第21話

 信じている。そう言い残して玲の父親は去っていった。

 俺は再びベンチに腰をおろした。

 とても長く感じられたが、彼女の父親と会っていたのは一時間足らずだった。

 一人になって気が付いたが、全身が緊張していた。手の平にすごい汗をかいている。


 この感じ――最近感じた気がする

 いつだったか……


 いや、そんなことよりも一番気になっていたのは、俺と会って話すことを彼は夢で予知していたのだろうか、ということだった。

 今日、電話もせず会いに来た俺にすぐ気付き、声をかけてきた。それも名前を呼んで。

 これから現実に起こるであろうことをあらかじめ夢で見るなんて、どんな感じなのだろう。


 そんなこと――夢自体まったく見なかった俺に分かるわけないか……


「さてと」

 重い腰を上げ、車へ向かう。

 これで玲に近い人とは全て会ったことになる。姉、友達、母親、父親――。

 結局、玲の行方は一切分からなかった。しかし、先ほど父親は「玲は元気だ」と言った。

 課長も「彼女のことは心配ない」と言った。ということは、きっと彼女は元気なのだろう。

「…………」


 何だろう、この気持ちは。

彼女が元気だと分かって、俺はイラついていた。


 家に帰り、途中で買ったコンビニの弁当を食べる。

 今週に入って好きな酒をやめていた。

 玲が見つかるまで禁酒しようと思っていたが、今日彼女が元気でいると分かったし、それに何だか無性に飲みたい気分だった。

 弁当と一緒に買ったビールをじっと見つめる。

「……やめとくか」

 いつもはいいかげんな俺だが、今回くらいは決めたことを最後まで通してみようと思った。

 手にしたビールを冷蔵庫へ入れ、布団に潜る。

 昨夜は夢も見ずぐっすり眠ったせいか、目が冴えている。眠れないため、ここ数日を振り返ってみることにした。

 月曜日に玲を捜すよう頼まれて、火曜日から人に会い話を聞いた。

 いろんなことを聞いたはずだが、何一つはっきりしたことは聞いていない気がする。

 玲がどこにいるのかは、誰も教えてくれなかった。

 姉は、父親の話と夢の話をしていた。

 友達は、メールのことと夢のことを話していた。

 母親は、父親のことと玲の小さい頃のこと、そして夢で現実を予知できるという話。

 父親は――父親は俺のことばかり聞いてきた。

 なんだか不安になる。

 嫌な感じがする。


 もう一人……

 俺のことを聞いてきた人間が、もう一人いた気がする

 誰だ――この四人以外の誰か……

 俺は誰と話したんだ?


「くそっ!」

 分からない。いくら考えても思い出せない。


 もう一人……

 もう一人といえば――俺にはもう一人、俺がいるのか?

 何なんだ?


「ああ……俺がもう少し頭がよかったら、もっと考えがまとまるはずなのに」

 もう少し頭がよかったら。夢の中の僕みたいに。

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