第16章

狂ったお茶会──バビロンからの招待状──と10月のテリア


「B・Bが悪いんじゃん」

 くそアマ……抜け駆けする気か?


「アンクルB・B? あなたには常識がないのかしら?」

 職場で髪染めてるヤツが常識を語るのか?


「そうだよ、B・B。火災報知器を灰皿にする人なんて見たことないよ。やめた方がいいよぅ。おこられちゃうよぅ。って言ったじゃん」


 言ってない……爆笑してたじゃねぇか。

 平然と嘘を吐きやがる。このアマ……サイコパスか?


「大の大人がやることじゃないでしょ? 何考えて生きてるのかしら? テーブルは弁償してもらうわよ? 14万6千円」

 アッシュブルージュに染めたとのたまっていた髪を梳かしながら、リビエラが何か言っている。

 14万!? な、なんだこのテーブルは? 嘘だろ? ちょっと焦げただけじゃねぇか。このクソメガネ。ぼったくる気だな? 俺は鐚一文払わないからな。不当な要求には屈しません。


「どうかしら?」

 リビエラが、内巻き外巻きミックスのグリグリのロングを整えながらウィッチに尋ねる。それより、14万の話をしろ……怖い。


「いいじゃん。どこのヤツ? あたしも色変えようかな?」

 この手の人達は、自分で髪を染めるもんなのか? そんなグリングリンの頭してんのに……お洒落上級者は、カリスマ美容師に染めて貰うんじゃないのか? さっきも「アッシュブルージュなんだけど……この箱と同じ色になってるかしら?」と頭に箱をくっ付けながらウィッチに見せていたが……中学生か? いや、そんなことより……。


「ところで、あなた達さっきここで、何かしてたらしいわね?」


 ────!?


 舎弟め……アイツ、極東を知らないわけじゃねぇよな?


 ウィッチが一瞬、悪魔のような顔になったのを俺は見逃さなかった。


「な、何かってなに?」

「あら? ウィッチちゃん? 私が聞いてるのよ?」

 ホワイトボードの前に座り、なんだかダボダボしたマリファナ柄のセットアップを着込んだリビエラが顎に人差し指をあてながら、ウィッチにジャブを入れた。


「ねぇ、B・B? なんのことかな?」


 サイコパスめ……俺に振る気か? あることないこと言ってやろうか? 俺は別に構わねぇぞ? でもその前に……あの服はなんなんだ? よく見たら、お洒落上級者過ぎるだろ。カーキの半袖短パン全身マリファナ……もう、一周回ってセレブ感すら醸してやがる。


「アンクルB・B。何してたのかしら?」

 リビエラがふふふっと笑う。


「ん? おっぱいを────」

「────まあ、いいじゃん。ところで姉さん、話ってなんなの?」

 ウィッチが何か察したようで口を挟んでくる。


 バカめ。もう手遅れだ。


「知ってるか? こいつノーブラ────」

 ────立ち上がったウィッチが放った大振りのビンタをスウェーで躱す。


「頭おかしいんじゃないの? 二度と口きけないようにしてやろうか?」


「お? やってみろよ。てめぇ俺が誰だか分かってんだろうな?」


「は? 知らないし。なに? 雑魚でしょ?」

「はあ? 雑魚はてめぇだろうが。おっぱい揉んでやろうかこのくそアマ」


「また、おっぱいって言った。この変態」

「変態? てめぇ人のこと言えねぇぞ? どの口がぬかしてんだ? ノーブラ女が」

「はあ? コレは健康法なんです。ノーブラ健康法なんです」

「なんだそれ? 薄気味悪りぃ。マジでヤベェな」

「だいたい、なんであたしがノーブラ健康法やってんの知ってんのよ。え? 嘘でしょ? マジで? 怖いよぉ」

「お前、自分で気がついてないのか?」「な、なにが?」

「バカが。てめぇで考えろ」

「は? 教えなさいよ」

「やだね」

「バカ」

「バカって言ったから教えません」

「謝るからぁ、教えてよぉ」

「嫌でーす」

「もぉ、ずるいよ──────


 ────6人掛けの会議テーブルが吹き飛んだ。


 どうやらリビエラが蹴り上げたようだ。

 俺とウィッチは無言で、ひっくり返ったテーブルを元に戻した。

 火災報知器も床に転がっていた。

 一応、2本の吸い殻を拾って電池のところにはめておいた。



「アンクルB・B。昨日のことを報告してちょうだい」

 リビエラが書類を出してきて、なにか始めた。


「いや、別に何もなかったよ……」

「あら、そう? 迷惑防止条例ってご存知かしら?」


 ────!?


 ウィッチの方に目をやると、遠くを見ながら口元に手を当て、あくびが止まらないフリをしている。


「…………」


「いい? ここは警察署じゃないのよ? あなたに黙秘権はないの」

「いや、あれは……別に」

「そういう趣味なのかしら?」


 クソ……


 リビエラがアッシュブルージュの毛先を指でクルクルしてるのを、ぼんやりと見ていたら、扉をノックする音が聞こえた。

「失礼します」

 舎弟が部屋に入ってくると、リビエラの元へそそくさと歩き、なにやら耳打ちしている。

 極東の方をチラッと見たら、なんだかすごい……。

 シレーッと戻ろうとする舎弟をリビエラが呼び止める。

「ちょうどよかったわ。田中君、この男の取り調べやってみてくれない?」

 田中? このキノコ、田中っつーんだっけ? 

「自分ですか? わ、わかりました」



「おい、キノコてめぇ俺が誰だか分かってんのか?」


「B・Bさん。勘弁してくださいよ。何やったんすか?」

「は? 何もしてないよ? 冤罪だなこりゃ」

「田中君、この男は女の子のスカートをめくって逃走中なの」

「マジですか? 何してんすか……B・Bさん」


 舎弟が、なにやら書類に目を通し始めた。

 舎弟の隣に座っている極東は相変わらず異様な殺気を放っている。舎弟はおそらく気づいているが、見てみぬ振りをしている。

「おい、キノコお前、分かってんだろ? 口のききかたに気を付けろよ?」

「B・Bさん……勘弁してくださいよ。取り調べ始めますよ?」

「は? 何を取り調べんだ? 俺は何もやってねぇつってんだよ。すっこんでろ」


「田中君、いい? こういう連中を監視して、何かやろうもんなら直ぐに引っ張ってくるのが我々の仕事なの。あなたは毅然とした態度で臨みなさい」

 マリファナセットアップを着たリビエラが何かぬかしている。

「わ、わかりました」


「おい、キノコ。お前は何も分かってねぇぞ? お前の目の前に居る男をよく見ろ。てめぇのガラ無事じゃ帰さねぇからな? 明日から点滴繋いで生きてくことになるぞ?」


「ちょっと、B・Bさん……露骨過ぎますよ」


「田中君、こういう連中はね。特殊能力を後ろ盾にして、不当な要求、反社会的な行為、国家反逆、世界規模のテロ、そういう事を平気で犯す」


 クソメガネ……ひでぇ言いぐさだな。人をなんだと思ってんだ?


 まあ、理屈は間違っちゃいない……でも、俺がやったのはスカートめくりだ。特殊能力をバックにしてスカートめくりをしたでやんすよ。ただの小物でやんすよ。


「警察なんかじゃ話にならない。アメリカ軍でも太刀打ち出来るか分からない輩だっているわ。だから我々が必要なの。いい? あなたもターミナルの人間なのよ?」


「は、はい! がんばります。ボス!!」


 ん?…………地震かと思ったら、極東の貧乏揺すりだった。

「おい、田中君。使命感に燃えてるところ悪いが、てめぇの横にいる女を見ろ。お前がやってることはな、リビエラをバックにつけて────」

「────リビエラ? あなた、何度言えば気がすむの?」


 クソ……


「いいか? お前も俺もタカリに来てる年寄り共も、やってる事は変わんねぇんだよ。てめぇの足で立ってる分、俺らの方がまだマシだ」

 でも、田中君も年寄り共もスカートめくりはしてないでやんす。


 極東は、今にも噛みつきそうな、ピットブルみたいな顔で田中君を見ている。ゼロ距離で。

 田中君は微動だにせず前だけを見ている。


「お前、随分と速そうなチャリ乗ってたよな? 気をつけて帰れよ? もちろん、家に着いても油断はするな。世の中物騒なことだらけだ、死ぬまで何が起こるか分からない。飼い犬に噛み殺される間抜けだっているみたいだしな。なんなら、ボスの家に泊めてもらえよ。それが一番、安全かもな?…………ああ、ダメだ。は凶暴過ぎる」


「アンクルB・B。脅迫は罪になるのよ?」

「脅迫? なら俺をぶち込んでおけばいい。でも、田中君が明日、朝日を拝めるかは別の話だ」

 頭に黄色いバンダナを巻き、黒いTシャツを着せられたピットブルが低い唸り声を上げている。


「明日、無事に目が覚めたら神様に感謝しろよ。でも、その女の顔は忘れるな? 一生お前に付き纏うぞ? 出世したら飯でも奢ってやれ。約束だからな? 口約束は嫌いか? だったら指切りでもしてやるよ」


 ピットブルが田中君の首に手を回し耳元で何か囁くと、耳を舐めた。

 ん? 今、ベロ入ったよな? おい、田中? 今、穴にベロ入ったよな?

 田中君は、眼の焦点が合っていない。顔面蒼白で小刻みに震えている。


「まったく……スカートめくり犯が上等な啖呵切るじゃない? 田中君? あなた何かしたの?」


 クソメガネめ……半分はてめぇのせいだ。


「田中君、あなたの仕事はこういう連中を相手にするの。この二人なんてまだ可愛いもんよ?」

 そう言うと、リビエラは背中を向けてマリファナ柄の上着を脱いだ。

 バンダナを巻いたアメリカン・ピット・ブル・テリアが「ヒューゥ」と口笛を吹く。


「今だにやられるのよ……気づくと後ろにいるの。」


 リビエラの背中は、切り傷なのか刺し傷なのか、なんだかよく分からない無数の傷痕で埋め尽くされ、ズタボロにやられている。

 田中君はもう、白目を剥いて気を失いそうだ。



 此処はスピリチュアル界隈。キチガイなんていくらでもいる……。野放しになってるのが不思議な輩だって珍しくはない。



 そんなことより……このメガネもノーブラじゃないか。この部屋にはふたりのノーブラが居たのか! なんてこった。

「何回返り討ちにしても、懲りずに来るのよね……アンクルB・B。なんとかしてくれない?」

「それは依頼か? だったら宇宙マーケットを通せ。でも、行政機関が反社に関わっちゃマズいんだったよな? だいたい、あんな奴、自分でしょっ引くか……しょっ引けばいいだろ」


 リビエラは鼻で笑い、上着を着なおした。

「そうもいかないのよね……」


 政治、経済、行政、軍事、お偉いさん方の中にも能力者は紛れ込んでいる。お上の身内にだって能力者はいる。そこそこの連中なら当然ターミナルの識別リストに載るが……色々厄介なのもいるみたいだな。

 まぁ、亜式フレアを持ち出したり、小さな国を消し飛ばしたり、尼さん持ち出したり、波動コロニー撒き散らしたり、地球を丸ごと吹っ飛ばそうなんて考えたりする、フルサイズのキチガイよりは、まだマシか……。



「ボ、ボスぅ」

 田中君が気の抜けた声を出している。


「……ねぇ、あんたさぁ、姉妹いないの? 出来れば歳の離れた妹。いない?……妹用意してよ……三人くらい……出来る? そうだ、中国行ったことある? 親御さん連れて、行ってみる? 妹も連れて……家族旅行……」


 もう、なんだかそれパンツより短いんじゃないのか? というくらいのデニムの短パンを履いたウィッチが、まだ田中君にちょっかい出している。田中君の脚の間に、剥き出しの太ももを片方捻じ込んで、腕におっぱいを押し付けながら、首に手を回し耳元で何か脅迫めいたことを言っている。


 どうなってんだこいつは、中国に太いパイプでもあるのか?……

 田中君は今どうなっているんだ? 妹を用意してしまうんじゃないのか?


「ウィッチちゃん……聞こえてるわよ?」


 ウィッチは正面に向き直すと田中君を肘でつついた。

「もう、何されたか知らないけど許してあげてよ。私に免じて……」

 リビエラが鋭い目つきで俺とウィッチを交互に見た。

 だから、半分はてめぇのせいだ。田中君の身内の内臓と見知らぬ妹まで危険に晒されてるんだぞ? どう落とし前つける気だ?

 ウィッチは、もう一度、田中君を上目遣いで見つめると、しかめっ面をしてベーッと舌を出した。


「田中君。もういいわ。ノヴァちゃんを呼んできてくれるかしら?」

「す、すいませんでした。ボス」



「おい、なんであんなボンクラがここに居るんだ?」

「あら? 彼は優秀なシャーマンよ。ただ、現場に慣れてないだけ」

「ふーん」


 田中君が部屋を出て、しばらくすると「ノヴァちゃん」を連れて戻ってきた。

「ボス。お呼びでしょうか?」

「ノヴァちゃん、取り調べのやり方を田中君に見せてあげてくれない?」


 え? 誰の? 誰の取り調べ? あっし? あっしでやんすか? この、白い花柄ワンピースにカーディガンでキメたゆるふわガールに、あっしの取り調べをさせるでやんすか? 


「わかりました」


「ちょっと待て、クソメガネ」


「田中君。何か、飲み物と泥水でも用意してちょうだい」

「は、はい」














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