気になっていた二日間という言葉。

 昨日と一昨日、それまでと違っていたことといえば――その二日間だけ、俺は夢を見ていない。

 それまでは、玲のまわりの人間が死ぬ夢を続けて見ていた。

 あの男の言う、俺が夜中にアパートへ行っていた日は、誰かの死ぬ夢を見ていたのだ。

 でも俺は行ってない。

 行ってないんだ。

「……くそっ!」

 たまらなくなり冷蔵庫を開けビールを取り出す。

 何も考えずに一気に飲み干す。

 続けて二本、三本と空ける。

「…………」

 俺は、逃げてしまった。

 玲の課長も父親も逃げるなと言ったのに。彼女のアパートから逃げ帰り、そして今、考えることからも逃げ出してしまった。

 この夜俺は、二日ぶりに夢を見た。

 とても長い夢だった。

 最後の夢は、俺の体が真っ二つに切られておわった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る