第4話

 自転車をカラカラとしながら、ぼくたちは連れだって歩いている。どうして彼女かのじょと歩調を合わせているのか、自分でもよく分からない。


「それで先輩せんぱい。もし、仮にですよ。先輩せんぱいの告白が成功していたら、今週末何をしようとしていたんですか?」


「……どうしてそんなことを君に言わなくちゃいけないんだよ」


「どうせとんでもないプランを考えていたんでしょう? ああ、いやらしい」


「待て待て。君の考えを断固否定する。ぼくはただ、普通ふつうに駅前で待ち合わせして、それから映画にでもいこうとしていただけだよ」


「なら証拠しょうこを見せてください」


「なに、映画のチケットでも見せればいいわけ?」


 ぼく財布さいふの中に大事に入れておいた映画のチケットを取り出した。この映画に決めるまでに何時間なやんだことか。悶々もんもんとした一日を過ごしたことを今でも覚えている。


 しかし、使い道はなくなってしまったわけだが。


「ちょっと良いですか?」


 彼女かのじょそういうとスルスルっとぼくに近寄るとマジマジとチケットの内容を確認かくにんした。


「これは、これは。最近話題の問題作じゃないですか」


「問題作かはどうかとして、タイムリーなやつをチョイスしてみたよ」


「いいですね。先輩せんぱいにしては上出来です」


 なんでそんな上から目線なの? そう思っていた刹那せつな彼女かのじょぼくの手からチケットをうばった。


「あ、こら返せ」


 ぼくの手をすりけるようにして、彼女かのじょ華麗かれいった。ヒラヒラとぼくからうばった映画のチケットをっている。


「おやおや、先輩せんぱい見てください。こんな所に今話題の映画のチケットがあります」


ぼくのだけどな」


 ぼくつぶやきを無視して、彼女かのじょは話を続ける。その間、ヒラヒラとスカートをがらせておどるように先を歩く。


 ぼく彼女かのじょからチケットをうばかえそうと奮闘ふんとうした、華麗かれいにかわされた。


「ふむふむ。ふむふむふむ。チケットさんは語っています。なんとも悲しい持ち主だったみたいですね。フラれた相手と休日を過ごすために買ったみたいですよ」


 ふわりふわりとぼくの手をのがれる彼女かのじょ。運動神経がいいのか、全くつかまらない。


「おお可愛かわいそうに。チケットさんも泣いていますよ」


「ちょ、こら返せよ」


 そんな彼女かのじょが急に立ち止まり、ぼくの顔のほんの目の前まで顔を近づけてきた。


「そうだ、先輩せんぱい。このチケットさんの持ち主の無念を晴らしてあげましょうよ」


「無念を晴らす?」


「そうです。こうなったら善は急げです。明日あしたこの映画を見に行きましょう。午後一時に駅前のカフェで待ち合わせして」


「ちょ、ちょっと待って。いきなりすぎだろ」


「どうしてです? どうせなんの予定もないんでしょう?」


「それは、そうだけど」


「なら決まりです」


 彼女かのじょはそういって、満足そうに笑った。今日きょう彼女かのじょの色んな笑顔えがおをみるな。


先輩せんぱい、元気出ましたか?」


「え?」


 一瞬いっしゅん何をいっているか分からなかった。


「いいえ、なんでもありません」


 彼女かのじょはこちらをかずにそう言った。元気が出たかって、ぼくの元気だよな?


 それはつまり、ぼくの気をつかっていたというわけで、わざわざぼくのことをせしていたのは、結果を知ってぼくのことを元気付けてやろうとしたから?


「ちょ、ちょっと待ってよ」


「待ちません」


「さっきのことってさ。もしかしてぼくのことを元気付けてくれたの?」


「さあ。なんのことだか分かりません」


「もしかして今日きょう君がいたのってぼくのことを心配して待ってくれてたの?」


「知りません」


「帰り道もわざわざ遠回りしてぼくの様子を見てくれたってこと?」


「意味不明です」


「ちょっと待ってって」


「待ちませんったら!」


 彼女かのじょは足を早めてぐんぐんと先へ進んでしまう。もしかして、これってずかしがってる?


 まるで追いかけっこをしているように、ぼくたちは帰路急いだ。「おーい」その間、ぼくは何度も彼女かのじょに話しかけたのだが、彼女かのじょはこちらを見ようともしなかった。


 小気味良いステップをみながらぐんぐんと先に進んでしまう。自転車をしているぼくは全く彼女かのじょに追い付けない。急に脇道わきみちれたかと思うと、顔だけをこちらに出した。その表情は夕日とこうむってよく見えない。


「それじゃあまた明日あした。駅前のカフェで待ち合わせです」


 それだけが聞こえた。ぼくあわてて彼女かのじょが消えた道へと走ったが、彼女かのじょの姿はもうずっと遠くにあった。結局彼女かのじょの顔は見れなかった。


明日あした、ホントのことを聞いてみよう」


 無性むしょう明日あしたが待ち遠しく思った。

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最悪の状況を彼女に見られてしまった 白玉いつき @torotorokou

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