第3話

 三

「まだ目が赤いですよ? 先輩せんぱい


「これはあれだ。花粉症かふんしょうだよ」


「新種の花粉が発見されたんですか? この時期に花粉症かふんしょうになるなんて、先輩せんぱいはやっぱりすごいですね」


「うるさい。ちょっと静かにしてくれ」


「いやだな。先輩せんぱいがちょっと面白おもしろそうなネタを持ってそうだったんで、よいしょしてあげようと思ったんじゃないですか」


 彼女かのじょは水を得た魚のごとく、オモチャを見つけた子供のごとく、ひとみをキラキラと光らせて笑っていた。それはそれは楽しそうだった。


 反対にぼくは苦虫をつぶしたみたいに表情をくずしていたのだけれど。


「だからお前に見られるのはいやだったんだ」


 とどろき彩夏さいかがこんな面白おもしろい話をだまっているわけがない。彼女かのじょに見つかれば最後、来世までのわらぐさとしていじめられるだろう。


 だからこそ彼女かのじょにだけは知られたくなった。知られたくなかったのに。


「フラれて泣いてしまうなんて、先輩せんぱいはなんて、乙女おとめなんでしょうね」


「だから泣いてないってば」


「強がらなくても大丈夫だいじょうぶです」


「強がってないてば」


「ひどい。わたしに見せたあのなみだうそだったのですか?」


「変な誤解を産むような表現はやめなさい」


 彼女かのじょは楽しそうに笑う。


 ぼくが思うに、彼女かのじょは他人をからかう時が一番きれいに笑うと思う。彼女かのじょ笑顔えがおは他人の不幸の上にできているのだ。こういうと語弊ごへいがあるかも知れないけど。 


「しかし、これで先輩せんぱいも告白童貞どうていを卒業ですね。二階級特進です」


「なんだよ、告白童貞どうていって。まるでぼく恋愛れんあい初心者みたいじゃないか」


「仕方ないですよ。事実なんですから」


ぼく恋愛れんあい事情をどうして君が知ってるんだよ」


「ははは」


 なんだその笑い声は。まさか、本当にぼく恋愛れんあい事情を知っている?


「つうか、ついて来るなよ。ぼく一人ひとりで帰りたいの」


「いえいえ、わたしの帰り道もこちらですので」


うそこけ。君の家はあっちだろうが。ぼくとは正反対の位置だろ」


 彼女かのじょは信じられない、という顔をした。両手で口をおおっている。


「どうしてわたしの家の位置を知っているんですか? わたし先輩せんぱいに話してませんよ......。もしかして、わたしをストーキングしているんじゃ・・・・・・」


勘違かんちがいするな! いつも君が帰っていく方角から大体のことを予想しただけだ。ぼくは君のストーカーなんかじゃない」


「そういえば、よく先輩せんぱいわたしの好きな食べ物とか、大好きな映画とか聞いてきますけど、今考えてみればストーカーだからそんなことを聞いてたんじゃ......」


普段ふだんの何気ないコミュニケーションだ! 友達ともだちなら普通ふつうに話す話題だろ。断じて君の思っていることではない」


先輩せんぱいは他人の性向を探すくせがあるんですね。そういう目であの子も見ていたなんて、ああイヤらしい」


「勝手に決めつけるな!」


 何が楽しいのか、彼女かのじょ心地良ここちよさそうに笑った。ぼくとしては人間の尊厳が傷つけられたようでとても悲しいが。


「君はいちいちぼくの心をエグるようなことをいうな」


めないでください。照れます」


「これをめていると感じるなら、ちゃんといってやる。君はぼくを傷つけている!」


「傷つけるつもりはないんです。単なる興味なんです」


うそをつくならせめてだますつもりで言え。本心が見え見えだ」


先輩せんぱいのエッチ」


「いやいや、どちらかと言えば君の露出ろしゅつだろ」


「いやん」


 いやんって。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る