第3話 お嬢様と子供の遊び

「すっかり元気になったようだね、クレナ」

「ハイ! もう大丈夫ですわ、お父様」


 あの星降りの夜から1週間程たった。


 今日は久しぶりにお父様と一緒の朝食だ。


 クレナの父親は、ここファルシア王国の辺境伯を任されている。

 青い澄んだ瞳に、背中まで伸びた金髪を後ろに一つに纏めた、見目麗しい紳士だ。

 うん、娘目線でみても、カッコいいと思う。 

 

 食堂には、大きなダイニングテーブルに複数のダイニングチェアーが並んでいるが、座っているのは父親と私の二人だけ。

 お母様は今日も一緒には食べないらしい。

 普段私の世話をしてくれているメイドさんも含めて、使用人は皆部屋の隅に整列している。


 お父様が私にニッコリ微笑みかける。

 釣られて、私もニッコリ微笑んでみる。

 えへ。


「……少し、元気すぎるんじゃないかな? クレナ?」

「え?」


 お父様は、笑顔のまま、両手をテーブルの上に組む。

 よく見ると、笑顔がひきつってる。

 えーと。

 なんのことだろう?


「お嬢様、パンの食べ方……」


 メイドのお姉さんの一人が、声を抑えながら私に話しかけてくる。 


「あ」


 あんまり出されたパンが美味しかったので、おもわずそのままかぶりついてた。

 パンはちぎって少しづつ食べるのがマナーらしい。


「ほふぇんなさい、おとうさま」

「クレナ、飲み込んでからお話しなさい」

「ふぁい」


 もぐもぐもぐ。

 

「それにな」

 

 目を瞑り、ため息をつくお父様。

 え? ほかにも何かあるのか?


「それに、庭の木に登ってドレスをダメにしたらしいな?」

「えーと、あれは……」


 まずい……。

 お父様から目を逸らす。


「……川で魚を追って飛び込んだりもしたそうだな」

「だって、お庭の川にお魚がいたのよ、お父様!」

「それはいるだろう?」


「調理室に入って、いたずらで調理室の食材を焦がしたらしいな」

「ちがうの、いたずらじゃなくてね、クッキーを作ったのよ」


 そう……。

 この1週間、私は新たな異世界人生を満喫しようとして……。

 ……いろいろやっちゃっていた。



**********


 一日目。

 

 熱はあの後すぐにさがって、私は元気に動けるようになっていた。

 だけど。

 お嬢様としての生活はわりと暇だった。

 貴族の令嬢として、マナーやダンスのレッスン、あと簡単なお勉強はあったが、午前中にはすべて終了する。

 昼食を食べた後は、完全な自由時間。

 

 これまでのクレナは、部屋で絵本を読んですごしていた。

 王子さまや勇者、お姫様が登場する恋愛ものが特にお気に入り。

 父親も、おとなしく手のかからない娘に甘かったようで、大量に買い与えていた。

 そういえば、妹も小さいころからこの手の話が好きだったなぁ。

 大きくなってからも、恋愛小説も乙女ゲームも大好きだったし。


 でね。


 考えてみたらクレナは、自分の部屋と、食堂、お庭の散歩コースくらいしかこの世界を知らない。

 せっかくの異世界に転生したんだ。

 まず手始めに、お屋敷の中を探索してみよう!


 部屋を出て改めてお屋敷内を歩いてみる。

 うん、あれだね。わかってたけど、とにかく広い。

 廊下は、すごく長いし、部屋なんてなんでこんなにあるんだろう。

 それに、いたるところに高そうな壺やら絵画やら装飾品が飾られている。

 中でも、キラキラ光る装飾に目が留まる。魔法の力を閉じ込めた魔法石が埋め込まれたものだ。

 すごいなぁ、さすが異世界。


 お屋敷を一通り探索し終えた私は、今度はお庭の探索に行くことにした。


「……ねぇ、どこへ行かれますの?」

 

 こっそり玄関を出たところで、後ろから声をかけられた。

 まずい、今見つかると部屋に連れ戻される気がする。

 ここは一気に走って逃げよう。  


「待ってください……わたくしも連れて行ってくださいませ!」


 振り向くと。

 今の自分と同じくらいの女の子がいた。

 金色の長いストレートの髪に大きな赤いリボン。

 青い大きな瞳の美少女だ。

 カワイイ。

 うーん。でもクレナの記憶だと知らない子みたいだ。


「えーと、あなたは?」

「わたくしは……リリアナですわ」


 おとなしそうな雰囲気の彼女は、うつむきながら答えてくれた。 


「私はクレナ。よろしくね!」


 怖がらせないように、笑顔で話しかけてみる。

 同じ年くらいだし、不審者には見えないはず。


「お嬢様どこですかー」


 屋敷の方がらメイドさん達の声が聞こえる。

 まずい。


「行こう!」

「え?」


 私は彼女の手をとると、お屋敷正面の大きな並木道をまっすぐ走った。

 しばらく頑張ってみたけど、先が見えない。

 どんだけ長いの、この道。


 ふと横をみると、並木道の奥に大きな木が生えていた。

 ここに隠れてやりすごそう。


 二人で裏に回ってしゃがみ込む。

 横を見ると、女の子……リリアナちゃんが赤い顔で息を切らしている。

 

「いきなりゴメンね、すぐに見つかると連れ戻されそうだったから。大丈夫?」

「……平気ですわ。それになんだか」

「なんだか?」

「……手を繋いで一緒に走るの、楽しかった……ですわ」


 まだ息を切らしているが、可愛らしい笑顔で私を見つめている。

 なにこの子。天使だよ。

 前世の妹も、昔は素直だったのになぁ。いつからあんなに生意気に……。

 

 あらためてリリアナちゃんを見ると、眩しそうな瞳で大きな木を見上げていた。

 子供の頃、木登りしたことなかったんだけど。

 上に登って自由に遊んでいる男の子達に少しだけ憧れがあった。

 この木は枝がよく広がっていて登りやすいそうだし。

 

「ねぇ、リリアナちゃん。よかったら……」

 

 話かけようとした瞬間。

 急に茂みの奥から大きな音がした。

 ……なんだろう?

 

 音のする方向をよくみると、大きなイノシシが飛び出してきた。

 興奮しているみたいで、勢いよくこちらにむかってくる。


 なんで異世界にもイノシシがいるのさ!

 よくわからないけど、このままだと、絶対危ないよね。

 

「リリアナちゃん、この木に登って逃げよう!」

「……登れるのですか?」

「わからないけど。でも、早く逃げないと!」

「……ハイ!」


 目を輝かせて、返事をする。

 可愛いな。


 木に手をかけてみる。なんだかこの体になってから軽くて動きやすい。

 クレナって今まで箱入り娘だったはずだし、不思議なんだけど。どんどん登れる。


「大丈夫? 怖くない?」

「……全然。すごく楽しいです」


 たしかに、すごく楽しい!

 私が先に上がって、リリアナちゃんの手を引きながら、登っていく。

 少しだけのつもりが、気が付くと結構高いところまで登ってしまった。


 イノシシは木の根元でこちらを眺めたあと、興味をなくしたみたいでどこかに行ってしまった。

 ふぅ、木を揺らされたりしなくてよかったぁ。

 ……とりあえず、安心かな。


 枝の間から景色を眺めてみる。

 奥に大きな森があって。

 その手前に、街かな? 赤い屋根の家が沢山あるように見える。 


 木登りで体が火照ったのか、冷たい風が気持ちいい。

 青い空を背景に森と赤い街とのコントラスト、そして優し気に揺れている街の白い煙。

 まるで名画に中にいるみたいで、すごく、すごく綺麗だった。


「……絵本の世界みたい。すごくキレイですわ」


 横をみると、可愛らしい横顔と、風になびく綺麗な金色の髪が目に入った。


「うん、きれいだね」


 しばらく二人でぼーっと景色を眺めていたら、下から悲鳴のような声が聞こえる。


「お嬢様方あぶないですよー!」

「今助けを呼んでますから、動かないでくださいね!」


 木の下では、メイド長のセーラをはじめ使用人達がバタバタと慌てている。


 すぐに降りないと、迷惑かかっちゃう。

 慌ててリリアナちゃんを手伝いながら、登った経路でするする降りていくと、途中でビリっと変な音がした。

 私のドレスが枝にひっかかったみたい。

 まずい。

 思った時には手遅れで。

 リリアナちゃんも私もケガもなく無事に降りられたんだけど、スカートは膝の上あたりから大きく裂けてしまった。

 

 ……反省。


 次はズボンで登らないとダメだよね。

 うーん。クローゼットの中に、ズボンあったかなぁ。

 

「明日も会えますか?」


 お別れする間際に、リリアナちゃんが泣きそうな顔をしながら、話しかけてきた。


「うん、明日も遊ぼうね」


 あれ?

 ちゃんと聞いてなかったけど。

 リリアナちゃんってどこの子だろう?



**********


 三日目。

 

 

 セーラから、リリアナちゃんは静養のために少しの期間だけウチで預かっている子なのだと聞いた。

 クレナは基本ひきこもりだったので、会ったことがなかったんだけど。


 木登りドレス事件でお屋敷のみなさまにすっかり警戒されてしまった私。

 メイド長のセーラも一緒に出掛けることを条件に、リリアナちゃんとお庭をお散歩していた。

 

 昨日の並木道から外れて、小さな丘を歩いていくと、さらさらと優しい水の音が聞こえてくる。


「見て、リリアナちゃん。小川が流れてる」

「……うん。楽しそうですわ」

「お気をつけくださいね、お嬢様方」

 

 二人で、お庭に流れる小川に向かって走っていく。

 そこは、小さな石の橋がかかっていて、水は澄みわたり、お庭の中に美しい景色を作っていた。

 橋と川面との距離も近く、川の中に数多くの魚たちが泳ぐ姿を見ることが出来る。


 いくら異世界でも、普通の家に小川なんて流れていないでしょ、多分。

 やっぱりすごいんだなぁ、貴族って。

  

 リリアナちゃんと二人で、橋の上から川面をのぞき込む。

 手が届きそうな場所に泳いでる、色とりどりの魚たち。


 そういえば、子供の頃、魚や虫を捕まえてる子に憧れたなぁ。

 男の子の世界な気がして、遠くから眺めてるだけだったけど。でも、今の私なら。  

 

「ねぇ、セーラ。手を伸ばしたら捕まえられそう?」

「い、いけません、お嬢様!」


 つるん。


 あ。


 バシャーン。


「クレナ様!」

「お、お嬢様!」


 石の橋って滑りやすいんだね。

 やっぱり、子供って体験して覚えることが大事……だよね!


 なんて。

 

 ……。

 

 ……反省。


 幸い小川は私の膝くらいまでの深さで、セーラが慌てて引き上げてくれた。


 リリアナちゃんとはそこでお別れになって。

 かけつけた別のメイドさんに屋敷に連れ帰られた私は、すぐにお風呂に直行させられた。

 

 ごめんなさい。

 


**********


 六日目。


 

 セーラから、今日リリアナちゃんが家に帰る日だと聞いた。


 木登りドレス事件に。

 小川へダイブ事件。


 リリアナちゃんや、お屋敷のみんなに迷惑をかけた自覚があった私は悩んでいた。

 こうなにかお詫び的なことがしたいなぁと。

 

 うん、そうだ。

 彼女やみんなにクッキーを作って渡そう!


 前世では、お菓子作りが結構得意だった。

 小さな頃から、妹にせがまれてることが多かったので、時間があれば作っていた。

 もはや、自分の趣味のひとつだ。

 

 以前のお屋敷探検で、調理室の場所はバッチリ把握!

 食材もコックさんに教えてもらって、バター、砂糖に、卵、小麦粉もばっちりゲット!


「クレナ様、わたくしもお手伝いしますわ」

「リ、リリアナちゃん?!」


 調理室の扉から、リリアナちゃんが、ひょこっと顔をだした。

 かわいらしいフリルのエプロンを付けている。カワイイ。

 内緒で驚かせようとおもったんだけどなぁ


 二人で並んでボールに材料を順番にいれながらまぜていく。

 クッキー形はこの世界にないらしいので、出来上がった生地をスプーンで丸くおとしてならべていく。

 後ろでは、コックさんと、いつのまにか合流したメイド長のセーラが、はらはらしながら見守っている。


「わたくし、料理って初めてなんですけど。なんだかすごく楽しいですわ」

「うん、楽しいね!」 


 今まで誰かと一緒に作ったことはなかったんだけど。

 なんだろう、すごく楽しいんですけど、これ。


 さぁ、あとはオーブンで焼くだけ。

 だったんだけど。

  

 この世界には、前世のような家庭用のオーブンみたいなものなかった。

 代わりにあるのは、本格ピザ屋にあるような、大きな扉のついた大きな石窯。

 料理人は、オーブン内の魔法石の力を調整して加熱するらしい。

 でね。

 この調整がよくわからない。


 最初に並べたクッキーは、コックさんに教えてもらいながらやってみたんだけど。

 少し焦げてしまった。


「それでも、食べれますわ。美味しい」

「食べれるけど、すこし苦いね」


 もったいないので、その場にいたコックさんとセーラと私達で試食会。

 セーラが全員に紅茶をいれてくれた。


「お嬢様が料理をするなんて……」

「十分美味しいですよ、このクッキー」


 評判は悪くなかったんだけど。

 これは失敗なので、再度リベンジ!


 二回目に焼いたクッキーはそこそこ上手に完成した。

 出来上がったクッキーを、用意していた袋に大事にラッピングしていく。


「できたー!」

「できましたわ!」

   

 完成したクッキーを二人でその場にいたセーラとコックさんに手渡しする。

 驚いた顔をしてたけど。すごく喜んでくれた。

 

 そして。


「これどうぞ。また今度遊ぼうね!」


 私が作った中で一番おいしそうな分を、リリアナちゃんにプレゼントした。

 リリアナちゃんは、すごく驚いた顔をした後、瞳が涙でいっぱいになった。


「ありがとう、クレナ様。一生大事にしますわ!」

「えーと、それクッキーだから。できれば早めに食べてね」


 彼女は、クッキーを大事そうに胸にかかえながら、なんどもうなずいた。

 やっぱりカワイイな、この子。


 その夜。

 リリアナちゃんは、大きな飛空船で自分の家に帰っていった。



**********


 ふぅ、なんだか。

 やってみたら、伯爵令嬢って思ってたのよりムズカシイのね。

 本やゲームの主人公とはやっぱり違うんだなって、あらためて思ったよ。

 彼ら彼女らは、いきなり無敵で勇者で最強だったり、なんでも出来たりするし。


 今の私って。

 異世界生活っていうか。

 単純に『子供の頃に戻って友達と仲良く遊んでます』って感じだよね?

 まぁ、楽しいから別に不満はないんだけど。

 リリアナちゃん可愛かったし! あの子、将来絶対美人になるよ、うん。


 ちなみに、お屋敷では「お嬢様は星降りの夜に倒れてからおかしくなった」って噂になっているみたい。

 ちょっと子供らしく友達と遊んだだけで、別におかしくはない……と思いたい。 



 お父様がじっと私を見ている。

 まずい、あきれられてる?


「お、お父様にも、クッキーを焼きました。あとでお持ちしますね」

「ありがとう、クレナ。まぁ、静養に来ていたセントワーグ家のお嬢さんと仲良くなったのは良かったのか……」


 セントワーグ家のお嬢さん?

 たぶん、リリアナちゃんのことだろうな。


「ええ、とても仲良くなりました」

「……そうか」


 こんな時こそ、笑顔。

 笑顔でのりきっちゃおう、てへ。


「本当は、もっと先にしようと思っていたのだけど」

「お父様?」

「クレナ。今年は、クレナのお誕生日パーティーを開こうと思う」


 少し優し気な雰囲気に変わったお父様が、私を見つめている。


 お誕生日パーティー?

 もっとこう怒られるのかと思った。

 夕飯抜きだー! 的な感じの。


 でも。

 なんで今、誕生日の話をするんだろう。


 確か……クレナの記憶だと……。


『お誕生日パーティー』って。

 貴族の子供が社交界デビューするパーティーのことだった…気が?


 ……。 

 

 …………。


 ええええええええええ!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る