夕暮れごろに見つけた山荘は、窓ガラスは割れていませんでしたがなかにはいるとひととおり荒らされたあとのようで、食糧も水も残されてはいませんでした。

 さいわい寝床は確保できそうですね。寝室を点検したヒトミちゃんがいいました。きょうはここで眠るです。

 ななつ道具を取り出して山荘のコントロールパネルをこじ開けようとするヒトミちゃんを、わたしは制します。きょうは冷えこむですよ、ヒトミちゃんは抗議するようにいいます。明かりがつかないのも不便ですし、ゲームだってできないですよ。ちゃんと着こんで、暖かくすればいいから、とわたしは譲りません。だから、きょうは電気は、いらないよ。ヒトミちゃんはおおきな瞳でじっとわたしを見つめます。わたしもヒトミちゃんを見つめ返します。やがて、あきらめたようにつぶやいて、ヒトミちゃんは車に荷物を取りにいきました。ランタンとブランケットを取ってくるです。

 コンビーフとミックスビーンズと乾パンの夕食を取りながら、むかしはヒトミちゃんたちはどのようにして充電していたのかを尋ねてみました。ふつうですよ、とヒトミちゃんは答えます。ゲーム機と同じです。コードをつないで、からだのなかのバッテリーに蓄電するだけです。ただ、わたしのような自立思考型アンドロイドは消費電力が桁違いですから、機械兵士のように家庭用のコンセントで、というわけにもいかないですけどね。

 充電用の専用の施設がある? とわたしは聞きます。そういうことですね、と答えてから、ヒトミちゃんは見通すような目でわたしを見つめます。でも電力生産が世界規模で壊滅することが決定的になった時点で、そのような施設は例外なく破壊されるか占領されるかしました。なにせ、機械兵士たちが黙っていないですからね。わたしたちに比べれば余裕があるとはいえ、電力枯渇が死活問題なのは彼らとて同じですから。残された電力は、もうどこにもないですよ。

 食事が終わって、まだ眠るには早い時間ですけど、わたしたちは寝室へと向かいました。メンテナンスにはいろうとするヒトミちゃんに、わたしは提案します。メンテナンスの時間を長くするのはどうだろう。わたしが寝ているのに合わせて、ヒトミちゃんもメンテナンスの時間を長くとる。そうすれば、わたしにとってヒトミちゃんと過ごす時間は変わらないまま、ヒトミちゃんの消費電力を節約できる。

 ダメですよ、とヒトミちゃんはにべもなく断ります。そして言葉をつづけます。いいですか、ヒカリ。ヒカリが寝ている時間というのは、ヒカリがもっとも無防備な時間でもあるです。なにか危険が迫ったり、急に体調が悪くなったりして、気づくのが遅れたらどうするですか。取り返しがつかないですよ。ヒカリが寝ているあいだ、別にわたしはサボっているわけではないですよ。ちゃんとヒカリを、見守っているです。

 ひと息にいいきったあと、ひと呼吸おいて、ヒトミちゃんはわたしの頭にそっと手を載せます。ヒカリ、かんちがいしないでほしいですが。ヒトミちゃんはいつもよりも低い声でつぶやきます。わたしは幸せなのですよ、とても。はっきりいって、生きていきやすいとはとてもいえないこの世界で、それでも楽しく毎日を過ごせていることに。ヒカリはまあ文句はいいますがともかく勉強熱心で、わたしが教えたことをちゃんと飲み込んでくれるです。すなおないい子です。ですからもしわたしが動かなくなる日がきたとしても、わたしと過ごした時間を糧にして、絶対に生き抜いてくれるはず。そう信じることができるですよ。これを幸せといわずしてなんと呼ぶですか。これが幸せでないとしたら、はじめからこの世界には、幸せなんて存在しないということですよ。

 車のなかでと同じように、やさしくわたしの頭を抱きかかえます。しがみつくように、わたしもヒトミちゃんのからだを抱きしめます。模擬的生体代謝機能による、ヒトミちゃんの体温、息づかい、鼓動。メンテナンス、はじめてもいいですか。ヒトミちゃんの問いかけに、わたしはうなずいて答えます。心なしかヒトミちゃんは、すこしほっとしたように感じます。すっと重心が落ち、急速に失われるヒトミちゃんの生体活動。息づかいがやみ、鼓動がとまり、体温がゆっくりと逃げていく、切ない時間。信じているから、とわたしは裂けそうな心のなかで必死に叫びます。ヒトミちゃんがちゃんとまた、帰ってくるって、信じているから。いつかきっと、もう帰ってこない日がやってくる。その考えが冷たくわたしのからだを貫きます。そうかもしれない。きっとそうなのだろう。でもそれは、いまじゃない。それはきっと、まだずっと先のことのはずだから。

 永遠にも思える黒い時間を経たあと、ふっと息づかいがして、かすかな心音が始まって、体温がゆっくりと戻るのを感じます。わたしに触れるヒトミちゃんの指が、すこしだけ力を強めます。だから心配しなくてもいいのにと、ヒトミちゃんは静かにつぶやきます。

 無茶いわないでよと、わたしは消えいりそうな気もちでささやきます。


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