夏の思い出

 木之瀬蘭子は、夏は毎年で、別荘で過ごしている。

そこは、立派な日本家屋であり、昼間は広縁が日陰になっていて

風通りも良く、クーラなしでも、涼しげで心地よかった。


 そこで涼んでいた蘭子は、何とも言えない歌声の様なものが聞こえてきた。

蘭子は、その声に誘われて、外出した。そして彼女の足は、自然と

人気のない草原に向かっていた。

そして草原には、ワンピースを着て、白い帽子をかぶった背の高い女性がいた。


 ある夜、夕食は、この別荘を管理してくれている老夫婦と、

お付きのメイドと一緒に食べていたのだが、何の気なしに、

例の女性の事を思い出し、


「私、背の高い女性を見ましたの。白いワンピースを着て、

おかしな歌を歌っていて……」


すると、老夫婦の顔が真っ青になって、状況を事細かく聞いてきた。

蘭子が答えるたびに、ますます顔は青くなっていく。

この後は、老夫婦はどこかに電話をかけ出し、

その電話で、近所に住む馴染みの老婆がやって来て真剣な顔で、


「蘭子様、これを」


と言ってお札を渡してきて、


「今夜は、それを手放してはなりませんよ」

「はぁ……」


その後、老夫婦は蘭子の寝室に入り、何やらしていた。中から


「六年間、現れなかったのに……」


という声も聞こえる。先のお札の事もあって、

ただならぬ状況である事に蘭子は気づいた。


 その後、老夫が、


「蘭子さま、寝室にお入りください」


寝室に入ると、窓にはすべて紙での目張り、更にお札も貼られており、

また部屋の四隅には盛塩が置かれていた。さらに、簡易トイレも置いてある。


「蘭子様、今夜は外に出てはなりません。私たちも呼び掛ける事はしませんから、

朝の七時になったら、ご自分で出てきてください。

そして、急な話ですが、明日の朝にはお帰りください。

おじいさまに連絡をいたしますから」


みんな妙に必死なので、


「わかりました」


と蘭子は答えた。


 その夜、蘭子は言う事を守って部屋で過ごしたが、


(あの女の人の事が関わってるんでしょうが……)


実は彼女は、人々に言い忘れていることがあった。


 その日の晩は何事も起きずに、盛塩も白いままだった。

外に出ると、老夫婦や近所の老婆もいて、


「良かった……」


とだけ言って、みんな泣いている。

お付きのメイド、彼女は泣いておらず、淡々とした様子で、


「ご主人様が迎え来ておられます」

「お祖父さまが……」


蘭子の祖父がやって来て、


「帰るぞ」

「はぁ……?」


こうして、蘭子は家路についた。その際も異様で、迎えの車はワンボックスカーで、

祖父が引き連れて来たと思われるメイドたちがいて、

乗り込む際もメイドたちが蘭子を囲む形で乗り込み。

運転は祖父が、助手席には近所の老婆が座り、

更に前後をボディーガードの車があるという物々しい状況で、出発した。


 車の中で、蘭子は、


「一体何ごとなんですか?」


この状況についての質問をした。


「お前は知らんで良い事だ」


と祖父は素っ気なく言ったが、お付きのメイドは、


「貴方は魅入られたのです。この地に住む魔物に」

「おいっ!」


と祖父は制したが、お付きのメイドは、話を続ける。

 

 実は蘭子が出会った女性が、その魔物だという。

魅入られれば数日のうちに命を落とすという。


「最後に目撃されたのは六年前、その時は上手くやり過ごしたそうですが」


以来、目撃されてはいないらしい。

昨夜の事も、その魔物から身を守るための事らしい。

また今メイドたちが、彼女を囲んでいるのも、

その魔物から身を守るためだとか。


 そしてしばらく走ると


「ここまでくれば大丈夫だろう」


と祖父は言い、老婆は、


「お札は?」


と聞いて来たので蘭子が見せると、お札は綺麗だった。


「えっ……」


目を丸くする老婆、祖父も驚いているが、


「とにかく蘭子、もう二度とあの別荘に言ってはいかんぞ。

行けば取り殺される」


と真剣な表情で言う祖父だが、


「でしたら、私はもう死んでますね。あれから何度も別荘に行ってますから」

「どういう事だ?」


ここで蘭子は、言いそびれていた事を言った。


「私があの女の人を見たのは、昨日じゃありません。

もう六年くらい前の話です」


昨夜、ふと思い出して話したのである。


「えーーーーーーーーーーーーーー!」


と言う声が辺りに響いた。


 例の女性と蘭子の間に、何があったかは定かではないが、

少なくともその後、六年間、目撃されてない事と、

以降もここに来ているにも関わらず蘭子が無事という事である。

その後も蘭子は夏に別荘に行っている。

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