Mid-Oct. - Thu., Oct. 26

22. 10月の噂

 寮で、メイリとビアンカと、3人で大泣きしたのがちょっぴり懐かしい。


 クリストファーの車で寮に帰って、自分の部屋に着いたらメイリとビアンカがいた。クララはアルバイトでクラブ・ジャックにいたから、2人で。病院に行ったっきりの私を心配して、ずっと待っててくれたみたい。


 ベッドで並んで座ってる2人を見て、私は思いっきり飛びついた。ドアが開いたまんまなのも忘れて、2人をぎゅっと抱きしめた。こんなの、初めてだった。今までは2人が駆け寄ってきて、私を抱きしめてくれたから。


 ユウヒから私の記憶が消えるって知った途端、私以上に2人は大泣きしてくれた。

 私も泣いて、開いたまんまのドアから寮の子が不思議そうに覗いて、よくわからないけど一緒に泣いてくれた。



 クララも、クラブ・ジャックでシンイーからユウヒの話を聞いたみたい。授業で会った時、丸い顔を珍しく深刻そうに歪めて、こっそり言ってきた。


「これで、よかったの?」

「よくないけど、こうするしかなかったんだよ」

「あたしに、出来ることある?」

「ユウヒと仲良くして、時々、ユウヒが元気だって私に教えてくれたら、それでいいよ」


 背の高いクララが、こっちを見てた。まるで、迷子になった子どもみたいな顔して。


「野菊は、強いね」

「そりゃあ、強いクララの友達だもの」

「頼もしいね」

「クララも!」


 みんながいて良かった。

 もちろんその中には、もう話すことはなくなったクリストファーだって、そしてもちろん、ユウヒもいる。




 10月も中旬になれば、街のあちこち、学校の中、寮の中までハロウィンの飾りつけでいっぱいになる。ホログラムで壁の様子を変えるのは簡単だけど、本物のかぼちゃのジャック・オ・ランタンを見かけた時は、感動した。今でも、こんなことする人がいるんだなあ。


 その頃には、こんな噂も耳にするようになった。時々、廊下ですれ違う誰かが話してる。


「特進クラスのロボ君、ロボじゃなくなったらしいよ」

「うそ、どんな顔?」

「わっかんないよ、同じ授業受けてないんだから」

「あの頭じゃなきゃ、わかんないよねー」


 ユウヒが言ってた通り。

 あの頭じゃなかったら、誰もユウヒを見つけられない。

 それにもう、私には、ユウヒを探し出す理由も、なくなっちゃったし。



 そんなこと言うくせに、気づいてた。校舎を歩く度、赤毛の男の子を探しちゃう自分に。

 そのくせ、いざ赤毛の誰かを見かける度。何人も何人も目にする度。心臓がさいごの1回みたいに大きく鳴って、こめかみがぎしぎし痛んで、周りの音が聞こえなくなるぐらい、頭の中が疑問符でいっぱいになる。


 もしかしたら、あれがユウヒかも?

 一緒に歩いてる女の子の中に、ユウヒのことを好きな子がいるかも?

 今、肩を組んでる男の子は寮の友達? それとも、クラブ・ジャックの仲間?

 なんて声をかければいいんだろう? もしも違う人だったら?


 私は、ユウヒの顔を知らない。だから、誰がユウヒなのかわからない。

 学校の中は、音楽であふれてるわけじゃないのに。私の声は、ユウヒに届かない。


 だから、いつも怖くなった。あの赤毛の男の子が、また別の赤毛の男の子が。

 赤毛の子は珍しいけど、絶滅したってわけじゃない。学内に何人もいる。髪を赤毛風に染めてる子も。

 だから、色んな赤毛の顔を見る度に怖くなって、声を聞かなくていいように、顔を合わせなくていいように、遠回りして歩いた。




 ある木曜日。そう、木曜日。


 木曜日のランチは、私たち恒例の伝統儀式、古典の成績発表がなくちゃ始まらない。


 気が重い。だって今回の課題は、ハロウィンにちなんだ古典の怪談話。プレゼンテーションの内容は、「どうしてその怪談話を昔の人は語り継いだのか」っていうテーマだった。

 ただでさえ、怪談話って好きじゃないのに。それについて考えて、昔あった天災や出来事と絡めてプレゼンをしなきゃいけないなんて。苦手と苦手が重なって、最悪だった。


 でも、古典の先生自体は明るい人だから、なんとか授業を受けていられた。先生は、ハロウィン前最後の授業だからって言って、クッキーを配ってた。なんだか、子どもに戻ったみたい。


「メイリやるじゃん」


 4人で成績を見せ合ったら、メイリがなんとAを取ってた。


「アンタ、ホラー映画好きだもんね」

「怖かったね、メイリのプレゼン……」


 きっと、あの場にトリック・オア・トリートの子どもたちが来てたら、大泣きして大変なことになってたと思う。背筋が凍るメイリの古典怪談プレゼンは、思い出すのもちょっとやだ。


「えー、ほんと? やっぱ映画は見とくもんだね!」


 当の本人は、へらへら笑いながらハッシュドポテト食べてるけど。そして相変わらず、クララは黙ってデザートから食べ始めてる。そう、さっき先生がくれたクッキーから。

 もう、この光景にも慣れっこ。メイリは画面を消しながら、ぱっと明るい表情で顔を上げた。


「ねえねえ、今年のハロウィンさあ、どこのパーティー行く? 学校のは去年行ったじゃん。今年は、外のパーティー行こうよ」

「うちに来てよ」


 そう言ったのは、クララだった。


「クラブ・ジャック、パーティーやるよ?」

「そりゃ、そうだろうけどさあ……アンタねえ……」


 ビアンカは苦笑いしてる。理由は分かる。

 学校で、ユウヒの頭が変わったって噂が流れ出した、少し後。クララから、クラブ・ジャックにユウヒが復帰して、またDJを始めたっていう話を聞いた。だからビアンカは、それを気にしてるんだと思う。

 でも、クララは目を丸くしたまんま続ける。


「いいじゃん、来たら。だって、もしかしたら誰かに会えるかもしれないよ?」

「野菊が、ユウヒに会っちゃうでしょうが」

「会ったら会ったで、また友達になればいいんじゃないの?」

「アンタ、簡単に言うけどさあ」

「簡単には言ってない、ほら」


 いきなりクララは、ビアンカの細い手を引っ張って、自分の手首に指をあてさせた。もちろん、ビアンカは困ってる。手首とクララの顔の間をきょろきょろ見ては、眉をひそめる。


「え、な、なにこれ」

「脈」

「脈……」

「速いでしょ。だから、簡単には言ってない」

「はー……速い? 速いの? これ」


 クララがうなづくから、ビアンカも納得した風にうなづいて手を離した。それでクララは、満足したみたい。


「もし、ハロウィンで友達になれなくても、またなれるかもしれない。それに、もしかしたらさ。他の誰か、新しい友達に会えるかもしれない。ホームカミングだって、そうだった」


 プリンを一口。それから、こくんとうなづく。なんとなく私もうなづいて、それからメイリとビアンカを見る。

 ビアンカはまだ不思議そうにしてるけど、メイリは、閃いたように目をパッと大きくして、明るい声を上げた。


「賛成! 行こうよ、クラブ・ジャック! クララもいるしさ、みんなで行けば楽しくなるよ。もし、ユウヒがひどいこと言って野菊を泣かせたら、その時はユウヒをぶん殴ろう、ビアンカ!」

「あー、まあ、それもいいね。向こうはこっちの顔、ロクに覚えてないんだし」

「不意打ちしよう、不意打ち」

「メイリ、ビアンカ」


 クララに名前を呼ばれて、メイリとビアンカはぎょっと肩を上げる。でも、クララは珍しく、満面の笑みを浮かべてこっちを見てた。


「それやる時は、あたしも呼んでよ」


 どうやら、私たちには最強の味方がいるみたい。

 なぜか4人で固い握手を交わして、メイリはさっそくブレスレットで画面を表示した。


「じゃあさー、なんの仮装するか考えないとね! 昼間は学校で吸血鬼のお姫様やるから、夜はー」

「アンタ、さっきの授業で話してたゾンビでもやんなよ」

「やだよー! かわいくないじゃん! そうだよねえ、クララ!」

「メイリはなにやってもかわいいよ」

「きゃー、かっこいー!」


 わいわい騒がしくなるテーブル。みんなでこうしてる時が、一番いい。1人じゃないってわかるから。それに、憂鬱だったハロウィンも、ちょっぴり楽しみになって来た。


「ねー、野菊はなんの格好するの? また去年と同じ?」

「うーん。どうしようかなあ」

「あれ、やめなよお。学校ではまだいいけど、クラブはさ」

「そう?」


 色んなものから隠れられるから、いいと思うんだけどなあ。

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