そして夢のなかに貴族さんがあらわれます。

 やあ。

 貴族さんはわたしのすぐ目の前に立っています。なんだか奇妙な服を着ています。奇妙な小物も手にしています。でも、それよりもっとおどろいたのは、近くで見てはじめて気づいたのですが、貴族さんに目がふたつあるということでした。

 そう伝えると、貴族さんはすこし気を悪くしたようでした。おいおい待ってくれよと貴族さんはいいます。目がふたつって、それがふつうだし、そもそもお前だって目はふたつついているじゃないか。人間なんだから。そうだけど、とわたしは弁明します。でもわたしは、目がひとつのほうが、かわいいと思う。

 はあ、なるほど、と貴族さんはなにかを納得します。うんうんとうなずきながらちいさな歩幅で歩き回り、急にまた立ち止まって口を開きます。お前はひとつ目アンドロイドと旅をしているんだな。さてはお前は、ほかに人間を見たことがないな。

 ヒトミちゃんだよ、とわたしはすこしムキになっていいます。そしてそのあとで後半の問いに答えます。人間は危険だから、近づかないんだよ。

 まあ、わかるよ。貴族さんは地面に腰をおろして同意します。しげしげとわたしを見つめて、ひとりごとのようにつぶやきます。それにしてもきょうは、やけに電波の入りがいいんだな。電波? わたしの言葉には取り合わないで、貴族さんはつづけます。たぶんもうかなり近いところまできているんだろうな。それと、感情のパルスか。なあ、あのバス停にはもういったのか?

 いったよ、とわたしは答えます。それからちいさく付け加えます。ちゃんと、つかまえたよ。

 そうか、と貴族さんはうなずいて、低い声でつぶやきます。やっぱりあそこで力尽きていたか。

 わたしはすこしためらったあと、思い切って貴族さんのとなりに腰をおろします。いおうかどうか、しばらく悩みましたが、やがて心を決めて口を開きます。あのひとはもう、もとには戻らないの?

 あのひとって、アンドロイドのことか? 不思議そうにわたしを振り向きます。わたしの視線がすこしも揺らがないことをたしかめてから、貴族さんは言葉をつづけます。あいつはもう、数年前に電池切れになったはずだから、もう予備電力も消費し尽くしているだろうな。野ざらしだったから、いろいろガタも来ているはずだ。まあ、修理をして充電すればまた動き出す可能性はゼロじゃない。ただ確実にいえるのは、そうなったとしてもメモリは完全に初期化されているだろうってことだ。だからもとに戻るかという視点からいえば、もうもとには戻らないよ。それがアンドロイドの死ってやつだろ。それはもう、まったく別の新しいアンドロイドだ。

 わたしはちいさくうなずきます。心がそれを、受け入れたわけではないとしても。あいつはあそこで待っていたんだよ、と貴族さんはつづけます。あいつのマスターはちいさな男の子だった。いつもバスに乗って学校から帰るんだ。だからあいつはあのバス停でそいつを待っていた。待ちつづけていたんだ。もう戻ってくるはずもないっていうのに。あいつは馬鹿なんだ。レギュレーションに凝りかたまった哀れなアンドロイドだ。せっかく残っていた数年分の電力を無駄にした。なにを考えていたんだろうな。あいつはまだ動けるうちに、仲間たちといっしょに、発電所へ向けて旅立つべきだったんだ。

 発電所。

 発電所?

 そこでわたしは目を覚ましました。


   *   *   *


 君が行く 道の長手を 繰り畳ね 焼き滅ぼさむ 天の火もがも


 万葉集3724、狭野弟上娘子さののおとがみのおとめによる情念の歌です。すごく想いがこもっています。あなたの行かなければならない長い道を、折りたたんでしまって、焼き尽くしてしまうような天の火がほしい。どうか行かないで、という想いのパワーに圧倒されてしまいます。

 なにもかもを焼き滅ぼすような天の火を、人類は、手にしてしまったんですけどね。

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