第31話 金

「私が父を殺した……か」

 猿木さんは能面のような無表情で僕を見た。

「何か証拠はあるのか?」

「証拠はないよ。四年前のことだし、アヤカシによる事件だからね」

 僕はゆっくりと首を横に振る。

「だけど、君がやったとしか思えない」

「何故?」

「もし、君が犯人じゃないとしたら、僕に言うはずだから。『私の父も今回の事件の被害者と同じ死に方をした』ってね。でも、君はそれを隠した。それは犯人を庇っているか、もしくは自分が犯人だからとしか考えられない。状況的に君以外の人間がアヤカシを使って、君のお父さんを殺したとは考えにくい。だから、君のお父さんを殺したのは君だとしか思えない」

「フゥウウウ」

 猿木さんは長いため息の後、口を開いた。

「そうだ。私だ。私が父を殺した」

 猿木さんは言い訳をしても無駄だと悟ったのかあっさりと認めた。

「君はお父さんを殺すのに使ったアヤカシを蝶野さんに渡したね」

 猿木さんは両手をパンと合わせ「正解だ」と言った。

「確かに、私が蝶野にアヤカシを渡した」

 猿木さんの様子はいつもと変わらない。いつもと同じように僕に話す。

「……色々と聞きたいことがある」

「だろうな」

 感情が爆発しそうになるのを抑え、僕は猿木さんに聞いた。

「まず君のお父さんのことだけど……君は言っていたね?『白い大蛇』がお父さんに憑いていた『病気の進行を止めるアヤカシ』を食べたから、止まっていた病気が進行したって。あれは本当のことなの?」

「ああ、本当だ」

「……君のお父さんは病気で死んだんじゃなかったんだね」

 猿木さんは「そうだ」と頷く。

「病気で弱っていたのは確かだが、病気で死んだわけじゃない。嘘は言っていないぞ」

 確かに猿木さんは自分の父親が病気で死んだとは言っていない。言っていたのはお父さんの最後が『病院のベッドの上で、とても苦しんでいた』ということだけだ。

「どうしてお父さんを殺したの?」

 猿木さんは嘆息し口を開く。

「信じてもらえないかもしれないが───殺すつもりは全くなかった」

「えっ?」

 その言葉は少し意外なものだった。僕は猿木さんの話を聞き逃すまいと耳を澄ませる。

「てっきり僕は、苦しんでいるお父さんを楽にするために殺したのかと思った」

 僕の考えを聞いて、猿木さんは「あははは」と笑った。

「私はそんなに諦めがいい人間ではないんだよ。知っているだろ?」

「……うん」

 四年の付き合いだ。猿木さんの諦めの悪さなんてとっくに知っている。

「私は───父を救おうとしたんだ」

「お父さんを救おうとした?」

「前に言ったよな?父に憑いていた『病気の進行を止めるアヤカシ』を『白い大蛇』に捕食された後、私は再び同じアヤカシを探したと」

「うん。でも見付けることができなかったんだよね?」

「ああ、父に憑いていたアヤカシと同じ『病気の進行を止めるアヤカシ』を見付けることはできなかった。だが、私はそれでも諦められなかった」

 猿木さんの目が一瞬だけ、力強さを増した気がした。

「私は考えた。『病気の進行を止めるアヤカシ』を見付けられないのであれば、自分で創ってしまえばいいと」

「アヤカシを……創る?」

 それは驚くべき言葉だった。そんなこと今まで考えたことすらない。

 そんな発想すら抱くことはなかった。

「一体、どうやって?」

「簡単だ。『品種改良』だよ」

 品種改良。交配により、人間に都合のよい動物や植物などを生み出す方法。

 たくさんの個体の中から人間に有益な個体を選び出し、掛け合わせる。そして、生まれた個体の中からさらに有益な個体を掛け合わせる。それを繰り返していく内に全く新しい『種』ができる。

 自然界の中では進化は淘汰によって起きるとされているが、『品種改良』はそれを人の手で行ったもので、いわば人為的な『進化』だ。

「例えば犬は祖先であるオオカミを品種改良したものだ。人間の需要に合わせ、品種改良を行った結果、狩猟犬、探知犬、闘犬、愛玩犬など様々な種類の犬が誕生した。アヤカシも生物だ。品種改良を行えば私が望むアヤカシを創ることは可能だと考えた」

 猿木さんはさらに続ける。

「私はどうせ創るのなら、『病気の進行を止める』だけではなく、『完全に病気を治癒させるアヤカシ』を創ろうと考えた。その時、偶然人を治癒する能力を持つアヤカシを複数体、手に入れることができた。だが、その治癒能力はとても弱く、擦り傷程度しか治せなかった。私はこのアヤカシを繁殖させ、品種改良を続けた。このアヤカシの治癒能力を強めていけば、きっとどんな病気や怪我でも治療できる『新種のアヤカシ』を生み出せると考えたからだ。そして、長い時間をかけてやっと目的のアヤカシを完成させた……つもりだった」

「つもりだった?」

 猿木さんは小さく微笑む。

「創り出したアヤカシは、病気で死にかけていたマウスをあっという間に治癒させた。実験の成功を確信した私は急いで、父に対して創り出したアヤカシを使った。その頃には父はもういつ死んでもおかしくない状態だったからな。人に対する実験は行っていなかったが、私は成功すると確信していた。だが……それは間違っていた。どんなに焦っていたとしても人間でも実験を行うべきだった」

 猿木さんの顔が悔しさで歪む。


「意気揚々と父に試したアヤカシは……父を治療せずに殺した」


 その言葉に息を飲んだ。

「……どうして?」

「さぁな。何が悪かったのか原因は今でも分からん。もう一度マウスを使って実験してみたが、一度目はマウスを治癒させたにも関わらず、二度目はマウスを治療せずに殺してしまった。成功したのは最初の一回だけだったというわけだ」

 もし最初の一回目をマウスではなく、お父さんに使っていたら一体どうなっていたんだろう?だけど、それは考えても仕方のないことだ。

 僕は別の質問を猿木さんにぶつけた。

「……どうしてアヤカシを『白い大蛇』に似せて創ったの?」

「父のためだ」

「お父さんのため?」

「『病気の進行を止めるアヤカシ』を『白い大蛇』に喰われて以降、父は『白い大蛇』に怯えるようになった。今度は『白い大蛇』が自分を直接殺しに来るんじゃないかといつも怯えていたよ。私は父のトラウマを払拭してやりたかった。『白い大蛇』に似せたアヤカシが病気を治せば、父の記憶も上書きされ、トラウマが改善されるのではないかと思った」

 だけど、猿木さんが『白い大蛇』に似せて創ったアヤカシは、猿木さんのお父さんを殺してしまった。猿木さんのお父さんが怯えていた通りに。

 なんて皮肉な結末だろう。

「それからどうしたの?」

「父を殺したアヤカシを、私は何度か殺そうと試した。だが、私の創り出したアヤカシは、私が想像する以上に強くなっていた。殺すのは不可能だったため、封じて保管した」

「じゃあ、どうして蝶野さんにアヤカシを渡したの?」

「金のためだよ」

「お金のため?」

 僕はハッとなった。

「まさか、猿木さん。君は、蝶野さんにアヤカシを渡したんじゃなくて……」

「そうだ。私は蝶野に『人を殺す力を持ったアヤカシ』を売ったんだ」

僕はギシリと歯を強く噛みしめた。

「金のために……人を殺すアヤカシを売ったっていうの?」

「ああ」

 猿木さんはいつもの調子を崩さない。その態度に非常に怒りを覚える。

「どうして?なんで、人を殺すアヤカシを売ったの?そのアヤカシは猿木さんのお父さんを殺したアヤカシなんだよね?どうして、そんなアヤカシを人に売ったの?どうして、そんなにお金が欲しいの?」

 怒りのあまり、僕は早口でまくし立てた。

「金を欲しがる理由……か」

 猿木さんは軽く嘆息する。

「なぁ、米田。この世界に金よりも大切なものはあると思うか?」

「あるよ」

 突然の質問だったが、僕は即答した。僕が即答すると猿木さんは「ふっ」と笑った。その笑顔は、嘲笑しているようにも感心しているようにも見えた。

「私もそう思う。この世界には金よりも大切なものや大事なものがたくさんある」

 それは意外な言葉だった。まさか、そんな事を猿木さんが言うとは思わなかった。

「だけどな、米田」

 猿木さんは顔から笑みを消した。

「金よりも大切なものを守るためには金が要るんだよ。それも大金がな」

 それはとても真剣な表情だった。僕は尋ねる。

「猿木さんが守りたいものって何?」

 猿木さんも先程の僕のように即答した。


「私は、『猿木骨董店』を守りたい」

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