第二十四話 強がる姫さん、悩めるわんこ


 「――ふむ、引き時じゃな」


 言いながら、ポンと『おたま』で掌を打つシュルーナ様。


 あまりに見事な采配だった。あえて本陣の守りを薄くし、正面突破の可能性を匂わせる。出陣と同時に、リオンさんが南門から攻めることで、フロラインの士気をくじく。飛行系の魔物を使い制空権を支配することで、兵は民を守るために拡散しなければならない。


 姫様の予想通り、フロラインは撤退。やられてしまったヒュレイ様は、もちろんダミーだ。


 何が凄いかって、これだけの激戦を繰り広げたのに『双方の被害』が、異様なほどに少ないのである。


「シュルーナ様……フロラインは消耗しています。総攻撃をかければ、リーデンヘルを落とせるかと……」


 心を濁らせながら、僕はそう進言した。本当は凄く、言いたくなかった。なぜなら、フロラインの精神的な美しさを見てしまったから。


 エッケザイルを倒したあと、彼女は拳を掲げて民の期待に応えた。絶対に守ってやる、心配するなと言わんばかりに。笑顔を絶やさずに――。


 けど、いくら取り繕っても、僕の瞳は、彼女の疲労が透けて見えていた。あらゆる所作が、フロラインの限界を語っている。


 民の期待に応えるため、情けない姿を最後の最後まで隠そうとした。凄く立派だ。彼女こそが民の希望。ならば、僕たちはその希望を壊そうとしている。


「たしかにフロラインは消耗しておろう。だが、人間というのはここからが強い。いらぬ怪我がせんでよかろう。ここが引き際じゃ」


 姫様がおたまを動かして、合図を送る。魔物たちが、城壁から離れていく。その光景を見て、少しほっとしている僕がいた。


「ミゲルよ。……人間と戦うのは、結構『くる』ものがあるじゃろ」


 攻城戦が終わりを告げ、弛緩した空気の中でシュルーナ様がぽつりと言った。


「へ?」


「わしらデモンブレッドは、分類的には魔物じゃが。外見的には完全に人間じゃ。精神的にも人間に近い。ゆえに、自分と似た生物を殺めるのには抵抗があろう」


 そのとおりだと思った。究極的なことを言うと、僕は動物や魔物の死には、さほど抵抗がない。群れにいた時は、動物の肉を食べていた。けど、人間という種族だけは食べたいと思わなかった。


 僕が黙っていると、シュルーナ様が優しく促してくれる。


「ミゲル、本音を言うてみよ」


 僕は重い口を開く。


「戦争がどういうものか、わかっているつもりでした。けど、フロラインさんの姿を見た時……彼女に羨望を向ける民を見てしまった時……僕の中に迷いが生まれました」


「それでよい。デモンブレッドは感情の生き物じゃからな。――して、どうする? おぬしはフロラインと戦いたくはないか?」


「僕はシュルーナ様の家臣です。命令に背く気はございません。――しかし、許されるのならお聞かせください。フロラインの死によって、姫様の望む『誰もが笑って鍋をつつける世』が成されるでしょうか? もし、リーデンヘルを落とした場合、人間の民はどうなってしまうのでしょうか」


 僕がシュルーナ様を尊敬しているのは、ただただ命を救ってくれたからではない。『鍋』という最高の料理、最高のイベントを教えてくださったからだ。もし、シュルーナ様が酷い御方だったら、心からの従属はしなかっただろう。

 

「わしは……人間を滅ぼそうとは思っておらん」


「はい」


 シュルーナ様は、リーデンヘル城を眺めながら語る。


「わしは、可能ならば、人間とも鍋をつつきたいと思うておる」


 被害を最小限に。捕らえた人間はすぐに解放。民には手を出さない。兵糧攻めという、苦しみはすれど、死なずに済む術も残している。姫様のお考えは、僕にも理解できた。


「だが、戦をせねば世界はひとつにならぬ。人間は魔物を憎み、魔物は人間を憎む。終わらせるには覇権を握り、力によって平定させるしかない。そして、それは父を殺されたわしの役目でもある」


 魔王という偉大な父を殺された。もっとも人間を憎んでもおかしくない立場。憎しみの象徴になりえた。そのシュルーナ様が天下を太平し、戦争なき世を謳う――。


「わしが世界を治める。極力、人間も魔物も殺さぬ道を選ぶ。じゃが、血を流さずに覇権を握れるほど、この戦は甘くはない」


「では、姫様が思う、此度の戦の終わらせ方とは」


「少なくともフロラインの命は必要である。奴の死によって、この戦が終結すれば、それがもっとも人が死なん」


 女王は責任を持って命を散らす。そして、民は他国へと逃がす。おそらく、それがこの戦のベストな終わらせ方なのだろう。


 けど、僕は――。


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