捜索五日目 ~隣人の証言~

第22話

 いつの間にか眠っていたようだ。すっかり夜が明けていた。

 昨夜も夢を見なかった。

 そういえば、寝る前にいろいろ考えてたような気がするが、すっかり忘れている。


 何か大事なことを思い出そうとしていたような……


「まっ、いいか」

 そんなことより、これからどうするかを考えなくては。

 話を聞くべき人には全て会った。

 姉、友達、母親、父親。そういえば父親が何か言っていたような気がする。たしか、ベンチから立ち上がるときに『原点にかえるのも大事』と。それは、玲のアパートに行ってみたかどうかを聞かれたときだった。

 俺は、誰に会うより前に彼女のアパートに行っている。

 原点。それならばこの捜索の原点は、あのアパートだ。

「……行ってみるか」

 そう遠くない場所にあるアパートへ、今日は歩いて行くことにした。

 日中はもうコートを着なくてもいいくらいに暖かくなってきていた。

 歩いて三十分くらいで着く。こんなに近いとは思わなかった。

 アパートの前で立ち止まり、部屋を見上げる。あの日と変わらず、ベランダの向こうにきっちりと閉められたカーテンが見える。

 しかし、ここに来て俺は一体何をするというのか。

 玲は行方が分からなくなっている。この部屋にいるはずがない。きっちりカーテンが閉められ、ドアには間違いなく鍵がかかっているだろう。

 俺はここに何をしにきたのか。

「やっぱり……俺は馬鹿だな」

 それでも、せっかくここまできたのだからと、彼女の部屋の前まで行ってみた。

 ドアに手をかけようとしたとき、隣の部屋から人が出てきた。俺より少し年上に見える男性で、背が高く端正な顔立ちをしている。

 こんないい男が隣に住んでいたのかと思っていると、話しかけられた。

「こんにちは。ここ二日間姿を見ないからケンカでもしたのかと思ってたんですよ」


 この人――初対面なのに何を……


「今日は夜中じゃないんですね」

「……は?」

 俺がここに来たのは、月曜の夕方と今の二回きりだ。

「あの……何のことだか俺には……」

「あれ? 人違いかな? いや、確かに君のはずだけど……」

 内緒なのかな、恥ずかしいのかなと、小声でぶつぶつ言っている。何のことだかわけが分からない俺は、とりあえず聞いてみることにした。

「えっと……夜中って……」

「ああ。僕は仕事が不規則で、特に先週から今週にかけては忙しくて夜中に帰ってきてたんだ。いつもちょうど階段を上がったら、君が彼女の部屋に入っていくところなんだよ」

 笑顔で言うこの男の言葉を聞いて、急に不安になる。

 首の後ろが熱くなり、嫌な予感がする。

「二日間って――」

「昨日、一昨日と来てないようだったからケンカでもしたのかと思ってたんだけど、そうじゃないみたいだな」

彼はまた笑って言った。


 昨日と一昨日……何のことだ


「えっと……いつから……」

「僕が気付いたの? んー、最初は先週の金曜日だったと思うよ」

 それじゃ、と言って彼は階段をおりて行った。

 しばらくその場を動けなかった。

 その間なにも考えていなかった。

 何か物音がしてふと我にかえった瞬間、背中に悪寒が走り立っていられないほどの恐怖を感じた。ここから逃げなければ。もつれそうになる足をなんとか進ませ階段をおりた。


 とりあえずここから逃げなければ

 ここにいてはいけない――帰って考えるんだ


 夢中で走り、少し離れたところでようやく立ち止まる。

 そして、アパートを振り返った。遠目に見る彼女の部屋のカーテンが、少し開いてるような気がした。

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