第4話 お嬢様とお誕生日パーティー


 お誕生日パーティー。


 それは、貴族の子息令嬢達が主役のお誕生日パーティー。


 家族や身内で行うパーティとは違い、同じ派閥の貴族の子供達を招待して行う大規模なもので。

 ここ、ファルシア王国では、八~十二歳の間にお誕生日パーティーを開き、社交界にプチデビューする。

 デビューした子供は自分のパーティーだけでなく、別の貴族の子供が主催しているお誕生日パーティーに積極的に参加することになる。

 こうして、貴族社会に慣れることができ、かつ、子供の頃から人脈を作っていくのだ。


「お嬢様、テーブルマナーの時間です」

「お嬢様、まだまだですね。ダンスレッスン時間をもっと増やしましょう」

「お嬢様、参加される貴族のご子息ご令嬢の姿絵は全て覚えましょうね」


「もういろいろ、限界なんですけどー!」


 これまでも貴族令嬢として、勉強はしてきたけど。

 お誕生日パーティーを開くことになってからは、いっきにその量が増えた。

 午前中だけじゃなく、午後も夕食前まで続く。

 食べた後はとてもじゃないけど、つかれて動く気になれない。  


 国や貴族の歴史、家紋や姿絵のお勉強。優雅に見せる所作、礼儀作法、テーブル等のマナー。そして、ダンスの練習。

 

 お勉強、マナー、ダンス。

 お勉強、マナー、ダンス。

 お勉強、マナー、ダンス。

 もうずっと、これの繰り返し。

 

 外へ冒険にいく時間も、遊ぶ時間もなくなった。

 ……これが狙いだったんですか、お父様!


 なんだか前世と同じブラック企業にいるような気分になる。

 あれ? 楽しい異世界生活、どこ行ったんだろう?


 

「最後に皆様方への招待状を書きましょうね」

 

『ぜひ、わたしのたんじょう日にあそびにきてください』

 子供の字でたどたどしく書いていく。


 この世界の文字は、前世の文字とは全く違う。

 なので前世の知識は役に立たない。文字に関しては八歳までのクレナの知識だ。

わかるのは、前世で言うと、「ひながな」と「かたかな」あとは、「簡単な漢字」くらい。

 貴族の令嬢って、成人でもこれで十分らしいから、クレナは優秀な方なんだと思う。


 じゃあ他の貴族は手紙とか招待状をどうしてるかっていうと、普通、本人は書かないらしい。

 そういうの専門の召使さんをかかえてるんだって。


 私が招待状を自分で書いてるのは、「そのほうが貰った人が嬉しいんだよ」っていうお父親様の方針。

 確かに、メールじゃなくて直筆の年賀状とかもらうとちょっと嬉しかった気がする。

 わかる、わかるんだけどぉ。


「セーラ~、あとどれくらい書けばいい?」

「そうですねぇ、あと百通くらいでしょうか?」

「ええ~、そんなにぃ~」


 相手の家に兄弟がいた場合、それぞれ別に招待状を書かなければいけない。

 それに、全員が来てくれるわけじゃないから、とにかく沢山出すらしい。

 メールなら一括送信ですんだのに。手が痛いよぉ。


 お屋敷の中では、お誕生日パーティーに向けて、慌ただしく準備が進んでいる。


 せっかくの胸躍る異世界生活なのに。なんだろう、何かが違う。

 ……おかしい。

 これ、思ってた生活と違うんですけど!

 


**********    


 お誕生日パーティー、当日。


 薄桃色の髪色に合わせた、ふんわりとした白とピンクのロングドレス。

 編み込んでもらった髪には小さなティアラをつけている。

 すっかりおめかしを終えた私は、お屋敷のバルコニーから空を眺めていた。


「うわぁ~、すごい~」


 たくさんの飛空船が、屋敷の空を埋め尽くしている。

 貴族達の移動手段は、馬車じゃない。

 魔法石で動く大きな飛空船だ。


 執事達が地上から合図をして、屋敷の隣にある飛行場に誘導していく。


 あれ?

 色とりどりの飛空船のなかに、飛び切り大きな飛空船を見つけた。

 船体が金色に輝いている。

 空に浮かんでてて距離が離れてるけど、なんだか豪華な装飾がされているのがわかる。

 なにあれ、すごい。


「あれは、まさか」


 一緒にバルコニーにいたセーラが慌てている。

  

 ふと見ると、お父様や使用人たちも、大慌てで大きな飛空船を見上げている。


「なんで王家の船が来てるんだ」

「事前に連絡をいただいてるか?」

「いえ、ありません」


 バタバタと、金色の飛空船を出迎える。


 王家?

 なにそれ聞いてないんですけど。

 


**********

 

 会場では、もうすっかり参加する子供とその保護者が集まり、楽しそうに雑談していた。


 お誕生日パーティーは、全員が会場に到着後に、主賓である私が登場して自己紹介する。

 そして、出席した貴族の子供たちがひとりずつ挨拶にくる。

 これが終了したら、あとは終了時間まで自由。

 子供同士で遊んでもいいし、美味しい料理をおなか一杯食べてもいいし、音楽にあわせてダンスを踊ってもいい。

 貴族とか社交界といっても、子供が主役だから、意外に自由な感じみたい。

 

 …………なんだけど。

 

 人多すぎませんか!

 緊張するんですけどー!

 それにさっき王家がどうとか言ってたし。

 あの金色の船がなんだったのか、お父様も使用人のみんなも何も教えてくれない。


 と、とにかく今は、自分の挨拶のことだけに集中しよう。


「大丈夫ですよ、お嬢様。この会場でお嬢様が一番カワイイです」

「そうですよ、堂々とご挨拶くださいませ」


 セーラがにこりと笑顔をつくり、両手を握ってくれた。

 メイドのお姉さんたちも、温かい笑顔で見守ってくれている。

 

「クレナ、おいで」


 お父様が手を差し出す。


 私は、差し出された手をとると、出来るだけ優雅で丁寧な動きを意識して、会場に作られたステージにあがった。


 それまで雑談にあふれ、にぎやかだった会場の音が急に止まる。視線が私に集まる。

 え? なにこれ。

 そんなに注目してくれなくてもいいのに。前世の会社の仕事より緊張するんですけど!

 

「はじめまして、みなさま。リード・ハルセルトの娘、クレナです」

 

 にこっと笑う。


「本日はわたくしのお誕生日パーティーにお集まりいただきまして、ありがとうございます。どうか楽しんでいってください」


 よし、言えた!

 あとは、おじぎだ。

 両手でスカートの裾をつまみ、軽く持ち上げて頭を下げた後、あらためてニッコリ。

  

 会場は静かなまま。

 え? あれ? なにか失敗した?


 不安になって隣を見上げてみる。  

 お父様は満面の笑みだった。


 ちょっとの間があって。

 会場から拍手が鳴り響いた。


 よかったぁ、なにか間違ったのかと思ったよ~。

 でも、あの間はなんだったんだろう。

 ……考えないことにしよう。

 

 そのあとは、貴族の子供たちが、次々にお祝いの挨拶にやってきた。

 事前に姿絵で参加者の勉強してたし、マナーの先生の厳しいレッスンにも耐えたから、間違えずにちゃんと挨拶できてたと思う。


 挨拶に来た子は、挨拶を途中で噛んでしまったり、話す内容を忘れてしまったのか顔を真っ赤にして喋れない子が多かった。

 考えてみたら、貴族っていったって10歳くらいの子供だし、これが普通だよね。

 私は前世の記憶がプラスされてるわけだから、挨拶くらい出来て当然、うん。


 ……出来てたよね? 

 

 最後の一人が挨拶しおわると、横にいたお父様とセーラが微笑んでくれた。

 やったね、今日のノルマクリアー!

 ここ数か月よく頑張ったよ、私!

 後は自由だ! 自分へのご褒美に美味しい物でも食べようかな。

 

「クレナ、おいで。他の皆様にもご挨拶をしよう」

「え?」


 お父様は満面の笑みのまま、私の手をとり、今度は貴族の大人たちに挨拶周りをはじめた。

 え? あれ?

 お誕生日パーティーに、そんなルールなかったよね?



**********


「ふわぁぁ」


 疲れた。

 やっと挨拶周りから解放された私は、会場から少し離れて、お花の庭に隠れるようにぼーっとしていた。


 貴族ってすごく偉そうなイメージがあったけど、みんな優しくしてくれた。

 少し意外。私が子供だからかな。

 

 あ。

 そうえいば、子供同士の交流も目的の一つだったよね。

 お祝いの挨拶の時以外、全然話してないや。

 うーん。

 

 よし! ぽんっ

 今回は、疲れたからパスしよう。

 次がんばろう、私!

 

「おい!」

「え?」

「おい、お前」

「聞いてるのか、そこのお前だ!」

 

 振り返ると、お花の庭に男の子が立っていた。

 金髪に青い瞳、白地に豪華そうな金の装飾がされた服。

 男の子は、私を指さしてぷるぷる震えている。

 あれ? こんな子いたかなぁ。


 思い出せない。

 姿絵は完全に覚えたつもりだったんだけど、誰だろう?

 

「お、お、お前今日の主役だろ、こんなところで何をしてるんだ!」


 えーと、何といわれても。


「休憩中、かな?」


 サボってるのみつかっちゃった、てへ。


「いや、なんで花壇にいるんだよ」


 なんでっていわれても。


「疲れた、から?」


 少し首をかしげて答える。

   

 男の子は顔を真っ赤にして大きな声で話しかけてくる。

 どうしたんだろ。もしかして、怒ってるのかなぁ。

 

「大きな声をだすと、怖がられますわよ」


 男の子の後ろから、私と同じくらいの年の女の子があらわれた。

 金色のストレート髪に大きな赤いリボンが似合っている。

 すごく清楚な美少女。

 

「リリアナちゃん!」

「クレナ様、お久しぶりですわ!」


 カワイイ~。

 彼女は、公爵令嬢リリアナ・セントワーグ。 

 そうそう。勉強で絵姿を見た時には、公爵家の娘ってわかってびっくりしたけど。

 でも。今も全然えらそうじゃなくて。

 ホントいい子、うん。天使だよ。

 さっきのお祝いの挨拶では、時間がみじかくてほとんど話が出来なかったから、すごく嬉しい。

   

「今日は、こいつが誕生日会に参加するっていうから、えすこーとで来てやった」


 リリアナちゃんを指さす、男の子。 

 なるほど、彼女の使用人ってとこかな。でも、ゴージャスな服きてるなぁ、さすが公爵家。

 それに整った顔しててちょっとカワイイかな。

 この子も成長したら、きっとすごくカッコよくなる気がする。

 ちょっと公爵家関係者って、美形すぎません?


「ん!」


 男の子が急に、背中に隠していた花束を私に差し出す。

 どこか見覚えのある花々。

 男の子の後ろをよく見ると、所々花が無くなってる気がする。


「あの……これって、ここのお花?」

「花を摘んでもいいと、お前の親父にちゃんと許可はもらった。ん!」

「えーと……」

「お、女は花が好きだろ。ありがたく受け取れよな!」


 金髪の男の子は得意げだ。

 えーと?

 ウチの庭園にあったモノを私に渡されても、喜ぶわけないよね?

 というか、さっきからなんでこんなに偉そうなんだろう?


 あ、でも。

 このくらいの男の子だと、女の子との話し方がわからないのかもしれない。

 よし、なるべく笑顔で対応しよう。これでも前世で社会人してたんだし。

 ふふふっ、お姉さんは少し生意気な男の子くらい平気ですよ!


「ねぇ、よかったら、みんなで一緒に会場に戻らない?」


 目の前の金髪お坊ちゃんににこっと笑顔を見せた後、リリアナちゃんに話しかける。

 考えてみたら、確かに私って今日の主役だし。

 会場から花壇に上手く抜け出せたけど、一人で戻るのは目立ちそう。

  

「行こう!」

 

 リリアナちゃんの手をひっぱる。


「……う、うん」  

「オ、オレも行くよ!」


 男の子も一緒についてくる。

 まぁ、リリアナちゃんのエスコートだもんね。

 一生懸命なのが、少し。うん、ちょっとだけカワイイ……かな?



**********



「このケーキ、おススメなの」

「……おいしいです」

「でしょ! 私もいつかこれくらい作れればいいんだけど」

「クレナ様……ケーキも作れるの?」

「うーん、この間みたいに失敗しなければきっと平気よ!」

「あのクッキーすごく美味しかったです。お父様お母様にもおわけして、とても喜んでましたわ」

「あれは、リリアナちゃんのお手伝いがあったからだよー」


 会場に戻った私たちは、デザートのあるテーブルで女子会のようなトークを繰り広げる。

 前回も少し思ったんだけど。

 彼女は、昔の妹に雰囲気が似ている気がする。


「おい、うちにくれば、お抱えのシェフがもっとおいしいケーキを作れるぜ!」


 なんだか、前世の昔に戻ったみたいだなぁ。

 妹よ、いつからあんなに生意気に……ホロリ。


「おい、無視するなよ」


 おっと、そうだった。金髪の男の子も一緒だった。

 リリアナちゃんとの会話に夢中で、あんまり聞いてなかった。

 ごめんね、とりあえずニコッと微笑んでおこう。


「ねぇ、リリアナちゃん。リリアナちゃんは、どんなことが好きなの?」

「あの……私は……お姫様が冒険をする本を読んだり……」

「え、もう、ちゃんとした本を読めるの? すごいー」

「あ、あの……大体は、わかります。あと素敵なイラストがあったり…」


 身振り手振りで、大好きな本のすばらしさを教えてくれようとする。

 やっぱり可愛いな。


「うちにくれば、いくらでも本を読めるんだぜ!」


「私、まだ難しい字が読めなくて。そうだ! 今度一緒にリリアナちゃんの本を読んでほしいんだけど」

「……えーと」

「ダメかな?」


 最高の笑顔でお願いしてみる。

 これって絶対良いアイデア! 怖い先生に教えてもらうより、リリアナちゃんと学んだ方が絶対楽しい。


「……ハイ」


 リリアナちゃんは、ちょっとビックリした顔だったけど、オッケーしてくれた。


「うわー、ありがとう! 嬉しい!」


 よっし! これで楽しく文字が覚えられる!やったー!

 嬉しくて、ぴょんぴょん飛び跳ねる。

 

「オ、オレの家庭教師に頼めば、文字なんてすぐに覚えられるぜ」

「じゃあじゃあ、お礼に、今度絶対美味しいクッキー焼いてくるね」

「ありがとう……ですわ」


 あれ? リリアナちゃん、ちょっと顔が赤い?

 疲れさせちゃったかな、ゴメンね。


「おい!」


 金髪の男の子は、急にテーブルにあった残りのデザートを全部食べ始めた。

 うわー、びっくりした。おなか壊すよ、大丈夫かなぁ。


「ほぉれで、ひゃべるものはなくなったなべるものはなくなったな。オレにたのぉべばいくらでもぉ」


 デザートを口いっぱい頬張りながら、私を指さす。

 

 もう、なんでさっきから私にだけからんでくるのさ!


 ひょっとしてリリアナちゃんが私と仲良くしてるからやきもちを焼いてるとか?

 ハッと気づく。

 そっか、この子はちゃんとリリアナのエスコートしてるのかもしれない。

 態度はちょっと問題だけど、考えてみたらすごくエライのかも。


「うん、わかった。そのときはお願いするね」


 笑顔で男の子に微笑みかける。

 彼は真っ赤な顔をしたまま、固まってしまった。


 ほら、食べ過ぎだよ。

 大丈夫かな、ホントに。

 とりあえず、飲み物をとってきてあげないと。  


「ちょっと待っててね。なにか飲み物もってくるから」

「へ、平気だ。ここにいろ」


 顔真っ赤だし。

 全然へいきじゃなさそうなんですけど。



「シュトレ王子様ーそちらでしたか!」

「シュトレ王子~」


 なんだか豪華な衣装を着た人達と、お父様がこっちに近づいてくる。

 へぇー、王子様がきてるのか。

 じゃあ、あの金色の飛空船は、王子様が乗ってきたんだね。


 あれ? えーと?

 豪華な衣装の人もお父様も、この男の子を見てるんですけど!

 

「え?」


 もしかして、この子が……王子様なのか?


「決めた!」


 まっすぐ、私を見つめるシュトレ王子。


「決めたぞ! オレは、リリアナとの婚約を破棄してお前と婚約する!」

「……え?」

「お、王族と結婚できるんだ。ありがたく思えよ!」


 なんだかよほどお怒りなのか、私を指さし真っ赤な顔をしてそう宣言したのだった。


 はいーーーーーー?


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