10:俺と彼女とテレビゲーム




「おかえりなさいっ」


「ああ、ただい……ま?」


 家に帰るとTシャツ姿にエプロンの響花が箱を一つ掲げて待ち伏せしていた。それは見覚えのある箱だった。


 それは数年前に久々にゲームでもやろうと思って買ったはいいものの、結局忙しさに負けてろくにプレイできず、押し入れにしまっていたsw○tchだ。正直、こうして持ってこられるまで存在すら忘れていた。


 部屋を片付けているときに見つけたのだろう。


「光太郎さん!」


「お、おう?」


 キラキラとした目が俺を見上げている。それに気圧され少し顔がのけぞる。


「ゲーム、やってもいい?」


「あ、ああ」


「やったぁ!」


 響花がゲーム機の箱を掲げて小躍りする。随分とご機嫌だ。


「でも、その前にご飯にしなきゃね」


 エプロンの裾を翻して響花が俺を見てにっこりと笑う。


「今日はなんと、てでどん!」


「カレーだろ」


 空気も読まず言い放つと、響花は上げたテンションの行方がなくなったのか、俺と鍋を交互に見ると最終的には肩を落とした。


 さっきから時おりコトコトと音を立てている鍋からはカレーの良い匂いがする。1L物件のキッチンなんてさして広くもないし、換気扇も回っているから、家に入る前から匂いが漂っていた。


 それでも響花はめげずに顔をあげると、


「サラダもありまーす! お味噌汁もね!」


 テンション高けーなと思いながら、履きっぱなしだった革靴を脱いで家の中に入る。上着をハンガーラックに引っ掻けながら、一緒に部屋の中まで入っていた響花に一声をかける。


 部屋の中はやっぱり整理されていて、ベッドのシーツや毛布まできちんと整えられている。唯一散らかっているところと言えば、接続の手前で止まっているゲーム機一式がテレビの前にあるぐらいだろうか。


「今日も悪いな」


「いえいえ。たいした料理作れてないしね」


 ひとまず箱を置いて響花はキッチンに向かい、鍋の具合を確認した。


「光太郎さん的には、腰を抜かして震え上がるぐらいの料理を期待してたのかもしれないけど」


「そんなスキルあるんだったら、俺じゃなくて料理人の所に居候したらどうだ?」


「そんなスキルありませーん! 今日もレシピ本大先生の通りに真似てみただけですぅ!」


 だから──、と彼女は続けカレー鍋の中からジャガイモとルーを小皿に分けて差し出してくる。


「どうぞ光太郎さん。お味見」


 小皿を浮けとり、まずは形が崩れ始めているジャガイモを口に含む。


 おお、熱い、熱い。ホフホフと口の中で冷ましながら噛むと、ホロホロと口の中で優しく砕けていく。


 皿を舐めるのは行儀が悪いが、皿についたルーを舐めとり舌で嗜む。ルーは市販のルーの味で大変馴染みのある味だ。ただその中に妙なコクを感じるのは何か隠し味でも入れたのだろうか。


 総評すると自分で作るより遥かに美味しいカレーだった。


「……美味い」


「やた」


 響花が安心したように笑い、小さくガッツポーズをした。


「それじゃ、食うか」


「うん!」


 冷蔵庫で保冷されていたサラダとドレッシングを出してテーブルに持っていく。響花がよそったカレーを受けとり、それぞれの定位置に置くと共に響花が味噌汁を持ってキッチンから戻ってくる。


「それじゃ、いただきます!」


「頂きます」


 ベッドを背にして俺が座り、対角ではなく斜め前に響花が座るのもすっかり定着してしまった。

 

 

 

 カレーも食べ終わると、洗い物もそこそこに響花はsw〇tchに飛びつく。

 

「女の子でもゲーム好きなんだな」


「そりゃあ、まあ、現代っ子ですから」


 響花は待ちきれないといった感じで画面を見ながら、コントローラーを握りsw○tchを起動する。


 起動した途端、響花の細く整えた眉が怪訝そうに歪み、首を捻っていた。


「……光太郎さん、一本しかゲームやってないの?」


「ん? なんでわかるんだ?」


「いや、だってsw○tchってプレイしたゲーム履歴で出るんだよ?」


「そう、なのか?」


 画面に写し出されているのは有名なアクションゲームの最新作だ。いや、正確にはゲーム機が発売された当初の最新作と言うべきだろうか。


 壁だろうが山だろうがどこだって踏破して、拐われた姫を助ける王道の作品だ。


「…………光太郎さん、この作品プレイ時間が3時間なんだけど」


 コントローラーを握る手をわなわなと震えさせながら、信じられないと言う目を向けられた。


 つい視線を逸らして首に手をやる。


「あー……買ったは良いが忙しくて」


「信じられない。神ゲーなのに」


 やったことがあるのか。


「私でもプレイ時間200時間は越えたよ……?」


「そん、なに? どこにそんな時間があるんだ」


「たいしてプレイしてないと思うけどなぁ……友達とイカやったりマ○カーやったりする方が多かったし。最近はどうぶつってたし」


「俺の頃はPS全盛期だったからなぁ……ひたすらソロでゲームしてたな」


「PS? おじさんの頃だとPS3とか?」


「…………いや、初代PSだけど」


「レトロゲーじゃん」


「レトロ……ゲー……?」


 ケラケラと響花が笑う反面、俺はショックを受けていた。


「い、いやいやPSがレトロゲーとか無いだろ!? レトロゲーってFCとかGBだろ!? せいぜいSFCだろう!?」


「え?」


 なに言っているんだろうこのおじさん。という可愛そうな目で見られた。


「ち、ちなみにFFといえば?」


XVフィフティーン


XIIIサーティーンですら無いのか……」


「XIIIってかなり前だよ?」


「えっ、いや、ちょっと前だろ?」


 思わずスマホで調べてみる。


「11年前……だと……?」


 月日がたつ無情さなのだろうか。それとも歳を食ったのだろうか。いったい何時の間にこんなに年月が過ぎていた? 当たり前のことだと言うのに現実を突きつけられたみたいにショックを受けている。いやよもやこんな所で予想外の所からダメージを受けるとは思わなかった。嗚呼、刻はどうして過ぎ去ってしまうのだろう。何故止まってはくれないのだろう。思い出として残るのではなく今そこに積み上がるままで居無いのだろう。


 何が言いたいかと言うと、だ。


「すまん、今日はもう寝て良いか?」


「おじさ──光太郎さん! ショック受けすぎだよ!」


 寝込みそうになる体を揺すられて現実に連れ戻された。


 もう、と呆れたように彼女は一つ息を吐き、


「ね、光太郎さん、ひとつ我儘言っても良い?」


「ん?」


 響花は微笑んでいた。


 それは何かをねだるような笑みでも、悪戯っぽい笑みでもない。どこか慈しむような、優しい笑みだった。


「二人で一緒に遊べるゲーム買おうよ」


 小首をかしげながら彼女は言う。


「ゲームの楽しさは何時の時代でも変わらないよ」


 その言葉に、息を飲んだ。


「古いとか新しいとか、関係ないじゃん。私は光太郎さんとゲームがしたいな」


「こんなおっさんとゲームして楽しいか?」


「それは……やってみないとわかりません」


 それもそうだ。


「光太郎さんが下手だったらつまらないかもなぁー?」


 挑発するような視線をくれる。


「ブランクはあっても年季が違うわ年季が」


 その挑発に乗った。膝をひとつ叩き、


「よし、何か買うか」


「えっ、ホント!? 良いの?」


「今日のカレー美味しかったから……サービスだ」


「やった。じゃあどれにしようかなぁ。あ、アカウント私の連携しちゃうね」


 響花は手慣れた手つきでコントローラーを操作して設定を弄っていく。


「んー、ス○ブラかマ○カー?」


「じゃあ、マ○カーで」


 マ〇カーなんて昔ロクヨンでやったっきりだ。


 コントローラーを借り、購入とダウンロードを進める。


 ダウンロードの進むバーを見る間、ふと沈黙が降りる。


 気になったことがあった。


「どうして俺とゲームしようなんて思ったんだ?」


 ゲームならひとりでもやれる。何も俺とやる必要はない。


 彼女は指先を唇にあて、視線を上げて悩むようなそぶりを見せる。


「んー……」


 そのまま数秒が経ち、数十秒が経ち、分を越え……それでも響花は「ううん」と唸っていた。


「いや、そこまで考えるようなことなのか?」


「うーん、色々あるけれど……」


 色々あるのか? そんなに?


 響花は迷うようにコントローラーを両手でもてあそび、ちらりと俺を見上げて、にへらと笑った。


「やっぱり光太郎さんとゲームしたかったから、だけだよ。それじゃダメ?」


「……いや、まあダメじゃ、ない」


 俺は響花から視線を外し、隠すように響花側の手で頬杖をつく。


 俺はなんとも単純な男だと思う。


 単純だ。


 たったそれだけの言葉に、頬がニヤつきそうになっているなんて、単純にもほどがある。


 必死に唇の端に力を入れ、緩みそうになる頬を押さえ込む。隠すような真似をしたのは、なんともちっぽけなプライドのせいだ。「そっかー。おじさんも若い子とゲームできて嬉しいよー」と自然に流せられたらどんなに楽か。


 しかし、あんな屈託のない笑顔で「一緒にゲームしよう」なんて言われるのは何十年ぶりの事で──嬉しくなったのだ。


 ただ、その感情を素直に表現する方法が、俺にはわからなかった。


 今見せられるのは、たぶん気持ちの悪い笑みだけだ。


 彼女のように笑うにはどうするんだったか。


 俺にも、屈託なく笑えていた時代はあったはずで──しかし、記憶の彼方にある感情はもはや思い出せない。


 だが、まあ……取り繕っても、隣にいれば俺の感情なんて筒抜けなのだろう。


「ほら、ダウンロード終わったよ」


 ちらりと横目で見た彼女は、少し得意気だった気がした。




 ちなみにゲームは惨敗した。


「ちょ、もう一回! もう一回だけ!」


「もー! 光太郎さん往生際が悪いよ!? 明日に響くよ?」


「くそう。何だよそのドリフト!? チートだろ!」


「テクですー! おじさん、ザッコーい!」


「ぐぬぬぬぬぅ!」


 次の日の仕事は、眠気覚ましのコーヒーの量が三倍に増えた事だけ、一応補足しておく。

 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る