第二十三話 まつたけごはん

 幻惑の魔女ヒュレイ・ロットチーニ。国中の都市を滅ぼした美しき悪魔デモンブレッド種族ベースはおそらくマッシュリルム。本来は人の頭ほどあろうキノコ型の魔物。マッシュリルムは菌類でありながら、百足のように足を使い自走する。


 巨大生物を見つけると、寝ている隙に身体の一部に寄生する。そして、数十日かけて脳や筋繊維を支配するのだ。そして四肢をコントロールし、餌を食べさせながら、栄養を吸い上げる。獲物の寿命が来ると、胞子を植え付けたのち、次の寄生先を探しに歩き回る、本来はグロテスクな魔物である。


 フロラインからすれば、憎きデモンブレッド。だが、将としての実力は一級品。実力もさることながら、兵の扱いが上手い。


 フロラインは城門を一瞥した。ロカードたちは無事城へと辿り着いたらしい。城門も閉ざされている。ひとまず胸を撫で下ろす。


「取り残されちゃったわね、お姫様」


「あえて残ったのよ、きのこ女」


「うちの姫様と同じで元気がいいわねぇ。もっとも、こちらは品があるけど」


「はん! シュルーナなんて、ただの臆病者よ! バッタとか、その辺の虫とか一緒よ!」


 ――くっ、いい例えが出てこない!


 ヒュレイは腕を根っこのような形に変え、大地へと突き刺した。すると、彼女の周囲一帯から『人』が生えてきた。いや、人ではない。彼女の分身か。数多のヒュレイが、そこら中からにょきにょきと出現する。


「きのこならではの増殖ってわけね。バケモノ染みた能力ぅ。きっしょ」


「バケモノなんて酷いわぁ」「やはり品がないのよねぇ」「言葉遣いが酷いわね」「ふふふ、その強がりがいつまで続くかしら?」「これだけの数を相手に、ひとりで戦えるの?」


 数にして、ざっと100。だが、フロラインはうろたえていなかった。


「まとめてかかってきなさい。あんたなんか、あたしだけで十分なんだから!」


「うふっ、じゃあ、リクエストに応えなくっちゃ」


 まず、十人が飛びかかってくる。フロラインは大地に掌を押し当てた。魔方陣が出現し、数多の氷槍が飛び出した。ヒュレイたちを貫き、凍りつかせる。フロラインが腕を薙ぐと、氷の槍もろともヒュレイが砕け散った。


「脆い! 次!」


 襲い来るヒュレイたちを、次々と剣で蹴散らしていく。


「魔力も体力も持つのかしら?」「あたしたちは、元気いっぱいだけど」


 妖艶に笑うヒュレイ。

 分身が、さらに増えていく。


「厄介ね! ほんっとッ鬱陶しい! きぃぃぃー!」


 倒してもキリがないのは萎える。始末してやりたいのだが、ヒュレイは本気で向かってこない。城の方も心配だし、こいつに構っている暇はない――。


 フロラインは、大地を砕かんばかりに踏みつけた。城に向かって、巨大な氷の絨毯が敷かれる。幾人かのヒュレイは、絨毯の構築に巻き込まれ、足を固定されていた。


 すかさず氷の絨毯を蹴るフロライン。スケートをするかのように美しく滑る。


「あはは、逃げるのね? シュルーナ様のことを臆病って言ってたのに」


 涼しい顔で、城壁へと到達。すばやく壁を駆け上がる。靴底が城壁へと触れた瞬間、ほんの一瞬だけ凍りつかせて、壁登りを実現する。当然、追撃はされたが、城壁の兵士たちが弓と魔法で応対してくれる。


「ったく、一番臆病なのは、あいつじゃない……ダミーで仕掛けてばっかりだし」


 フロラインは、なんとか城壁へと降り立つ。


「フロライン様が戻られたぞッ!」


 兵士たちの士気が一気に膨れ上がる。

 これなら、立て直せる。


 ――そう、思った次の瞬間。

 ズシン――。


 人間の十倍はあろう『猿』が跳躍して、城壁へと降り立ってきたではないか。


「ひっ! う、撃て! 撃て!」


 兵隊長が指示を出した。だが、皮膚が分厚いのか、はたまた体毛が硬いのか、弓が突き刺さらない。雷魔法も表面を焦がす程度である。


 猿の魔物。その頭部から、にゅるりとヒュレイの上半身が現れる。


「さ、延長戦といきましょうか。エッケザイル! フロラインを始末しなさい!」


「ギャギイイイイイイイイイイイイイイイ!」

 咆哮するエッケザイル。


「どいつもこいつもッ! あたしの邪魔ばかりしやがってえッ!」


 フロラインも、両腕で魔力を練る。そして、強力な冷気の閃光を撃ち放つ。エッケザイルの口から、漆黒の炎が放たれる。白亜の冷気と、漆黒の焔がぶつかりあった。


「世界最強のッ! 魔法使いをッ! 舐めんじゃないわよ!」


 フロラインの操る絶対零度の冷気は、もはや温度という概念を超越し、すべてのモノを凍らせる。まるで時を停止するかのように。それが魔法という不確かなものでも。


 漆黒の炎が、歪な形のまま白く染まっていく。炎を辿って、やがてはエッケザイルも。そして、寄生しているヒュレイさえも、凍り尽くしていくのであった。


「そ、そん……な……う、嘘……」


 フロラインは氷の大剣を作り出す。そして巨大な猿へと、思い切りぶつける。猿の氷像は細かく砕かれ、大粒の雹を降らせるのだった。


「お、おお……」「さ、さすがはフロライン様」


 感嘆の声が、兵士たちから漏れていた。


 フロラインは肩で息をしていた。もう、剣を持つのも辛かった。だから、床へとぶっきらぼうに突き刺すことでごまかした。


「あ……あはっはあーっ! らっくしょぉー! さあ、次は南門ねッ? 今日こそ、リオンをぶっ殺してあげるんだからッ!」


 極度の緊張と、魔力の消耗によって、フロラインは限界に近かった。けど、まだ倒れるわけにはいかなかった。笑顔を貼り付け、兵たちの士気を上げる。


 ――倒れたら駄目だ。

 ――情けない姿を見せたら――駄目だ。



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