第30話 恵


 猿木さんのフルネームは『猿木恵』という。


 彼女の外見は一言でいえば『格好いい』。

 背が高く。顔はとても整っている。声は女性にしては低く、耳触りが良い。スポーツは何でもできる。

 そのような外見のため、当然、猿木さんは女性にモテた。猿木さんは異性よりも同性にとても人気がある。


 コーヒーカップに口を付けたままの状態で動きを止めていた猿木さんは、コーヒーを飲まずにカップを置いた。

「私が、アヤカシを渡した?」

 猿木さんは「ふっ」と鼻で笑った。

「何を言うかと思えば冗談は……」

「冗談なんかじゃないよ」

 僕は再度繰り返す。

「蝶野さんに三人を殺したアヤカシを渡したのは君だ。猿木さん」

 僕達の間にもう一度沈黙が下りた。先に猿木さんが口を開く。

「馬鹿な事を言うな。大体、私はその蝶野とかいう奴とは会ったこともないんだぞ?」

「いいや、君は以前から蝶野さんの事を知っていた。そうだよね?」

 猿木さんの顔が険しくなる。

「根拠は?」

「覚えている?あの時の事」

「あの時?」

「『白い大蛇』が誰に憑いているのかを調べるために、蝶野さんに動画を送ってもらった時の事だよ」

「ああ、覚えている。それがどうした?」

「僕が蝶野さんの撮っていた動画に、『白い大蛇』が憑いている人が映っているかもって言った時、猿木さんはこう言った。『じゃあ、その蝶野という女に連絡して、もし動画が撮れているのなら、送ってもらってくれ』って」

「だからなんだ?」

「猿木さん、 ?」

 僕の言葉を聞き、猿木さんの目が大きくなる。

「あの時、僕は蝶野さんが女性か男性かは言っていなかった。でも猿木さんは、はっきりと蝶野さんを『女』だって言ったんだ」

 僕は猿木さんの目をじっと見据える。

「猿木さん、君は蝶野さんと会ったことがある。だから蝶野さんが女性だって知っていた。そうでしょ?」

 一瞬押し黙った後、猿木さんは「違う」と言って首を横に振った。

「……たまたまだ。『蝶野』という名前からなんとなく女だろうと予想した。他の人間はどうか知らないが、蝶と聞けば私は男より女をイメージする」

 確かにイメージは人それぞれだ。『蝶野』という名前を聞いて女性を連想するか男性を連想するかは人それぞれだろう。

 だけど、僕が猿木さんを疑っているのは、それだけが理由ではない。

「警察から事情聴取された時、刑事が言っているのを聞いたんだけど、何年か前にも病院で今回と同じような事件があったらしいんだ。それで調べてみた。数年前に起きた事件のことを」

「───ッ!」

 猿木さんの顔色が明らかに変わった。僕は猿木さんとの連絡を絶ち、自分で調べていたことを話す。

「当時五十四歳だったその男性はある病気で入院していた。ある日、その男性は全身の骨を折られた状態で死んでいるのを看護師に発見された。男性には太い何かで縛ったような痣が全身にあった。さらに解剖して詳しく調べると、直接の死因は『胸部圧迫による心停止』だということが分かったんだ。そう、その男性は今回殺された三人と全く同じ殺され方をしていたんだ」

 何らかの力が働いたのか、この事件はテレビでは報道されておらず、新聞の片隅に小さく載っていただけだった。ネットにも載っていなかったので調べるのが大変だった。

 猿木さんは何も言わず黙って僕の話に耳を傾けている。

「結局、この事件はまだ捜査が続けられているようだけど、未だに殺人か事故かも分かっていない。きっと、このまま原因不明の事件として迷宮入りするだろうね」

「……」

「調べてみると、その男性は骨董店を経営していた。そして娘が一人いた。その娘というのは───君だ。猿木さん」

 四年前に死んだ男性の名前は『猿木康』。正真正銘、猿木さんの父親だった。


「猿木さん。君は四年前、アヤカシを使って君のお父さんを殺したね?」

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