第16章 第2部

マッド・ハット・アブセンス


「B・Bさん、ウィッチさん。おはようございます。お久しぶりですね」


 ノヴァちゃんがご丁寧な挨拶をしてニコッと微笑む。ウィッチが頬杖をつきながらコッコッと舌を鳴らす。育ちの違いが凄い。


 ウィッチの隣、俺の真正面に座ったノヴァちゃんが書類に目を通そうとするのを、なんとか阻止しようとタバコに火を付けてみる。

 ノヴァちゃんが咳払いをしたが、無視して火災報知器に灰を落とす。


「B・Bさん? ここは禁煙です。タバコはご遠慮願えますか?」


 ノヴァちゃんが小さな声で注意を促す。リビエラは何も言わない。ウィッチはあくびが止まらないフリをしている。もう、場はこのゆるふわガールがどんな手を使って俺をぶちのめすか、それだけに注目が集まっている。


 浮き足立っている会議室に飲み物を持って田中君が戻って来た。テーブルの上にコーヒーやらお茶やらコーラやらまとめて置くと、それぞれ好きなものを手に取る。ブラックの缶コーヒーを頂こうとしたら、リビエラが何か言いたげに俺を見ているので、肩をすくめてみせた。


 リビエラはふっと笑い『おーいお茶』をひと口飲むと「ノヴァちゃん、この髪どうかしら?」と尋ねる。


「素敵ですよ。ボス」

「あら、そうかしら? ありがと」


 なんだそれは? てめぇの髪なんか今どうでもいいだろうが! ランチタイムにやれ。それより、ノヴァちゃんにスカートめくりの悪業が……。


「B・Bさん? いったい何をなさったんですか?」

「だから、何もしてねぇ──、ないでやんすよ……」


 ウィッチがあくびのフリをしながら「ふほほ」と変な笑い声を出した。

 リビエラと田中君も遠くを見始めた。

 ノヴァちゃんは書類に目を通し始める。

 まぁいいだろう。ノヴァちゃんには悪いが吠え面かかせてやる。



「茨城県内での迷惑防止条例違反ですね。把握しました。では、取り調べを始めさせて頂きます。第一ターミナル特殊能力保持者等監視部所属『ブルフラット・ノヴァ』私が担当となります。アンクルB・B。ここは警察署ではありません。貴方には黙秘権は認められていません」


「ああ、そう」


「アンクルB・B。ここに居るということは既に容疑は確定しているということになりますが、よろしいですか?」


「は? なんで? 俺は何もしてないよ?」


 ウィッチが「嘘でしょ? すっとぼける気?」と茶々を入れる。


「我々は完全に裏が取れてから対象を捕縛します。例外はありません」


「おい、ゆるふわ。裏ってなんだよ。俺は何もしてねぇぞ?」


「そうですか。否認するということですね? アンクルB・B。ここは警察署ではないと伝えましたよね? 身柄拘束期間は定められていません。貴方が罪を認めるまで、徹底的にやります。認めたら、次の段階にうつります。尚、特殊能力使用犯罪に対する法的な措置は一般の裁判所は一切関与しません。第一ターミナル特殊能力使用犯罪人処置部に即送致されます。それから、ゆるふわとはゆるふわガールのことですか? だとしたら、私は違うと思いますよ? おそらくですが、ゆるふわカールとゆるふわガールを混同してますね。因みにこの髪型は、ゆるふわボブです」


 違うの? ゆるふわガールって何? いや、どっちもゆるふわじゃねぇか。ん? あれか? もしかして、ちょっと気に障ったのか?

 まぁ、この際ノヴァちゃんはゆるふわでいい、ややこしくなる。

 あと、第一ターミナルなんとかなんとかって、なにそれ? なにをされんだ俺は? つーか、スカートめくりってそんなに重いの? 


 俺は今までこいつらに引っ張られたことがない。もちろん、警察のお世話にもなってない。は日常茶飯事だが……。まぁ、それなりにうまくやってきてる訳だ。だから、ターミナルに捕らえられた能力者がどうなるのかいまいちよく分からない。顔見知りのチャネラーがパクられたなんて話は聞くが、出てきても連中は多くを語らない……。


「おい、ゆるふわ。てめぇこれで冤罪だったらどうすんだ? てめぇの飼ってる犬もどっかに避難させとけよ? だいたい、俺が何したんだ?」


「スカートめくりです。茨城県潮来市の前川周辺の藪の中で女の子のスカートをめくって逃走していますね。あと、私犬飼ってませんから」


 そうでやんす。スカートをめくったでやんすよ。

 場の空気はもはや、ノヴァちゃんが完全に支配している。リビエラも黙って事の経緯を見守る構えだ。


 スカートめくり……いや待て。おかしいぞ? 確かにめくったが、能力は使ってない。それに、アレはワンピースだ。


「なぁ、ノヴァちゃん? お前さっき裏が取れてるっつったよな? おかしくねぇか? 俺は能力を使った覚えがねぇんだよな。チャネル場に何か出てたか?」


 ノヴァちゃんは閉じた唇を少し歪ませた。

「……能力を使わずに……スカートをめくった……ということですね?」


 ウィッチがコーラを噴き出した。

「一番ヤバい奴じゃん。ガチじゃん。怖いよぉ」


 クソ……ノヴァちゃんまで遠くを見てるじゃないか……。

「だ、だいたい、そこになんて書いてあるんだ? てめぇの想像で口きいてんじゃねぇのか? なぁ、ゆるふわ。裏もクソもねぇだろ。カマ掛けんならもっと上手くやりな?」


「被疑者アンクルB・Bは国籍不明、住所不明、年齢不明、7〜10歳程度と思われる女子児童、本名不明、株式会社バミューダ従業員と思われる、特殊能力保持者識別名「リコリス・リラ・リデル」に対して茨城県潮来市の藪の中に於いて迷惑防止条例違反となる痴漢行為を働き逃走。犯行時の被害児童の服装、水色のワンピース、白いタイツを着用。被疑者アンクルB・Bは背後から被害児童の水色のワンピースを腹部の辺りまでめくり上げた。その際「よく見ろ。こいつはコレで俺らをバラそうとしてんだよ」と発言。犯行時、特殊能力使用の痕跡無し。と書かれています」


 クソ……尻ガールめ。「ひとつなぎの悪業」まで事細かに報告なさってるじゃないか。だいたい、なんだそのガチっぽい調書は怖いじゃないか。


 ウィッチを見ると、舌出しウィンクされた。この馬鹿、まさかリボルバーの事は話してねぇよな? 面倒なことになるぞ? ん? そういや、こいつ俺が何でリボルバーのこと知ってるか分かってねぇ筈だよな? ババアと俺のふーんも、知らないみたいだった。いや、こいつ馬鹿そうに見えて変に勘がよかったりする……なんだかややこしくなってきたな。


「ああ、そう。でも、やっぱり能力は使ってないよな? だったら、ターミナルの出る幕じゃないだろ。それに、裏なんて取れてねぇな? あるのはこのくそアマの目撃証言だけだ。どうやって落とす気だ?」


「まあ、そうですね。通常ならそうなりますね……」


 お? ノヴァちゃん?


 ノヴァちゃんがリビエラの顔を伺うと、クソメガネが人差し指を顎に当てながら口を開いた。


「被害者の素性、及び被疑者アンクルB・Bの発言「よく見ろ。こいつはコレで俺らをバラそうとしてんだよ」この辺りかしらね? 警察に任すとややこしそうじゃない?」


「おい、リビエラ。ややこしそうだからじゃ、俺はぶち込めないよ? ノヴァちゃんまで出してきてそのザマか? やってらんねぇな」


「アンクルB・B? 我々は警察官じゃないのよ? 証拠なんていくらでも取れるの。ノヴァちゃん。2、3分でなんとかなるかしら?」


「よろしいのですか?」


 リビエラは無言で頷いた。


「わかりました」

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