3

 二年後、「god-death」は活動歴四年、わたしは高校一年生になった。思い通りの県一の進学校に合格した。


 母はわたしの部屋の切り抜きの存在について気づいていたようだが、成績をまったく下げなかったので何も文句を言わなかった。ジンくんと出会ったせいでだめになったと思われたくなかったのでわたしも必死だった。



 高校生になったということはアルバイトができる。両親は予備校に行くことを勧めてきたがわたしは断った。


「社会勉強のためにアルバイトをしたい」


 それは完全に建前以上の何でもなかった。お金がないと服も買えないし、ジンくんに会いに行くこともできない。


 それまで無欲だった両親はわたしが県一の進学校に入学してしまった所為で「いい大学」への可能性を捨てられなくなったようだった。


「一年のうちだけだぞ。二年になったらちゃんと大学受験に向けて予備校に行きなさい」


 父はそう言って、わたしは素直に頷いたが、一年でアルバイトを辞める気なんてさらさらなかった。わたしはこの高校に入れただけで何かの責任を果たした気になり、いい大学への執着もなかった。


 高校は電車通学で、家の最寄駅から学校の最寄駅まで二〇分ほどだった。ここからなら東京への距離も一時間一〇分に短縮された。確かに遠いが通学定期券がなかったいままでと比べると天と地ほどの差がある。


 高校生になってすぐ、「god-death」のファンクラブが出来たのでいままで貯めていたお年玉で入会した。これからははがきでライヴの情報が送られてくるようになった。


 この二年の間で「god-death」は大きく成長し、五〇〇人規模のライヴハウスでワンマンライヴを行えるようになっていったそうだ。バンドというのは人気が出る前は同じくらいの規模のバンド何組かと対バンというスタイルを取り、ライヴをやるものらしい。


 それから化粧道具を揃え、ジンくんの真似をやめて、可愛い化粧をすることにした。


 雑誌の後ろのほうに載っているバンドのファンのひとたちのスナップショットを見るとバンドマンの真似をしているひともいたが、ロリータといわれる人形のようなファッションをしている女の子たちがいて、せっかく女に生まれたのだから彼女らのようになりかった。だけどわたしには高いブランドの服が買えそうになかったので、地元のファッションセンターや古着屋でフリルのついた服をそれっぽく着るしかなかった。


 髪は校則で染髪が禁止されていたので、黒でも前髪をまっすぐにし、髪の両サイドを切りそろえ、後ろは長いままの姫カットと言われるヘアースタイルにしてもらった。


 中学のときは勉強中毒者と言われ距離を置かれていたが、高校に入ってからは別の意味でみんなから距離を置かれるようになっていった。わたしは別にそれでよかった。



 初めてのアルバイトは地元のスーパーマーケットでのレジだった。髪は結んで帽子の中にしまう。ダサい緑色のエプロンをする必要性があったが、これはほんとうのわたしではなく、労働用人格だとじぶんに言い聞かせ、この程度の労働でジンくんに会える資金ができるなら構わない。そう言い聞かせた。


 愛という原動力があればひとはだいたいのことができるということをジンくんはわたしに教えてくれた。



 アルバイトをしつつ、勉強をしていったが、高校の授業は生徒が玉石混在していた中学の頃と違って非常にハイレベルで、割と苦戦していた。

 

 中学のときの基礎があれば対応できるものもあったが、数学などはちょっと目を離すとわからなくなってしまう。


 アルバイトを辞めさせられるわけには行かないので朝、少し早めに起きて自習室に行く。わたしのするべきことはすべて愛に繋がっている。


 七月には渋谷のライヴハウスでのワンマンライヴが決定したのですぐさま電話抽選で申し込んだ。自動音声に従って、会員番号と実家の郵便番号を入力した。このような手順を踏み、当選すればジンくんに会うためのチケットが手に入って、二年の我慢を経てようやく会うことができる。そのことを思えばなんだってできそうな気がした。


チケットの当選確認はコンビニエンスストアの端末でやるらしい。世の中はわたしが知らないうちに物凄い速度で進化している。いままでこだわりがなかったが、わたしの携帯は未だに白黒の二つ折りで、学校のひとはカラーになっていた。いまは携帯電話にお金をかけている場合ではないし、両親との連絡用のちょっといい無線器くらいの扱いなので別にこのままでよかった。



 最初の敗北感は一学期の定期テストの後に味わった。四十人いるクラスでわたしは十八位、各科目別もすべて十位以降だった。いつも定期テストで三位以内に入っていたのでこれが、進学校なのか。


 普段穏やかそうな顔をしているクラスメートが意外と強敵だったということに驚かされた。アイデンティティを失ったようなそんな気になり、ベッドに倒れ込んでいたが、部屋に張り付けていたはがきをみて、きょうがチケットの当選発表の日だと思い出し、急いで駅前まで戻り、コンビニエンスストアへ行った。


 これが当たってなかったらこれから先どのように生きればいいのか。そんな風に考えながら通信端末の前に立ち、電話抽選のときにメモした予約番号を入力した。心臓が左右に振動している気がする。結果は当選だった。思ったより簡素な画面で、「お席をご用意いたしました。金額がよろしければ次へをタッチしてください」と書いてあった。出てきたレシートを手に持って、レジに行った。店員が慣れた様子でスキャンし、少々お待ちくださいと言って一旦レジを離れ、チケットを持って戻ってきた。


「こちらでお間違いないですか?」


 会場と日時は間違っていない。わたしの整理番号は三〇二番となんとも微妙な数字だったが、入れれば問題なかった。


「はい」


 そういうと返金ができない旨を了承したらカタカナでサインをするように言われ、震える文字で「タマキヒカリ」と書いて、三五〇〇円を支払うと細長い封筒に入れられたチケットを手渡された。


 夢心地だった。次のテストではもっとがんばらないといけないのかもしれない。いままで頑張ってきてよかった。この日まで高熱が出ないように気をつけなければならないし、車の事故には一層気をつけようと決意した。


 自室はただ雑誌の切り抜きを壁に貼りつけているだけなので見栄えが悪くなっていった。こんなことをしなくてもジンくんを実際に目にすることができる。実物は一体どんな形なんだろう。写真で見る印象とはやはり違うのだろうか。


 すっかり年季を帯びたノートを広げ、わたしは「god-death」の曲の歌詞を書いた。こうすると精神的に安定する。


 周りのひとは何もしてくれないけど、好きなバンドがいて、こういう風にこころを癒してくれる。だから友だちなんて別に要らない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る