第40話(終) 終わり。そして出会い

 


 スクリーンが暗転し、部屋の照明が灯る。


 私は小さく深呼吸して、宗治とサキちゃんの前に姿を見せた。


 2人とも酷い顔。

 そりゃそうだよね。

 自分が知らない自分を見せられたんだから。


「羽山紗希さんの記憶には、宮田宗治さんの記憶まで含まれてるのでお得でしたね。個別に観なくて済みました」


 嫌味ったらしく笑ってみせた。

 2人は私のふざけたジョークに顔を引きつらせる。


「以上が羽山紗希さんが記憶を失うに至るまでの経緯、そして宮田宗治が挑んだゲームの答え合わせです。残念ながらクリアは出来なかったみたいだけど」


 もう敬語キャラは必要なさそう。


『記憶の停留所』で父の手伝いをするようになってからは徹底して自分の感情を殺すことに注力した。


 人の記憶はとてもナイーブな代物。

 特にここに来るような人の記憶は群を抜いて繊細で脆い。


 同情や拒絶、少しの感情を表に出してしまうだけで気を荒らげてしまう客もいた。


 しかし、もう彼らにはそのレベルの気遣いは必要ない。なぜなら、彼らにとって今見せた記憶は既に他人事なのだから。


「宗治が私を好いてくれてない事は何となく分かってた。このゲームはそんな私達の関係を完全に終わらせる為の遊びだった。なのに……」


 嬉しいような悲しいような。

 そんな曖昧な感情が声色に移る。


「どうして私達はまた出会ってしまったの?」


 喫茶店に来た宗治を見て心臓が飛び出る思いだった。


 記憶を抜いてしまったせいか、ちょっと間抜けな顔をしていたけど見間違えるはずがなかった。


「宗治が目の前に現れたせいで、私の決心なんて呆気なく砕かれた。ダメだって分かってるのに、体が……心があなたを求めた」


 私はその場にへたりこんだ。


 何ひとつ上手くいかないじゃない……。


 最初の一通で終わるはずだったメッセージも期待が膨らんだせいで送っちゃうし、祭りの日にはいよいよ我慢できなくなって昔みたいに振舞った。


 私が彼との別れを望んだはずなのに、私がそれを許さなかった。なんて滑稽な話。


「あははっ! 何それ!」


 サキちゃんが嗤う。


 反抗する気にはなれない。

 嗤われたって仕方の無いことだ。彼女がどのように蔑んでも受け入れる用意は出来ている。


 サキちゃんは座り込んだ私の目の前に佇む。


「ほんとめんどくさ。あたし達、1人としてまともなの居ないじゃん」


「え?」


 思いもよらない言葉に気の抜けた声が出る。

 見たげた先にある彼女の目は、とても人を恨むような厳しいものではなかった。


「ねえ、センパイはどう思う?」


 宗治は俺を振るなよ、みたいな顔をして目を逸らした。


「俺が一番中途半端な奴なんだよ。そんな奴に話を振らないでくれ」


 バツが悪そうに顔をしかめた宗治は、それでも私に手を差し出して掬いあげてくれた。


 流れる涙をサキちゃんが拭ってくれる。


 なんだろうこの気持ちは。

 辛くて痛いはずなのに、一つ一つが和らいでいく。


 前に立つ2人を交互に見返す。


「提案があるんだ」


 宗治が切り出す。


「3人でゲームをしないか?」


 嫌な予感がした。

 それだけは絶対やってはいけない、と体が身震いを起こす。


 サキちゃんが「教えて?」と促す。その静かな表情から、彼女も悟っているようだ。


 私が止めなければいけない。

 なのに、体も口も動かない。


 宗治が私を見て優しく微笑む。


「皆の記憶を全部抜き取って、もう一度始めからやり直し。どう、面白そうでしょ?」


 私が首を横に振る隣でサキちゃんは「いいよ」とゲームに同意した。


「どうして!? みすみす宗治を手放すことになちゃうんだよ!?」


 声を荒らげる私にサキちゃんは挑戦的な笑みを浮かべる。


「自信があるから。何度センパイを忘れてもまた好きになれるよ。センパイがあたしを好きなってくれるかは分からないけど」


「あはは……どうだろうね。……いてっ!」


 誤魔化す宗治の横腹に肘を入れるサキちゃん。


 この子は怖くないの?

 せっかく手に入れた宗治を手放すことになってしまうんだよ?


 サキちゃんと目が合う。


「詩織さんはどう?」


「……私は臆病なだけ。本当に宗治との関係を終わらせたいなら私も宗治の記憶を抜き取ってしまえばよかった」


「でも、できなかった。めちゃめちゃセンパイが好きなんだね」


 答えは出ている。


 私は宗治が好き。大好きなの。

 本心に逆らって別れようとしたせいで、サキちゃんまで巻き込んでしまうほどに。


 もう狂人の域よ。


「そうよ。私は宗治が欲しい。だから、今度は宗治がいくら私を拒絶しても絶対離れたくない……」


「だって、センパイ。皆ゲームに参加決定だね」


 振られた宗治は苦しそうに口を開いた。


「実は俺が一番こうなる事を望んでたんだ。詩織さんにも紗希ちゃんにもどっちつかずな態度を示してしまって……なんというかラッキーとすら思ってる」


 小さな声で「うわぁ、サイテー」と引き気味のサキちゃんに「だろ?」と自虐をかます宗治。


 誰がこんな終わり方を予想出来ただろうか。

 少なくとも私の想像にはなかった。と言っても全部私がまいた種なんだけどね……。





 私達のゲームは一旦ここで終わりを迎える。


 この夏に起こった全てが私達の記憶からすっぽりと抜け落ちる。


 脳が都合のいいように間を紡いで、ほとんど何も覚えてないけど、何かはしていた、みたいな曖昧な記憶だけが残る。




 4月になった。


 私は大学の本館裏で誰かを待ってる。

 それが誰なのか……果たして人間なのかすら分からない。


 残飯を求めたカラスかもしれないし、日陰が好きなネコかもしれない。

 けれど、ずっとここに居れば心が落ち着いた。


 レジ袋からチューハイと団子を出して、桜を眺める。


 なんで買ったんだろう……?

 団子なんて滅多に食べないのに、今日は急に食べたくなった。


 プシュとチューハイを開けて1口。


 美味しいけど、何か物足りない。


 冴えない思考を巡らせて、ぼんやりと時間が過ぎていく。


 その時だった。



「隣いい?」



 胸がざわついた。どこかで聞いたような声。

 けれど、思い出せない。


 もどかしい思いに負けて、団子を取ろうとした手を止めて声の方を見上げた。


 私は団子を1つ彼に押し付けて、1人分横に寄った。


「もちろんですよ。先輩」


 その時の私は気味悪がられるほど笑みを浮かべていただろう。


 初めましてのはずなのに、私は彼を『先輩』と呼んだ。咄嗟にでた呼び方に意味は無い。けれど、何故か彼の事はそう呼ぶべきだと思った。


 彼は一瞬驚いた顔をして、しかし何も言わずに隣に座った。そして、散りゆく桜を眺めながらポツリと呟く。


「この景色だけは忘れないようにしたいね」


「そうですね」


 正直、たった一本の桜に景色的な価値は感じなかった。一人孤独に散ってゆく過程が哀愁漂っていいな、程度。


 でも、彼が隣に座った途端。


 時間に比例して儚さが増すのに、手を伸ばして抱きしめたいと思うようになった。




 これが私と彼の出会い。


 この後、私と彼がどうなったのか……



 それはまた別のお話。



 END



───────────────────


あとがき


最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。


初めて書いた作品という事もあり、拙さ全開だったと思います。


しかし、目に触れて読んで頂いたという事実。あなたの人生の一部になれた事を心から嬉しく思い、感謝申し上げます。


本当にありがとうございました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ひと夏の間にギャルと清楚に言い寄られる話 おもちDX @omotidx

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ