4―4

 朝五時。かぐやは前カゴ、私はシートへとお互いのポジションへと乗り込む。

 崖に激突し、ガス欠で転倒、この短期間で幾度となく破損してもカブプロはキック一つで気持ちいくらいの唸り声を上げる。むしろかぐやの手が加えられるたびに元気になっているような……質感はもはや営業所のプレスカブを超えているし。機械は本当に単純でいいな……。

「ねぇ、デートってこんな朝早くからやるものなの?」

「この町、郊外なだけあって色々あるけど、結局田舎だから貧乏くさいのよ。だから少し移動するわ」

「朝ごはんも食べていないのに元気だねぇ」

「途中で適当なコンビニでなんかつまむ方が学園モノのデートっぽいでしょう」

「なるほど!」

 いや知らんけど。それこそ適当に言っただけだ。

 もはや少女漫画においてはかぐやの方が何倍も知識を持っている。エンタメなど知らず、今まで人間と碌にコミュニケーションを取って来なかった私が彼女を納得させられたのならまあ、及第点ってところか。

 シフトペダルを「バツン」と踏む。デートで具体的に何をするのか、作法を知らないゆえに行き当たりばったりになるのは間違いないけど、それこそ初心っぽくて、少女漫画っぽいだろうと思いきる。何かあれば風が教えてくれるんじゃないかしら、多分。

「結構スピード出ているけど大丈夫なの? 町の外に出るとなるとこの格好は目立つんだけど」

「デートって見せつけるのも目的でしょう。それに催眠術をかけるために目立ちまくっていたのはどこの誰よ。同じ要領で何とかしなさい」

「アレ、結構下準備いるし、規模的にあの町だったから出来ただけでそこまで初見殺しの能力じゃないよ」

「本当万能では無いのね。まぁでも、デートは共同作業なんだから運転している分これでチャラって事で」

「初めての共同作業、良い響きだね」

「うるさい!」

 謙遜こそすれど、早朝という時間が味方したのも相まって私達のカブプロがいかに不法行為をしようと誰も咎めない。宣言通り休憩がてら寄ったコンビニでチキンを齧り、二時間も揺られると目的地に到着する。

「うわっ……三〇分百円とかありえないわ。どんだけ地価高いのよここ」

「ねえエリ、ここって……」

 かぐやは周囲の景色を記憶と照合するかのようにぐるりと見てゆく。仮に私の記憶を参照しているのだとしたらあまりあてにならないと思うのだけど。まだ物心つかない頃の記憶だし。

 生活圏と比べると猫の額ほどしかないバイク駐車場に、はるかに高い乱立するビル群、早朝であるにも関わらず周囲には人、人、人で溢れかえっている。

「……東京。私が生まれたらしい場所よ」

 両親の仕事が上手くいっていた時はこんな賑やかな街で暮らしていたらしい。人生のほとんどをあのボロアパートで過ごしていた今となっては全く信じられない話だけど。私だって走馬灯を見なかったら思い出さなかった。

「あのお店、あの建物……どれも興味深いね……ねえエリ、どこから見ていこうか!」

 勢いでここまで来てしまったけど、かぐやのお眼鏡にかなったようでよかった。東京ならあの町よりもはるかに未知のものが多い。具体的に何をするのか決めていなかったけど、とりあえずは彼女の好奇心を満たすように動けばいい……のかな。

「これが神社……いいね。恋愛運の成就を祈願しよう」

「いきなり入らないで。まずは手とかほら、清めないと。それと道は堂々と真ん中を行かない。神様が通るんだから端に寄りなさい」

「この服エリに似合うと思うんだけど。どうかな」

「うーん……ワンピースねぇ……。やっぱり露出が多いと痩せているのが目立つわ。出来れば素足は……って高っ! 布きれ一枚にこれだけって……無し、無しよ!」

「クレープ、タピオカミルクティー、パンケーキ……他にも興味深い料理がたくさん。結構家でも作れそうだね」

「注文はそのくらいにしておきなさい。店員さんビビっていたわよ。テーブル埋め尽くしちゃって……。って、口元にクリーム残っているし。ほら、取ってあげるから動かない」

 かぐやに連れられアッチにふらふらコッチにふらふらと――いや体感としてはギュンギュンと飛び回っている感じだけど――している内にあっという間に時間が過ぎていく。デートと言うよりは観光って感じだけど、さすがは東京、ただ歩くだけでも発見がある……あるいはかぐやが発見のプロで、その姿は本当に、のびのびと輝いている。

「東京って楽しいね。あの町も良い町だけど、とてもじゃないけど数日じゃ情報を収集しきれないや。経験値溜まっちゃうなぁ!」

「気に入ってくれたようで何よりよ……ふう……まさかこんなに歩く羽目に――これ新聞配達よりもきつい……」

 いつの間にか日が落ちて、星と街の明かりで満ち溢れてゆく。郊外とは比べ物にならない、天の川の真下を佇んでいるような感覚に思わず街を見上げる。

「綺麗だね」

 かぐやもまた街を見上げた。すでに好奇心で満ち溢れた瞳、そこへさらに輝きを取り込むように、真っ直ぐ。光を受けたかぐやは絹のような髪を、真珠のような肌を、そして月光のような柔らかな微笑みを返してゆく。

 その一瞬のあまりの美しさに周囲の誰もが息をのむ。ひょっとしたら平安貴族たちがかぐや姫の輝きを目の前にしたときもこんな時が止まったような感銘を受けたのだろうか。あれは物語で、フィクションで……でもだからこそ理想を描けている気がする。

 心が躍る……ってこういうことを言うのだろうか。私は光に触れたくて自然と手が伸びる。

「……エリ?」

「あっ……」

 彼女が振り向き、その一言で周囲の時間が元に戻った。月の魔力は霧散して、誰もが日常へ還って行く。

 そして、間近で酔っていた私だけが逃げ遅れた。中途半端に伸びた手――

「あっ、そう! これ! アンタに、やる!」

 私はかぐやの髪を束ねるボロのヘアゴムを外すと代わりに押し付けるようにある物で飾り付ける。

「……これは?」

 ショーウィンドウを鏡代わりにかぐやは豊かな房の、その根元を確認する。

「……一応デートでしょう。だから……その……プレゼントよ」

 スマホの画面をスクロールするように高速で流れていった東京観光、その中の一つであるアクセサリーショップで見つけた髪飾り。三日月をモチーフにしたそれは一目見た時からかぐやに似合うなと直感し、彼女が店に夢中になっている隙を見計らって買ったものだ。

「……嘘、エリが私におごるなんて……⁉」

「驚くのそこかよ……」

「だって……宇宙人のヒモになろうとしていたじゃん!」

「誰がヒモか! アンタの調査に協力するための正当な経費よ!」

 あーもう……さっきの月の魔力を返してくれ……。半分は私の生活態度が悪いけど――てか言うほどそんなに守銭奴ムーブをしていた⁉――これじゃあロマンとか色々……台無しじゃない……。

「ふーん……ふふふ」

 私が一人で曇っている間に、かぐやはいつの間にかくるくると舞い踊り始める。彗星の尾のように房は水平に、髪飾りは光を受けてチカチカと己の存在を周囲に知らせる。

「ふふふ。これ綺麗だね。ありがとうエリ」

「……どういたしまして」

 全く、子供っぽく突っかかってきたと思えば大人としてお礼が言えたり、月かと思ったら流星になったり……捉えどころのない奴。

 でも、デートに誘って本当に良かったと思う。このかぐやが見せる様々な様相は受け身でなく、私が動いた結果得られたもので……これでようやくスタートラインに立てた気がする。かぐやと対等にあり続けるための、これは大きな第一歩だ。

「ねえエリ、次はどこに行こうか。本当に東京は見ていて飽きないなぁ……」

「いや、さすがに帰るわよ。もう夜も良い時間だし明日は平日で学校。未成年は帰る時間なの」

「保護者がいれば夜も大丈夫でしょ。私一度この歌舞伎町ってところに行ってみたいのだけど」

「誰が保護者か! アンタ一応高校生って設定でしょうが。キャラ設定は守りなさいよ……。どんなに楽しい事も終わりって物があるの。節度が無いとみっともないでしょうが」

「うわーエリ変に大人」

「こればっかりは性なの」

 名残のは私も一緒だ。でも、私にだって地球人としての在り方がある。かぐやの言うことばかりを鵜呑みにするだけじゃそんなの自分をないがしろにするだけ。それは決してかぐやに私のいる意味を与えられない。

 だから――

「代わりに、アレ、やってよ」

 駐車場に着いた私達。私はカブを叩いて次に三日月を指差した。

「……いいの⁉」

「こっちの方があっという間に帰れるし、なによりガソリン代がかからない」

「いいね。エリらしい答えがだんだん分かるようになってきた」

 私達はいつものようにバイクに乗り込んでキックでエンジンを始動させる。イースの超能力が充填されると下からふわりと風が……軽い浮遊感が漂い始める。

「バツン!」

「‼」

 スロットルを捻るとカブプロは平地以上にご機嫌なメロディを奏でながら真っ直ぐ上へ飛ぶ。二度目ともなると私も勘所がつかめる。目的地をイメージしてハンドルを向け、走れとシフトペダルを押し込むと東京からあの竹林まで一直線を描いて飛び始める。

「風が気持ちいいね!」

「……ええ!」

 惜しむらくは浮かんでいるのが三日月である事。これが満月だったらあの映画みたいに私達の姿が映えただろうに。ほんと、残念。

 けど、上は満天の星、足元には街灯の天の川。私達は輝きの中で一条の流星になる。ひたすら真っ直ぐに風をきってただひたすらに星の海を駆ける。自転車では出せない爽やかなスピード、かといってバイクのように景色を流さずに目に映る一つ一つを視認できる原付の速度。中途半端と言われがちな機械は今私達に最適な勢いを生み出して、感じる世界をどんどん広げていく。こればかりは映画の中の子供たちも味わったことがあるまい。私達だからこそ生み出せる夜間飛行だ。

「本当に……綺麗ね」

「うん……」

 私達はお互いに満ち足りた気持ちで夜を駆けた。標識も信号も渋滞も無い、遮るものが無い移動はあっという間で、行きに二時間かかったのが不思議なくらい。東京なんか振り返ってもカブプロのライトよりも小さい。下方の雲海はいつの間にか姿を消し、竹林に降り立っては上も青々した茂りで遮られてしまう。

「……」

「……」

 着地してからは無言でアパートを目指す。この沈黙、あの濃密だった時間が終わる事、それを惜しむ気持ちも私達は共有しているのだろうか……。

「どうやら、お楽しみだったようだな」

「「⁉」」

 かぐやのクレーター付近、そこを照らした瞬間私は急制動をかけていた。

「待っていたぞ……かぐや」

 神経質そうな青い顔、鍛えられた鋼が屹立したような肉体、それを包むSP風のスーツ姿。少しやつれたように見えるのは調査の疲れのためか。しかしその姿は見間違えようもない。あの日かぐやと共に消滅し、帰還したはずの――

「――監察官……っ」

 ……どんなに楽しい事も終わりって物がある。だからってこれはいくら何でも急過ぎじゃないだろうか。

「チッ……」

 いや、言霊なんて関係ない。いつかはこうなる。私だって覚悟が出来ていない訳じゃない。

「⁉ ちょっと、エリ⁉」

 私はかぐやの腕を掴んで監察官に対峙する。

「ほう……滝沢エリ。部外者が、一体何のようだ。私は君に干渉するつもりは、無いのだがね」

 私の喉を締め上げた口でよく言えたものだ。でも、ここで引き下がったらこの宇宙人たちと私は対等では無くなる。

 いずれ来るはずで、そして今来てしまった第三ラウンド。ゴングを鳴らすのはこの私だ。


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