まちづくり

第46話

「で、どんな町にしたいんだ?」


 ファレイアがタブレットを操作しながら登に訊いた。

 二人はファレイアの町並みのカフェで話している。

 登はおしゃれなカフェを見回した。


「ここもファレイアが?」

「ん? まあな」


 ファレイアはタブレットを登に見せた。

 タブレットにはカフェの外観やら内装やらが事細かに描かれている。


「これって、イラストのアプリか?」

「そ、脳内想像だけで町を作ると、あれだ、羽左衛門みたいに魔界城のような歪んだ創造世界が出来てしまう。これを使って詳細に描けば、創造に湾曲や歪み、欠如はなくなるわけ」


 登は、ファレイアのタブレットをスクロールした。

 様々な町の風景が描かれている。

 大まかな配置図やら、俯瞰的町並みやら、ファレイアは細部まで想像して創造したのだ。


「このアプリ、俺のタブレットには入ってないんだけど」

「そりゃあ、このアプリは俺様が開発したからな。専売特許なわけ」


 ファレイアは、『神声』もそうだが新たな管理システムを想像する能力に長けているのだろう。


「まあ、アプリはなくても大丈夫か」


 登には、スケッチブックがある。

 ファレイアのアプリ同様のことが、登にはできるのだ。

 登は新たなスケッチブックと色鉛筆を取り出した。

 ファレイアが物珍しげに見ている。

 登は大きな船を描いた。


「豪華客船かよ」


 ファレイアが突っ込む。

 登が描いたのは、世界一周でもできそうな豪華客船なのだ。


「まあ、確かにありだな」


 ファレイアが目を輝かせて、登が描いた船を見ている。


「『神声』カウンターは、この船の目玉だから、船首の特別室あたりかな」


 登の手は止まらない。

 一度描き始めると、登の想像は止めどなく溢れてくるのだ。

 豪華客船になど乗船したことのない登の想像は、きっと現実的なそれではない。子どもが初めての船に興奮するかのように、あれもこれもと登はスケッチブックに想いを乗せていく。


「船上に畑とかあってもいいかも」

「普通、豪華客船っていったらプールとかじゃねえのかよ」


 ファレイアは突っ込みながらも愉しげだ。


「最初はその辺で想像を止めた方がいいぞ」


 ファレイアは登の手を止めた。


「まずは、小さな創造から管理した方がいい。大きな創造は手一杯になるからな」


 大きく創造すると、その全てを管理するのに自身の能力が追いつかなくなるのだと、ファレイアが言った。

 それでも、登の想像は小さくはないだろう。


「この船の名前は?」

「……『空船』かな」


 ファレイアの問いに登は一瞬考えた後、答えた。

 そして、スケッチブックに雲を付け加える。


「『空船』かっこいいな」


 創造世界に関して、登はファレイアと気が合うようだ。

 ファレイアも登のように想像を描き創造する異世界マスターだからだろう。


「クルーがいるな」


 ファレイアが呟く。


「クルー?」

「この豪華客船で働く人間」


 登はアンネマリーを思い出す。


「バイトとかか」

「バイトでもいいし、正式に雇用してもいい。この町も異世界人を雇用しているから、俺が現実世界に出張していても回っているわけよ」


 確かにカフェには働いている者がいる。


「職業を生み出すのも、異世界マスターの役割でもあるしな」


 登はファレイアの言葉に頷いた。

 そこで、登とファレイアの合間にゲートが開く。


「よ!」


 ザガンがゲートを潜って現れた。

 ファレイアの頬が引きつる。


「いやあ、世話になったな、ファレイア君」


 ザガンがファレイアの肩が若干強めに叩く。


「い、いや、こちらこそ、本当に申し訳ありませんでした!」

「いいってことよ。今度はどんな破天荒をやらかすのか楽しみにしてるぞ」


 ザガンが大口を開けて笑った。

 ファレイアは引きつり笑いを返すしかない。


「それでよ、ファレイアは現実世界に出張しながら登のサポートマスターも兼任しろってお達しだ」


 タブレットがそこで振動する。



【異世界マスター情報】

 ファレイア。赤所属。(黒に派遣)

 一年間の現実世界出張、新人サポートマスター兼任とする。



「ヨッシャー」


 ファレイアが小さくガッツポースする。

 とりあえず、マスター復帰にはなるらしくタブレットを所持できるようだ。

 ザガンが登のスケッチブックを覗き込む。


「こりゃあ、面白い創造世界だな。いや、まだ創造はされていないか」

「そういえば、新たな創造世界ってどうやって出没させるんだ?」


 登はザガンに問うた。

 元々、登には自身が想像主としての創造世界があった。そこで想像して創造している。

 新たな創造世界を構える最初の手順を登は知らない。


「神獣の水晶の中に、最初の想像を落とすんだ」

「水晶……まだ青龍から貰っていない」


 子どもの想像を収める水晶のことだ。使徒する神獣から授かるものである。


「まだ授からないのが普通だ。鍵を形成できるのも、ゲートを開けるのも、登は規格外に早い」


 クライムも確かにそんなことを言っていたような、と登は思い出す。


「あれ……」


 登は手首の違和感に気づく。


「なんか、少しずつ熱くなってるような」


 登は手首に触れる。


「やっぱり熱い」


 登は内心で青龍に話しかける。


『どうした、青龍?』

『そろそろだ。両手を出せ』


 登は、青龍の言うとおりに両手を出した。


『我の珠玉を受け取れ』


 登は咄嗟に両手を重ねる。

 その瞬間、ずしりと重くなる。

 透明な水晶が登の手の中にあった。


「これ……」


 登は水晶を眺める。


「それが、自身の神獣から授かる水晶だ。異世界マスターとしての第一歩だな」


 ザガンがニッと笑っている。


「俺も、ほら」


 ファレイアが懐から自身の水晶を取り出した。

 登の目に、二つの水晶が映る。


「なんか、すげえな」


 想像もなく生まれ出たものに、登は胸が少しだけ熱くなった。


「その水晶に、子どものように純粋な想いを写すと、新たな創造世界が生まれるわけ」


 ファレイアが説明した。


「登、水晶に想いを写してみろ」


 ザガンに促され、登は『空船』を心に思い描く。そして、それを鏡の前に立つような感覚で、水晶へと想いを転じた。

 水晶の中に、『空船』が浮かぶ。


「マジか」


 登は水晶を覗き込む。

 ザガンもファレイアも同じく水晶を覗いている。

 それも、キラキラと輝いた瞳で。


「すげえ」

「おお、こんなに綺麗な写しは初めてだ」


 二人とも興奮していた。


「いや、でもさ。この先はどうするわけ?」


 興奮気味の二人に、登は冷静に訊く。


「「お前、異世界マスターだろ」」


 二人の返答は重なる。

 登は『あっ』と声を出した。

 二人がニッと笑っている。

 登は手首を擦った。


「新たな世界へ、出でよ、ゲートウェイ!」



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異世界ゲートウェイ 桃邑梔 @tomomura

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