温室にて
「こちらが出来上がった書類です」
「ありがとうございます」
私から書類を受け取った司祭服の男性は、優しい笑みを浮かべてお礼を言ってきた。
今日は大聖堂に書類を届けに来ていたのだ。
ちなみに今回ビビは、総務部でお留守番をしている。
「では私は戻ります」
「あ、ちょっと待ってください」
用事は終わったので去ろうとしたが、男性は私を呼び止めてきた。
「なんでしょう?」
「実は貴女に渡すよう、お手紙をお預かりしていまして」
「私に?」
「はい。ちょっと待ってくださいね」
男性は懐をごそごそさぐり、一通の封筒を取り出した。
「これです」
私はその封筒を受け取り差出人の名前を確認する。
「ノアから?」
そこには綺麗な字でノアのサインが書かれていたのだ。
封筒を渡してくれた男性は、気をつかって私から離れていく。
私は封筒の封を外し中から一枚の手紙を取り出し読んでみる。
「……お茶のお誘い?」
そこには書類を渡し終えてから、帰りに例の温室に寄って欲しいと。そこで一緒にお茶を飲みましょうと書かれていた。
(さすがにまだ仕事があるしどうしよう……)
そう思っていると下の方に追伸と書かれ、すでにフレデリックの許可は得ているとの一文が。
(いつの間に……ああだから殿下、ここに行く前に今日は急ぎの仕事はないからと言ってきたんだ)
もうここまでされていては行かないわけにはいかず、仕方ないと諦めて温室に向かった。
◆◆◆◆◆
温室の扉を開け中に入り奥に向かう。
するとそこでは前と同じように鳥と戯れているノアがいた。
そのノアは私に気がつくと、とても嬉しそうに微笑んだ。
(……相変わらずの美しさだな~。人間じゃないと言われても頷けちゃうね)
神秘的な美しさを持つノアに感心する。
「遅くなってしまい申し訳ありません」
「いえいえ、私が勝手にしたことですので気になさらずに。それに貴女が来たと連絡を受けてからここに来ましたから」
「そうなのですか」
「さあさあ、こちらに。今お茶を入れますから」
「あ、私が入れます」
「私が招待しましたからね。私に入れさせてください。さあ、テレジアは座って寛いでいてください」
ノアに手で促され、私は諦めて椅子に座る。
そんな私の周りに鳥達が集まってきた。
「ふふ、こんにちは。久しぶりだったけど、私のことを覚えててくれたのね」
私にすり寄ってくる鳥達に笑顔で話しかける。
そんな私の前に、ノアは紅茶の入ったカップを置いてくれた。
「よかったらこの茶菓子も一緒にどうぞ」
「ありがとうございます」
ノアはテーブルに置かれていた器に入ったクッキーを手で示してから、向かいの席に座った。
「ではいただきます……美味しい」
紅茶を一口飲みホッと息を吐く。
そんな私をにこにこと見ながら、ノアもお茶を飲む。
そうして私達は、しばらくおしゃべりをして楽しい時間を過ごしていた。
しかし突然、鳥達が一斉に飛び立ちどこかに向かって行ってしまう。
「どうしたのでしょう?」
「……いつもと様子が違いますね」
戸惑っている私に、ノアも怪訝な表情で答える。
その直後、扉がある辺りから女性の騒ぎ声が聞こえてきた。
「ちょっと、なんなのこれ! やめてよ!」
その声に私とノアはお互いの顔を見てから同時に立ち上がり、急いで声の聞こえた方に向かった。
するとそこには大量の鳥達に襲われているソフィアがいたのだ。
鳥達は寄ってたかって、ソフィアの髪やドレスをくちばしで摘まみ引っ張っている。
ソフィアはそれらを必死に払い除けながら、鳥達に向かって怒りを露にしていた。
私とノアはそんなソフィアの姿に、呆然と立ち尽くしていた。
(ビビに続いて鳥達にまで……どれだけ動物に嫌われているんだろう。それにしても……動物に好かれていないヒロインって初めて見たな~)
私が前世でやっていた乙女ゲームでは、ヒロインは動物に好かれているかそもそも描かれていないかだったので、珍しいモノを見るような気持ちでソフィアを見ていた。
(続編のヒロインはそういう設定になっているんだね。まあ私が知らないだけで、そういうヒロイン結構いたのかも)
そんなことを考え納得していると、ノアがソフィアに近づき右手をふわりと上げる。
「よしなさい。無闇に人を攻撃してはいけませんよ」
優しい声でノアが言うと鳥達はピタリと襲うのを止め、少しその場に停滞してからどこかに飛び立って行ってしまったのだ。
私はそんな鳥達を目で追っていると、ソフィアの声が聞こえてきた。
「ああノア、怖かったですわ~」
その声に視線を向けると、ソフィアはノアの胸に垂れかかって体を密着させていた。
しかしノアは、困ったような表情で立ち尽くす。
「あの子達がすみません。いつもはとてもいい子達なのですが……今日は珍しく気が立っていたようです」
「……こんな襲われる展開はなかったけど、これはこれでありだわ。ふふ、ノアが助けてくれると信じていましたわよ。貴方は私と同じで特別な人間ですもの。普通の人とは違う選ばれた人なのよ。こんなことで貴方が謝る必要はないわ」
「……」
ノアの胸に顔を埋めながらソフィアが言うが、なぜかノアはスッと表情を無くし無言になる。
しかしそんなノアの様子に気がつかないソフィアは話を続けた。
「それにしても、私を襲うなんて酷い鳥達ね。害鳥として駆除された方がいいんじゃないかしら? ノアもそう思いません?」
その言葉を聞き、ノアのこめかみがピクリと動く。
そしてソフィアの両肩に手を置くと、その体を引き離した。
「ノア?」
ソフィアはその行動に驚き顔を上げると、ノアは悲しそうな表情を浮かべ数歩後ろに下がった。
「ソフィア嬢、あの子達は私の大切な友達なのです。害鳥などと言わないで欲しいですね」
「だけど、実際私は襲われましたのよ! それなのに鳥が大切だなんて……私よりもあの鳥達の方が大事なの?」
「申し訳ありませんが、私にとってはあの子達の方が大事です」
「なっ!」
ノアにキッパリと言われ、ソフィアはムッとした顔になる。
そんなソフィアを見てとうとう私は我慢できなくなり、口を手で塞いで吹き出してしまった。
するとソフィアはそこで私の存在に気がついたらしく、すごい形相で睨んできた。
「貴女がなんでここにいるの! まだ出番ではないわよ! そもそもなんで笑っているのよ!」
「ご、ごめんなさい。でも……っ」
怒りを露にして叫んでくるソフィアを見ながらも、私は笑いを堪えることができなかった。
なぜならソフィアの姿がすごいことになっていたからだ。
鳥に啄まれた影響で髪はボサボサ、ドレスもぐちゃぐちゃ、さらに鳥の羽が大量にくっついてとても残念な姿になっていたのだ。
見るとノアも私が笑っている理由に気がついたらしく、顔を背けて口を押さえ小刻みに肩を揺らしていた。
「ノ、ノア……貴方まで、笑っては……」
「わ、笑ってはいませんよ……っ」
そこでようやく自分の状態に気がついたソフィアは、顔を赤くし怒りの形相で髪とドレスを素早く直し羽を叩き落とす。
そしてキッと私を睨んできた。
「これは貴女の仕業ね!」
「え?」
「貴女が鳥に指示を出して私を襲わせたのでしょ!」
「いえ、そんなことは……」
「さすがは悪役令嬢ね!! でも勝手に別の行動を取らないで頂戴! 不愉快だわ。ここは私とノアが、甘いひとときを過ごす場面なのよ。邪魔をしないで!」
目くじらを立てるソフィアを見て、私は困ってしまう。
(べつに邪魔をするつもりは全くなかったんだけどな~。ただノアにお茶へ誘われて来ただけだし。もし知っていたら来なかったよ。まあこの様子だと、言っても信じて貰えないだろうけど)
苦笑いを浮かべていると、スッとノアが私を庇うように前に立った。
「ソフィア嬢、現状邪魔をしているのが貴女の方だとわかりませんか?」
「え?」
「私とテレジア嬢は、さきほどまで楽しい時間を過ごしていたのですよ? それを貴女が邪魔をしたのです」
「……それがどうしたと言うの? そもそもノアとテレジア様が、仲良くなるなんておかしいわよ。そんな設定なかったですもの」
「……貴女の言動は時々わからない時がありますね。ですが今はどうでもいいです。テレジア嬢を侮辱するような言葉は……いくら聖女の貴女であっても許しませんよ」
「っ!」
ノアの後ろにいるためその表情はわからないが、ソフィアの青ざめた表情とノアが発する威圧感にどうやら怒っているようだと感じた。
「な、なんなのよこれは! もういいわ。せっかく貴方も攻略してあげようと思っていたのに……やっぱり本命一本じゃないと上手くいかないみたいね。ふん、後で私に告白してきても相手にしてあげないから!」
そう言い残しソフィアは温室から出ていってしまった。
私は結局ソフィアの邪魔をしてしまったこの現状に頭を痛める。
(なんでまた巻き込まれるの?)
小さくため息をつきうなだれていると、突然ノアが私を包み込むように抱きしめてきたのだ。
「ノ、ノア!?」
「テレジア嬢、私が貴女をどんなことからも守ってあげます。だからずっと私のそばにいてください」
ノアは優しく私に囁き、抱きしめる力を強くしてきた。
そんなノアに私は戸惑う。
(ノア、一体どうしたんだろう……あ、そうか! きっと私がソフィアに怒鳴られて落ち込んでると思ったんだ。だから優しい言葉をかけてくれるんだね)
そう納得すると、私は顔を上げにっこりと笑う。
「ありがとうございます」
「っ、では私の……」
「本当にノアは優しいのですね。でも私は大丈夫ですよ。ソフィア嬢の言葉で落ち込んでいませんから。でも心配してくださってありがとうございます」
「いえ、そういう意味では……」
一瞬嬉しそうな表情を浮かべたノアは、なぜか困った様子に変わる。
そんなノアを安心させるように、再びにっこりと笑みを向けた。
「もう平気です。あ、そろそろ戻りますね」
私はスッとノアの腕から離れ、ペコリと頭を下げる。
「お茶とお菓子ご馳走さまでした。ただ今度は、仕事中にお誘いするのはやめてくださいね。その時間以外でしたら、いつでもお話しできますから。それではこれで失礼致します」
「あ……」
もう一度頭を下げてから、私は急いで温室から出ていったのだった。
◆◆◆◆◆
一人温室に取り残されたノアは、テレジアの出ていった扉をじっと見つめていた。
「テレジア嬢……」
さきほどまで腕の中にいたテレジアを思い出し、ぎゅっと自分の体を抱きしめる。
「私のそばにいて欲しい……どこにも行かないで欲しい……テレジア嬢が欲しい……」
ノアの目には仄暗い炎が宿りだしていたのだった。
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