幕間





「電気消すぞ」


「はーい」


 響花の返事を聞いて、シーリングライトのリモコンを押して照明を落とす。


 白色の灯りに照らされていた室内は、一瞬で闇が支配し、視界が真っ黒に染まる。しかしそれもわずかな間で、瞬きを数回するうちに目は闇に慣れて、家具の輪郭が浮かび上がってきた。


 一度部屋を眺め、見慣れぬ響花のキャリーバッグを認めてから、倒れこむようにして枕に頭を預けた。


 あのキャリーバッグも格納する場所考えないといけない。八畳のワンルームでは結構邪魔になる。何を移動してどういう風に格納するか、考えながら俺はベッドの方に視線を向ける。


 響花がベッドで寝ていて、こうして俺がベッドの下でマットレスを広げて寝る。


 日にちにしてみればたった四日ぶりの事だったが、なんだか妙に長い間この時間がなかった気がした。


 ベッドが軋む音が、響花がいることをほのかに感じさせてくれている。


 その軋む音がひと際大きく響き、響花がベッドから顔だけ出して俺の顔を覗き込む。


「ねぇ、光太郎さん」


「なんだ?」


「なんでこっちで寝ないの?」


「────は?」


 一瞬、その言葉がうまく呑み込めず、思考がフリーズする。


「一緒に寝ようよ。昨日は一緒に寝たのに」


 あどけなく言う響花に俺は内心頭を抱える。


「いや、お前な……間違いとか起こったらどうするんだよ」


 そう言うと響花はベッドの上で頬杖をつき、


「ふぅーん……」


 と、悪戯っぽく笑って目を弓なりに細めた。


「光太郎さんは私とそういうことをしたいんだ?」


「ば──」


 そんな安っぽい挑発だというのに、簡単に頬が熱くなるのを自覚する。


「馬鹿野郎。お前、そういうこと言ってるといつか押し倒すぞ」


 真っ赤になって言っても、最早威厳もへったくれもない。だが、そうとわかっていても言わずにはいられない。

 

 こういう所がまだ青いまま残っている事に、俺は口の端を曲げる。


「わぁ、こわーい」


 と、響花は全く意に介した様子もなく、ケラケラと笑っている。


 何時か本当に押し倒してやろうかと思ったが、やったらやったで普通に受け入れられそうな気がして……それはそれで情緒がないような気がした。我ながらめんどうくさい性格だなと思う。


 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、響花は少し悩むように視線を上げ、「うん」と何かひとつ決意すると、


「どーん!」


「ぐえっ」


 俺の上に倒れこむように寝転がってきた。


 ふわりと彼女の黒い髪からシャンプーの匂いが広がり、毛布越しから彼女の重みと確かな柔らかさを感じる。


「響花……お前なぁ……!」


 思わずカエルみたいな声出ちまっただろうが。


 じろりと睨むが響花は「えへへー」と笑うだけで何の効果もない。


「重い。のけろ」


「そこは軽いっていう所でしょー!」


 響花が口をへの字に曲げるが、俺だって憎まれ口のひとつくらい叩きたくなる。


「そんな酷いことを言う光太郎さんじゃ、どいてあげませーん」


 そう言って響花は俺の胸板に顔を埋めるようにして寝そべる。

 

 なんだろうこの、犬か猫が人の寝床に邪魔してきて居座る感じは。

 

 というか、このままでは本当に寝づらい。響花の頭が目と鼻の先にあって、さっきから香るいい匂いに頭がくらくらしてどうにかなりそうだった。


 これじゃ、俺の理性がトぶ──。


「ああ、もう!」


「え? こうたろ──きゃっ」


 俺は響花の体を抱えあげると、ベッドにその身をゆっくりと下す。驚いた響花が可愛い声を上げて体を縮こませ、目を白黒とさせている。


 自分の枕を響花の隣に放り投げ、俺はその枕に頭を預けるようにしてベッドに寝転んだ。


 ふん、と鼻息ひとつ鳴らして響花に背を向けて俺は目をつむる。


 響花が背後で「ふふっ」と笑うのが気配で分かった。


「寝ぼけて俺を蹴とばすなよ?」


「光太郎さんこそ、寝てる間に変なところ触らないでね?」


「一緒のベッドに誘っておいてそれ言うのかよ」


「起きてる時ならいいの!」


 起きてる時ならいいのか……。


 ──いいのか!?


 突っ込もうと思ったが、これ以上続けると本当に変な雰囲気になりそうなのでスルーすることにした。


「それじゃ、今度こそおやすみ」


「うん。おやすみなさい光太郎さん」


 長らく俺が使ってなかったベッドは、いつの間にか響花の匂いに満たされていて、自分の家のベッドだというのに落ち着かなかった。


 いつかこういうのにも慣れるのだろうかと思いながら、しばらくは自制心と忍耐力が鍛えられる日々が続きそうだった。


 

 

 





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