第四章
第27話 別れ
「赤レンガって、まさかオーパ?!」
レンは驚いて立ち上がった。部屋を出て行こうとするレンを本庄が止める。
「待つんだレン! 君はここで待ってろ!! もし、蓮實がやったのなら次に狙われるのは君だ」
「でも! オーパが!!」
「しっかり準備しないと、蓮實に殺されるぞ! ここは警察に任せておけ!! あとで知らせてやるから」
本庄は、いきり立つレンの両肩に手を置き座らせた。レンは彼を信頼し待つことにした。
本庄が赤レンガ倉庫の現場に到着すると、すでに何台もの消防車が消火作業にあたっていた。火災の方は鎮火したみたいだったが、黒煙がモクモクと立ち昇り、周囲に異臭が充満していた。そんな中、担架に乗せられた老人が倉庫の中から担ぎ出されたきた。本庄は急いで駆け寄る。案の定、ヴァイス博士だった。
「ヴァイスさん、しっかりしてください! 一体何があったんですか?!」
「奴じゃ、奴が来たのじゃ。逃げねば、早く逃げねばならぬ!」
「蓮實が、蓮實が現れたんですね!」
「奪われた! 奪われたのじゃ!」
『搬送しますんで、退いてください!』
詳しく聞き出そうとするも、ヴァイス博士は救急車に乗せられ現場から運び出されていった。本庄は博士の担ぎ込まれた病院に向かう前に、隠れ家のあった場所を覗けそうだったので、現場を見ることにした。
消防士が引き上げ始めたその場所は、屋根や壁が吹き飛ばされ、博士の車が有った場所を中心にクレーターが出来ていてその周りに瓦礫が積み上がっていた。どうやら盗まれた爆薬が使われたみたいだった。
「なんで、博士は生かされたんだ?」
博士の言っていた”奪われたもの”も気になった本庄は、いったん警察署に戻り、レンを連れて病院へと向かった。病院に到着してみると、多少の火傷は負っていたものの、大きな外傷の無かった博士は一般病棟に寝かされていた。レンは部屋に入るなりベッドに駆け寄る。
「オーパ! 大丈夫?」
「おお、レンよ! 早く! 早く一緒に逃げよう!!」
「その前に、詳しく話を聞かせて下さい博士」
本庄がベッドから出ようとした博士を制止した。博士はそんな本庄をキッと睨む。
「お主も、ワシらの傍に居ると巻き添えを喰らうかもしれんぞ」
「いったい、どういうことか説明してくださいよヴァイスさん」
「53号が、レンの予備の腕を奪って行ったのじゃ」
「盗んだって、俺の腕は俺にしか使えないでしょ?」とレン。
「接合手術をすれば、奴でも使うことが出来る。奴は見張っていたのじゃ、ワシがお前に腕を付ける手術をするところを」
「どういうことだよ?」
「ずっと、見張っていたんじゃ。お前の能力を手に入れるためにはどうすれば良いのかを、倉庫の裏に隠れてずっと我らを見張っていたのじゃ」
自身の構造については実験体53号は詳しく調べていたが、レンの腕については未知の部分がかなり有ったのだろう。それを探るために、ずっと倉庫の裏に隠れていた――それが、博士の見解だった。二人の会話に本庄が割って入る。
「一つ疑問なんですが、なんで、ヴァイスさんを殺さなかったんですか?」
「ワシが死ぬことをどうとも思っていないと知っているからじゃろうて。それに……」
「それに?」
「まだ、利用価値があると思っているのかもしれんのう。奴は言っていた。自分の王国を創ると。機械化人間の支配する世界を」
「なんて、誇大妄想な! いくら力が有ったって、一人で国を支配するだなんて頭がおかしいんじゃないか?」
「一人ではないじゃろうて。協力者がいなければ、戦後ずっと体を維持することなど土台むりじゃからの。しかし、首謀者はあいつで間違いない。お主は奴の本当の恐ろしさを知らない。虐げられ全てを失い、そして絶望のうちに死んだと思いきや生き返った」
「自分をキリストだとでも?」
「信長だろうがチンギスハーンだろうが、一人の男の狂気から世界を動かす力は始まったのじゃよ。歴史は繰り返す。奴はヒトラーにでもなるつもりなんじゃろうて」
博士は苦虫を嚙み潰したような表情をした。レンは険しい顔で博士に聞く。
「あいつは俺じゃ倒せない?」
「今のままでは無理じゃ。だからレン、外国に逃げよう」
博士の無責任な発言に、本庄が憤慨して抗議する。
「ヴァイスさん、製造者責任は取らないんですか? あんな危険な人物を野放しにして!」
「元はといえば国家が悪いんじゃ。あんな性格の歪んだ被験体を持ち込んだのは国じゃないか! ワシはただの雇われの身じゃったのじゃ。日本の問題は日本人がなんとかせい!」
「なんて、自己中心的な人なんだあんた……」
本庄は、呆れかえって、呆然と博士を見つめた。
「そんなことより」レンが言った。「俺は残るから」
「何を言っとるんじゃレン!」
そう言って、博士はレンに掴みかかった。
「操を置いていけない」
「あの小娘か。しかしレン。お前が残ると、あの小娘に何があるかわからんぞ」
「え?」
「お前の関係者、お前の大切なモノだと判れば、奴は小娘を人質にしてお前を支配するじゃろうて」
「そんな……」
レンの顔から血の気が引いた。
「じゃからレン。小娘を傷つけたくないなら、ワシと一緒に来るんじゃ!」
「ヤダ! 絶対に嫌だ! 俺は、俺は、操がすべてだから、彼女がいないのなら生きてる意味なんて無い!!」
興奮気味に叫ぶレンを本庄が宥める。
「レン君、落ち着くんだ。海外に高飛びするのは反対だが、今はしばらく会わないでいる方が良い。彼女のためを思って、しばらく身を隠すんだ!」
「本庄さんまで、何を言い出すんだよ? そんなこと出来るわけないだろ! そうだ! 俺、操を連れて逃げるよ。それでいい! これからは二人で生きて行くんだ!」
本庄は、部屋から立ち去ろうとしたレンの腕を取り、振り向かせた。
「待て! 君に彼女の人生を壊す権利が有るのか? 彼女の母親や親せき、友人たちから引き離す権利が君には有るのか? 来年から夜間高校に入学して勉強をやり直す夢を壊す権利が君に有るのか?」
「なんで……」レンは言葉に詰まった。「なんで、みんな俺の邪魔をするんだ! 俺はただ普通に生きたいだけなのに、あの子とささやかな幸せを持つ事の何がいけないんだ! 俺が生きていることが罪なのか? バケモノの俺が。生まれなければ良かったのか。ああ、あの時、空襲で死んでいれば、幸せな時代だけで一生を終えられたのに」
「バカヤロウ!」
本庄が、レンを思いっきりぶん殴った。
「何するんだ?!」
レンは殴られた驚きにハッとした表情で本庄の顔を見つめた。その目を見つめ返す本庄の目は、今まで見せたことの無い悲しい色に染まっていた。
「そんな、事を、死んでれば良かったなんて言うんじゃない。おめおめ生き残ったのはお前だけじゃないんだ。生きたくても生きることが出来なかった者たち、虫けらのように無残に死んで行くほか無かった奴らに、どう顔向けすれば良い? お前だけじゃない。生き残った者はすべて、罪を抱えて生きていくしかないんだ」
「本庄さん……」
「それにだ! 操ちゃんの気持ちを考えろ! あの子のためにお前がしてやれる一番の事を、それが男ってもんだろ?」
殴られた事で、冷静さを取り戻したレンは、じっと考えた。其のうえで決意を口にする。
「分かった」
「レン!」
叫びとともに喜びと安堵の表情を見せる博士。
「だけど、最後に一目だけ……」
「ダメじゃレン! 見つかってしまっては元も子もない」
「俺が代わりに、伝えてやるよ。もしくは、手紙でも書いてくれれば、渡しておく」
「もう会うことすら、一目見ることすら叶わないのか……」レンは両手で顔を覆った。「人伝えじゃ無理だ。手紙でも無理。どれほど感謝しているのか、彼女に会ってどれだけ救われたか、俺が彼女の事をどんなに愛してたか伝えられない。直接会って、一晩中話してたって伝えきれない」
レンが泣き崩れる中、遠慮がちに看護婦が入ってきた。
「あの、本庄刑事は?」
「私ですが」
「緊急の電話が入っています」
「分かりました」
本庄は、看護婦と一緒に部屋を出て行った。
「さぁ、レン。いつまでも泣いとらんで、早よ、ここを出るんじゃ」
無言で立ち上がるレン。病院着の浴衣姿のヴァイス博士と一緒に部屋を後にした。
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