第二十五話 視界良好、見晴らし最高、互いの心はお見通し

 一方その頃、ベルシュタット城。城壁。シークイズは、不安を湛えながら城壁から森を見渡す。


「マリルク殿……。本当に、これだけの兵でマーロックの軍勢を退けられるのか?」


「もちろんだ。なにせ、僕の命がかかってるんだ。適当なことは言わないよ。……だからさ、ロープをほどいてくれないかな?」


 シークイズと肩を並べるのは、我らが軍師マリルク様である。ただ、ロープでぐるぐる巻き。まるで蓑虫。


「姫様の要望だ。軍師殿は、逃げ戦のプロゆえ、いざとなったらこの城を放棄するのではないかと懸念しておられるらしい」


 マリルクは希代の臆病者。それゆえに自分が生き延びることに関しては必死になる。だから逃がさない。彼女が、城壁の内側にいるうちは、どんな手を使ってでも、城を守ってくれるに違いない。


「うう、どんだけ信用されてないんだ……これでも六賢魔なのに……」


「ふむ……。たしか、マーロック軍にも六賢魔がいたな?」


「絶計のキルファだね。魔族学校の同級生。すっごく嫌な奴だよ。同じクラスだったんだけど、あいつ僕のことを虐めるんだ。絶対に、ロクな死に方しないよね」


「どちらが上だ?」


 世界最高の知略家がふたり。この地にて相対あいたいするのだ。しかも、相手は10000の軍勢。こちらはたった1500。ダイレクトな問いだが、シークイズは気にならずにはいられなかった。


「成績は、あいつの方が上だったかな」


「そうか」


「けど、だからといって負けるわけじゃないからね。テストの点数が、戦の勝敗に直結するわけじゃない。ベルシュタットは守る。――この戦、最終的には『お互い勝った気持ち』になって終わるよ――」


「お互い勝った気持ち……?」


「ああ。マーロック軍が攻めてきたら、配下の者たちに威嚇させてくれ。吠えてもいいし、音を鳴らしてもいい。あとは……そうだね、僕の姿を見られないようにしてくれ」


「その後はどうなる?」


「言ったら反対されるから言わない。けど、キルファの考えていることなんてお見通しさ」



「マリルクの考えていることなんてお見通しっす――」


 バルクーダ砦を占拠していたキルファは、のちに現れたマーロック軍本隊と合流。イーヴァルディアの森を抜け、ベルシュタットへと向かう。


 ここにくるまで、シュルーナ軍の抵抗はない。道中、オークやゴブリンなど、土着の民族むれが抵抗を見せるかと思いきや、マーロック軍の姿を見るや否や、すべて逃げていった。


 概ね、キルファの予想通りだ。シュルーナ軍は、ベルシュタット城で迎え撃つつもりだろう。ここからが、互いの軍師の腕の見せ所だ。


「でも、イシュヘルトくんもいなくなっちゃったし……。マーロック様の手を煩わせるようなことにならなければいいんだけなぁ……」


 マーロック軍最強の将、ハートネスが心配そうに言った。赤髪のほんわかした女性だ。露出の多いひらひらのシスター服をまとっている。


 彼女はマグネムタートルという魔物のデモンブレッド。人間の女性標準の体型をしていながら、その体重は約5トン。


 ドラゴンでも背負うのに苦労するので、当然馬にも乗れるわけがなく、徒歩での進軍である。マーロック軍の動きが遅いのは、ほぼほぼ彼女が原因である。


「そうならないように、全力を尽くしてるんすよ。ハートネスにもがんばってもらうっすよ」


「はーい」


 なにがあってもマーロックにだけは、戦わせてはならない。そのためには、策によって決着を付けるのが最良である。


「――キルファ。……腹が減ったな」


 背後から、野太い声が届けられる。キルファの背筋が、ズズと冷たくなった。


「マーロック様」


 ――マーロック・ジェルミノワ。

 身長は二メートルぐらいか。筋肉質だが、見た目は完全にじいさんだ。白い髪が伸びっぱなしで、腰へと垂れている。生気もなく、非常に静かな空気をまとっている。だが眼光は鋭く、威圧感は凄まじい。


「飯の時間はまだっすよ。もう少し軍を進めてからにしてもらえますか?」

 

 慣れない。と、キルファは思った。軍師として何十年も一緒にいるが、こうして側にいるといつか殺されるのではないかという恐怖がある。


 本人にそういう気はないだろうが、象が蟻の存在を気にしないのと同じように、ふとした拍子に気がついたらプチリと潰されている――そんなふうにならないかと、常に心が穏やかではない。それほど、この御方の強さは計り知れない。


「ベルシュタットに……姫様はおられるかの」


「わからないっすね。しかし、必ずやマーロック様には世界の覇権と、姫様を献上するっす。安心していいっす」


「そうか……。良い、おまえに任せる」


 無の表情を貼り付けたまま、マーロックは静かに頷いた。


「けど、マーロック様って、姫様のことが好きなんですよね? だったらぁ、いっそのこと姫様の仲間になっちゃうのもアリなんじゃないですか?」


 相変わらず怖い物知らずのハートネス。失礼極まりないことを、ずけずけと発言する。


 まあ、彼女の言いたいことはわかる。マーロック・ジェルミノワは、魔王様の腹心中の腹心。いや、親友とも言っていい立場だった。


 ならば、シュルーナに従うという選択肢があってもいい。いくら力を封印され、幼女のお姿になったとはいえ、彼女こそ魔王グレン・ディストニアの正統な後継者なのだから。


「ワシがお仕えするのは……魔王様ただひとりよ」


「うーん。そうですかぁ。仲良くしてもいいのになぁ……」


「ならぬ」


 一言、その言葉を落とした。ビリビリと頬が焦げるようであった。怒気が言葉に込められているかのようだった。ハートネスは「ほえ?」と、動じていないようだが。


「姫様は手緩い。人間共を気遣っているだろう」


「そのきらいはあるっすね」


 シュルーナは、リーデンヘル攻略に手子摺っている。そう、情報が入ってきている。えげつなくやれば、もっと早く決着を付けられたはずだ。もっとも、そのおかげでキルファは容易く事を運べたのだが。


「魔王様の意志を継ぎ、人間との共存を掲げているようだが――その時代は終わった。魔王様が人間に討たれたのだ。もはや、人間とは相容れぬ。このわしが、必ずや人間共を根絶やしにする」


「わかってるっすよ。けど、勢い余って、魔物まで根絶やしにしないでくださいね」


「――して、キルファよ。先程から、ベルシュタットの方が騒がしいが……どうする気だ?」


 進軍していると、遙か遠くの方から魔物の咆哮が聞こえてきた。


「っすねえ。少し、様子を見てくるっす」


 ――さて、マリルクのクソ雑魚との決戦といくっすか。


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