(2)

 彼らが一年の始まりの日であるその日、その場所に馬を止めたのは、全くの偶然だった。馬車に積まれた荷は腐るものではなかったが、彼らは二人とも早く職務から解放されたかったので、自然に旅は急いたものになっていた。

 彼らには積み荷を損なわずに街に運ぶ責任があり、それまでの彼らは運び人であると同時に、荷の守護者であった。

 この辺りで野盗の類が出る話を耳にしたことはないが、そのことだけでは彼らの旅が完全に安全であると保障するにはなりえない。野盗や盗賊が出る話が出てこないのは、ここが貧富の差が生まれようもない質素な地域であるからで、本国から遠く離れたこのミュルクヴィズ地方における公的な存在が頼もしいわけでは決してなかった。

 停車したのも人間が休むためではなく、馬を休ませるため。夜が明けたからではなく、偶々馬がいなないたからだった。それをきっかけに、もうそろそろ馬を休ませようかと、ふと片方が口を開いた。それだけだった。

 つまり、そこには何の必然性もなかった。

 それにも関わらず、見ず知らずの子ども達が図ったように森から現れたのだから、二人は戸惑いを隠せなかった。村で馬を停めて、偶々その村の子どもに出会うことはあるかもしれない。だが、無作為に停めた先に、森を抜けて今まで歩いてきたであろう子どもたちに出会うということが、果たしてどれ程あるだろうか。


 子ども達は自分たちと同じく二人組。

 女の子が年上で、男の子が年下。身長差から、同年代には見えなかった。

 ミュルクヴィズ地方では服に刺繍をするのが常である。だが、子どもたちの首元や袖に施された鮮やかな赤色と青色のそれは、二人が知るどの模様とも違っている。

 もっとも、村ごとに地域によって刺繍の形が違うので、彼らが把握していないことが必ずしも得体が知れない者であるとは限らなかったのだが。

 だがそれでも見知らぬ刺繍が施されていることは、親らしい影が見えず足元が大分汚れている子どもたちに対して、猜疑心を持たせる後押しをさせた。

 状況から察するに森を歩いてきたのだろうが、背後に見える森は、子どもたちだけで歩いて抜けるような浅い森には到底見えなかった。

 弟の方は俯きがちで顔が見えなかったが、二人の髪の色は同じ金髪でありながらも似ていない。だから一見すると外貌はそこまで似ていない様に見えたが、雰囲気ばかりは家族のようにまとまって見えた。

 ただ、血が繋がっているからと髪の色が瓜二つのように同じであるとは限らないので、二人の関係に言うなら、そこまで異質なわけではないのかもしれない。

 状況の不確かさから、無意識に常とは違う異質さを見つけようとしているだけかもしれず、姉と弟と判断するのが一番自然なことのように思われた。

 彼らはこの子どもたちに自分たちがどう接するべきなのか顔を見合わせ、お互いに困惑していることを確認し合った。



「大丈夫かい?」


 今まで鞭を持っていた男の方が、ひとまず声をかけるた。女の子はびくりと肩を震わせ、伺うように上目遣いの目を向けた。見入ってしまう程に青く、快晴の空を思わせる、宝石のような美しい目だった。

 その瞳からは、怯えの色が見てとれた。おそらく見知らぬ大人に対する怯えなのだろうが、それにしては逃げるそぶりもない。それから、彼女は思案するように目線を伏せて、やがて覚悟を決めたように口を開いた。


「私たち、捨てられたんです。助けてください」


 再び顔を見合わせた男たちは、知らず知らずに肩をすくめた。

 それは密やかな安堵であった。背景が見えない子どもたちよりも、親に捨てられた子どもたちの方が、彼らにとっては身元がはっきりしていたのである。

 合点がいけば今まで感じていた異質さは払拭された。

 彼らは人間らしく、親に捨てられたか弱き子どもたちに同情し、馬車への乗車を促した。姉弟は見ず知らずの大人による厚意を素直に感謝し、促されるままに荷台に乗り込んだ。

 弟の方は虚であり、姉が一切の世話をしているようである。食べ物と水を差し出すと、姉は弟に食べることを促した。弟の食事を確認すると、今度は自らの食事を始めた。その様子はどこか母親のようでもあり、介護人のようでもあった。

 彼らはやはり姉弟で、大晦日から今日にかけて夜通し森を歩いて抜けてきたらしい。姉の方は落ち着いてくれば受け答えがしっかりしていた。

 けれども、彼らと出会った直前までの状況に対する質問には、支離滅裂な答えを返すばかりだった。どうやら親に捨てられたことで記憶が混乱しているのか、時系列を順序だてて話すことが不可能なようだった。最後に親が捨て置いた瞬間のことすら朧げな様子だった。

 ただ、捨てられた自覚は確信を持ってあるらしく、捨てられたので助けてくれと連呼するばかりである。

 何とかするので心配は不要であると慰めると、女の子は初めて安堵した顔を見せた。よく見れば汚れているとはいえ、二人とも端正な顔立ちをしているようである。特に姉の躊躇いがちに笑う顔は二人を心地よい気分にさせ、これから出会う大人たちから可愛がられることを予想させた。弟は我が強くなく従順そうで、それはそれで喜ばれそうだった。愛され可愛がられるのに余計な知恵は不要である。

 それから満腹になったこともあり二人は昼だというのに、うとうととし始め、やがて気絶したように眠った。初めに姉が寝入り、その様を見た弟は真似をするように目を閉じ、姉の肩に寄り掛かった。

 微笑ましい様子を見て、知らぬうちに笑いかけた男は、隣で馬を操っている男に子どもたちが寝たことを報告した。


「運が良かったな」

「全く、こんなところで出会うなんて正月からツイている。この辺りは人が頻繁に行き来する場所でもないというのに」


 それを踏まえて、計画的に捨てられたということだろうか。確かに、姉の方は今は混乱しているとはいえ、利発そうだった。

 例えばおとぎ話の捨て子のように、何かしらの知恵を駆使して家に帰ってくるような感じがした。

 男たちは密やかに顔を見合わせ、そして笑い合った。


「次の街に着いたら売り払おう。きっと良い値段で買ってもらえる」

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Rupta 田中 @mithurumd

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