第29話 真犯人

「米田!」

 一週間ぶりに戻ってきた猿木さんは、少し怒った様子で僕の向かいの席に座った。

「久しぶり猿木さん。ごめんね、わざわざ呼び出したりして。迷わなかった?」

「そんなことより、今まで何をしていた?また連絡すると言ったきり、連絡が付かなかったから心配したんだぞ?」

「ごめん、ちょっと調べ物をしていて」

「調べもの?」

「それについては後で話すよ。その前に聞いて欲しいことがある」

「なんだ?」

「この事件の真相について、だよ」


「ご注文はいかがいたしますか?」 

店員さんがやって来て猿木さんに注文を聞いてきた。僕が飲んでいるコーヒーを見て、猿木さんも同じコーヒーを注文した。

 今、僕達は「ヨルム」という喫茶店にいる。以前、伊那後先生と話をしたあの喫茶店だ。

 注文を終えると、猿木さんは身を乗り出して僕に尋ねた。

「それで、事件の真相とはなんだ?」

「結論から言うよ。この事件は『白い大蛇』が起こしたものじゃなかったんだ」

「……なんだと?」

 猿木さんの眉が上がる。

「どういうことだ?」

「三人を殺したのは『白い大蛇』じゃなくて別のアヤカシだったんだ。そして、そのアヤカシを操っていたのは……蝶野さんだった。三人を殺したのは蝶野さんだったんだよ」

「馬鹿な……信じられん……」

 猿木さんは目を大きく見開いた。

「それは、本当……なのか?」

「うん、蝶野さん本人に確認した。間違いないよ」

「……」

 猿木さんは口を開け、唖然としている。こんな猿木さんを見たのは初めてだった。


 蝶野さんは僕や猿木さんと同じアヤカシを視ることができる人だった。ただし、どうやら全てのアヤカシが視えるわけではないようだ。

 パーティー会場で『白い大蛇』が現れた後も蝶野さんの態度に変化はなかった。あれは『白い大蛇』が視えていなかったからだ。おそらく『白い大蛇』が食べた根津に憑いていたアヤカシも視えていなかっただろう。

「お待たせしました。アイスコーヒーです」

 店員さんがコーヒーを運んできた。猿木さんはそれを受け取る。店員さんがいなくなったのを確認して猿木さんは会話を再開した。

「どうして、分かった?今回の事件が『白い大蛇』ではなく、別のアヤカシが起こしたものだと。そして、そのアヤカシを操っていたのが蝶野という人間だと」

 僕は猿木さんに順序立てて説明する。

「電話でも話したけど、最初に疑問に思ったのは、どうして蝶野さんだけ襲われ方が違うのかってことだった」

 根津、灰塚さん、伊那後先生の三人はとても強い力で絞め殺されていた。しかし、蝶野さんだけは『まるで全身に硫酸を掛けられた』かのような状態で発見された。

 どうして蝶野さんだけ、他の三人と襲われ方が違うのか?

「その時、思い出したんだ。猿木さんがしてくれた話を」

「私がした話?」

「『未来を予知できるアヤカシ』の話だよ」

 鏡一族が経営していた『鏡商事』。鏡一族は『未来を予知できるアヤカシ』によって未来を知り、経営をしていた。

 だけど、『白い大蛇』が『未来を予知できるアヤカシ』を食べたことで鏡一族は未来を知ることができなくなった。未来予知に頼り切っていた鏡商事の経営はあっという間に傾き、倒産した。

 超大手だった鏡商事の倒産は、死者も出すほど経済に大ダメージを与えた。

「猿木さん言っていたよね?鏡一族は一族の中で最も適性のある一人の人間に『未来を予知できるアヤカシ』を憑かせ、その人間の口を借りて未来の出来事を言わせていたらしいって」

「ああ」

「そして教えてくれたよね。『未来を予知できるアヤカシ』が『白い大蛇』に食べられた時、その人がどうなったか……」

「……!」

「そう、確か『未来を予知できるアヤカシ』をその身に憑かせ、予言を行っていた人間は『白い大蛇』が『未来を予知できるアヤカシ』を捕食すると、全身が溶けるように焼けただれて死亡したんだよね?」

 猿木さんは息を飲む。

「ああっ、その通りだ」

「蝶野さんが『まるで全身に硫酸を掛けられた』かのような状態で発見されたと聞いて、その理由を考えていた時、猿木さんがしてくれた話を思い出した。そして、こう思ったんだ。蝶野さんは『未来を予知できるアヤカシ』を憑かせていた人間と同じだったんじゃないかって」

「……蝶野という奴には何らかのアヤカシが憑いていたが、そのアヤカシは『白い大蛇』に捕食された。そして、アヤカシが受けたダメージを蝶野も受けた……ということか?」

「僕はそう思った」

 猿木さんは自分の顎を撫でるように触る。

「……確かに、自分に憑いているアヤカシにダメージがあった場合、アヤカシに憑かれている側の人間もそのダメージを一緒に受けることがある。人によるがな」

 憑いたアヤカシと全く同じダメージを負う人間もいれば、全くダメージを受けない人間もいる。と猿木さんは言う。

 根津博義に憑いていたアヤカシを『白い大蛇』が食べた時、根津は気絶しただけだった。

 猿木さんのお父さんに憑いていたアヤカシを『白い大蛇』が食べても、アヤカシによって止まっていた病気は進行したけど、『全身が溶けるような状態』になることはなかった。

 だけど蝶野さんの場合、アヤカシへのダメージを蝶野さんも受けることになってしまった。

「蝶野さんに憑いていたアヤカシは何だったのか?それを解くヒントになったのが、テレビでやっていた蛇の特集だった。そこで『ミルクヘビ』って蛇が紹介されていた」

「ミルクヘビ……確か別種の蛇に擬態している蛇だったな」

「よく知っているね。流石猿木さん」

 このミルクヘビ。色がサンゴヘビという蛇にそっくりなのだ。

 伊那後先生も言っていた。

 ミルクヘビはサンゴヘビという蛇に模様がそっくりで、これは毒のないミルクヘビが毒のあるサンゴヘビの真似をすることで、敵から身を守っていると考えられていると。

「色がそっくりでも実は別の蛇。これを見た時、僕の頭にある考えが浮んだんだ。『白い大蛇』は今まで間接的に人を殺したことはあっても、直接人を殺してはいない。ひょっとしたら、今回も『白い大蛇』は誰も殺していないんじゃないか?って。もしかしたら『白い大蛇』そっくりのアヤカシがいて、そのアヤカシが三人を殺したんじゃないか?って」

 思えば僕は三人を殺したアヤカシをこの目で直接見たことはない。

 人づてに三人が強力な力で絞め殺されたことと、殺された三人の内の一人である根津が『ヘビ』と呟いていたことを聞いただけに過ぎない。僕は当然、三人を殺したのは『白い大蛇』だと思い込んでしまった。

「三人を殺したのが『白い大蛇』ではなく、別のアヤカシかもしれないと思った時、蝶野さんのことが頭に浮かんだんだ。もしかしたら蝶野さんに憑いていたアヤカシというのは、三人を殺したアヤカシなんじゃないかって」

 蝶野さんと三人を殺したアヤカシが頭の中で結びついた。

「それで、本人に確認したのか。アヤカシを使って三人を殺したのかと」

「うん」

「重体なんだろ?よく聞けたな」

「蝶野さんは喋ることはできない。だけど、信じられないことに意識はあるんだ。首も少しだけなら動かせるから、首を縦に振ったり、横に振ったりしてもらうことで、ある程度の意思疎通ができた。こちらの質問に対して『はい』なら首を縦に、『いいえ』なら首を横に振ってもらったんだ。そうしたら、蝶野さんは首を縦に振って認めてくれたよ。自分がアヤカシを使って人を殺したことを」

 鯰川さんは言った。これは誰かの呪いだと、誰かが三人を呪い殺したのだと。

 橋田刑事は言った。この事件は殺人事件だと思うと。

 二人の考えを僕は心の中で否定した。これは『白い大蛇』というアヤカシが起こした事件だと。でも違った。正しかったのはあの二人だった。

これは『蛇のアヤカシ』を使った連続殺人事件だったのだ。

猿木さんは腕を組んで「ふむ」と声を漏らした。

「動機は?もし、そいつが三人の人間を殺した犯人だとするのなら、動機はなんだ?」

「動機を聞き出すのにはとても苦労したよ」

 僕が思いついたありえそうな動機をいくつもいくつも蝶野さんに合っているのか聞いて、ようやく答えを得られた。

「まず、根津を殺した動機だけど実験だったみたい」

「実験?」

「蝶野さんがそのアヤカシを手にしたのは最近のことだった。だから、そのアヤカシで本当に人を殺せるのかどうか試したみたいだよ。怖い思いをさせられた復讐という意味もあったみたい」

「なるほどな。他の人間は?」

「猿木さん、雀村って小説家知ってる?」

「もちろんだ。何冊か読んだこともある」

「実は雀村が書いていた小説なんだけど、ここ七年は別の人間が書いていたんだ。そして、雀村の代わりに小説を書いていたのが蝶野さんだった。つまり、蝶野さんは雀村のゴーストライターだったんだ」

「ほう」

 猿木さんは興味深そうに腕を組む。

「でも、ある日灰塚さんがそれを知って、雀村さんにこれ以上ゴーストライターに小説を書かせるのをやめろと言ったらしいんだ。だけど、もし雀村が灰塚さんの言うことを聞けば、蝶野さんが困る」

「金か」

 僕は「うん」と頷いた。

「もし、ゴーストライターをクビになったら、報酬がもらえなくなるからね。灰塚さんは雀村の元担当で、雀村は灰塚さんにとても世話になったらしい。雀村は灰塚さんの頼みを断っていたけど、時間を掛けて説得されたら、いつか灰塚さんの言う通りにするかもしれない。蝶野さんはそれを避けるために灰塚さんを殺したんだ」

「あとの一人は?」

「伊那後先生が殺された理由は、『小説の売り上げ』が関係していた」

「小説の売り上げ?」

「伊那後先生、華我子さん、蝶野さん、鯰川さん、そして僕。新しくデビューした五人の中で蝶野さんの本の売り上げは三番目だった。蝶野さんは自分の本よりも売れている伊那後先生を妬んで殺したんだ」

 僕の話を聞いて、猿木さんは眉根を上げた。

「そんなことで人を殺すか?」

「もちろん普通は、そんなことで人は殺さないよ。いくら妬んでいるといっても捕まるリスクを負ってまで殺人まで犯す人間はほとんどいないだろうね。でも『人を殺しても罪に問われない武器』を手に入れたら、殺人を犯す人数は飛躍的に多くなると思う」

 人を殺したと絶対に分からない武器を手に入れれば、逮捕されるリスクはなくなる。

 リスクがなければ、犯罪に手を染めやすくなる。人を殺すのは大変な罪悪感があるだろうが、慣れてしまえばそれもいずれ消えていくだろう。

「しかし、その蝶野という奴。よくそんな動機まで自白したな」

「最初に『僕はどんな怪我も治せるアヤカシを知っている。もし、正直に答えてくれたら君の怪我を治してあげる』って言ったんだ。そうしたら、素直に質問に答えてくれたよ」

「嘘を付いたのか?お前にしては珍しい」

「……灰塚さんや伊那後先生を殺した人間に遠慮することなんて何もないよ」

猿木さんは僕の顔を見て、数秒ほど沈黙し、囁くように「そうか」と言った。

きっと、僕はとてもひどい顔をしていたに違いない。


「まさか、事件の犯人は『白い大蛇』ではなく、人間だったとはな。驚いた」

 運ばれてきたコーヒーを猿木さんは一口飲む。「中々の味だ」と猿木さんは言った。どうやら気に入ったようだ。

「ということは、事件はこれで解決というわけだな」

 猿木さんはコーヒーカップを皿の上に置いた。カチャという音が耳に届く。

「三人の命を奪った蛇のアヤカシは『白い大蛇』に喰われた。そのアヤカシを操っていた人間は法的に罪に問うことはできないが、因果応報ともいえる目に遭った。これ以上、アヤカシによる殺人が起きることはないだろう」

「……そうだね。蝶野さんが事件を起こすことはもうないだろうね」

「なら次は『白い大蛇』だな。米田。『白い大蛇』が誰に憑いているのか分かったのか?」

 猿木さんの問いに僕は答えた。

「うん、分かったよ」

「そうか!」

 猿木さんは唇の端を上げる。

「よくやった。『白い大蛇』は強大な力を持っているが、憑いている人間さえわかれば、対処の方法は色々と……」

「まだだよ」

 どうやって『白い大蛇』を捕まえようかと話す猿木さんに僕は、はっきりと言った。

「事件は……まだ解決していない」

「どういうことだ?」猿木さんの顔から笑顔が消えた。

「何故、事件はまだ終わっていないんだ?三人を殺したアヤカシはいなくなり、操っていた人間は再起不能の重体なんだぞ?」

「実は、分からないことがあったんだ。蝶野さんは三人の命を奪った蛇のアヤカシをどこから手に入れたんだろうって」

 人を殺すことができる能力をもったアヤカシなんて、そういるものじゃない。そんなアヤカシをどうやって蝶野さんは手に入れたのか。

「アヤカシを手に入れる方法は二つある。偶然捕まえるか、もしくは……誰かから貰うかだ。蝶野さんの場合は後者、誰かからアヤカシを貰ったんだ」

「何故分かる?」

「前に蝶野さんと一緒にこの喫茶店に来た時、本人が言っていたからね。最近尊敬できる女性に出会ったって。悩みがあったけど、その女性からあるものを貰ったら悩みは解決したって言っていた。おそらく、その『貰ったもの』こそが三人の命を奪ったアヤカシなんだと思う」

「……蝶野という奴は、誰からアヤカシを貰ったと?」

「それだけはどうしても教えてくれなかった。よっぽどその人が大切みたい。でも、その女性が誰なのかは分かっている」

「誰だ?」

僕はゆっくりと人差し指を立てる。

そして、その指を目の前に座っている人物に向けた。


「君だよ。猿木さん」 


 沈黙が訪れる。店内に流れる音楽や他の客が話す声がいやに大きく聞こえた。

 僕は猿木さんの目を見て、もう一度はっきりと告げる。


「三人の命を奪ったアヤカシ。それを蝶野さんに渡したのは君だよ。猿木さん」

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