旅の終わり -3-

 赤磐先生の言葉を聞いた俺は、机を蹴り倒しながら教室を飛び出した。


 耳の片隅に響く制止の声を振り切り駐輪場から引っ張り出した自転車を走らせ先日晴礼を降ろしたばかりの家に向かった。


 家にいたのは花守晴礼の叔母という女性。いつか、病院で晴礼と一緒に見た人だ。


 俺は自らの名前を名乗り、この夏休みずっと一緒に旅をしていたことの説明と謝罪を行った。


 そして、俺宛だという手紙を渡された。その手紙の内容は、想像し得ないものだった。

 数日前にこの家まで送り届けたが、叔母たちには会わずに再び消えたこと。荷物などは綺麗にまとめられていて、衣服などはゴミ袋にまとめられていたこと。何通かの手紙が、机の上に用意されていたこと。


 それらを叔母さんから教えてもらった。

 自分の中にパズルのように散らばっていたピースが、勝手に繋がり、埋まっていく。いかに浅はかで考えなしなことを、愚かなことをしていたかと思い知らされた。うわべだけに貼り付けたそれが、本心だけではないことなど、とうに知っていたことになのに。


 どこに行けばいいかは、わかっていた。手紙に場所は書かれてはいなかったが、その場所を選ぶ確信があった。

 叔母さんが俺のことを信用できるわけがない。

 保護者として預かっている姪が、年上のクラスメイトと旅をしていたとまでは、さすがに聞かされていなかったのだ。


 だが時間がなかった。


 手短に事情を説明し、何度も頭を下げて、一つ頼み事をした。


 すぐに自宅へと帰り、再びプリウスへと飛び乗る。


 普段は使用しない高速道路のゲートをくぐり、違反切符ぎりぎりの速度で車を走らせる。

 苛立ちと焦りを押さえつけるようにハンドルを指で叩きながら、警察や高校への連絡を迷う。だが、連絡したところで自体が好転するとは思えなかった。警察に連絡を入れたところで、動いてくれるとは考えにくい。最悪俺が拘束されてしまえば、手段は潰える。

 高校への連絡も同様だ。赤磐先生たちに事情を話したところで、俺が呼び戻されるだけ。大体、クラスメイトと夏休み中旅をしていたなんてことを、誰が信じてくれようか。妄言にしか聞こえない。


「くそっ……」


 煮えたぎる感情と悪態を吐き出し、ハンドルを殴りつける。


 途中大雨とそれが理由で発生した事故渋滞に巻き込まれ、目的地にたどり着いたときには空が明るくなり始めていた。

 つい先日停めたばかりの駐車場にプリウスを停め、辺りを見渡す。誰もいない。

 頂上に向かって走り出す。

 濡れた草原の水が跳ねる。泥が跳ね、靴を、ズボンを汚していく。


「……ッ」


 胸が痛む。心臓が今にも張り裂けそうなほど、悲鳴を上げている。

 移植の傷が痛むわけじゃない。俺の心が自身の胸を引き裂こうとしているのだ。


 それでも走る。


 もう一度、俺たちの旅の終着点、最後の〈まほろば〉へ。


 そして、【高ボッチ高原】の頂上で、この夏休みをともに旅した、その背中を見つけた。

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