エピローグ

エピローグ

 パステシュの街を襲っていたゴーレムの群れは、突然動きを止めた。


 炎で応戦していた人々が警戒する中で、次々に木片に変わって崩れ去っていった。

 呆然とその様子を見守る人々のなかで、高位の魔法使いであるシュウウは森の奥から放たれる魔力が途絶えていることに気づいていた。


「いったい……何が起きたんでしょうか?」

 傍らにいるムニエルが小さくつぶやいた。火が燃え広がらないように解体された建物の破片を運んでいた彼は、体中が砂埃にまみれていた。


「魔力の流れが止まりました」

 低くしわがれた声で応える。魔法を使ってゴーレムの動きを制限し続けてきた。さすがに疲労の色が濃い。


「つまり……」

「もう安全です」

 ムニエルの胸から喉へ、大きな安堵の息が漏れ出した。周囲の人々も同様に、戦いが終わったことに安堵し、歓声を上げた。疲れから崩れ落ちるものもいた。


「やってくれたんですね、ギルド長が」

 感極まって溢れてくる涙を抑えるムニエル。この青年にも真実を告げなければならないことを想うとシュウウの胸は痛んだが、今は顔に出すわけにはいかない。


 伝えるなら、すべてが片付いてからだ。


 シュウウは崩れかけた建物を足場にして一段高い場所に登った。まわりを見回すと、たくさんの人が砂埃と灰にまみれていた。ほとんどはしっぽ族だったが、ドワーフやオーガもいる。


「皆さん、森の奥に潜入していたチームが、ゴーレムを生みだす元凶を止めました」

「俺たち、勝ったのか?」誰かが声を上げた。


「守りました、我々の手で」シュウウは静かに答える。


 太陽は中天に差し掛かっていた。朝から昼までのごく短い時間だったが、パステシュに住む人々にとって最も大きな危機だったに違いない。


 だが、乗り越えた。細かい事情を知るものはほとんどいない……街の議長であったブルギニョンが、この事態を引き起こしたのだということを、どのように伝えるべきか。議員であり、セージから事情を聴くことができたシュウウが責任を果たすのはこれからだ。


 🌳


「ラビオリって、ほんとうにすごいね」

 歩きながら、ふとグリエがそう口にした。


「な、なんですのいきなり」

 ラビオリの足元は少しおぼつかない。彼女が覚えている限り、最も長い距離を疾走術で走ったことによる負担が大きい。しかも、二人をかかえていたのだから、なおさらだ。厳密には妖精も一人乗せていたが、あまり考えなくてもいいだろう。


「こんな距離をひとっ走りだもん。もうあたし、疲れて来たよ」

「お前も宮殿ひとつ燃やしたからな」

 セージがつぶやいて、後ろを振り返る……森の奥にもうもうと煙が立ち上っている。グリエが着けた火は、今や宮殿全体に燃え広がっていた。彼女らは炎がひろがりきる前に宮殿から飛び出し、外で休んでいたラビオリとともに森を離れた。


「ああ、もったいない……まだ中にはたくさん魔道具や仕掛けがあったはずなのに」

 マリネは、尻尾を引きずられるような心持ちで何度も後ろを振り返っている。


「まったくだ。どれだけの損失になるか、わかったものじゃないな」

 そう答えるセージの顔を苛立たしげに眺めてから、ふとマリネは顔つきを変える。なにかしらを閃いたのだ。


「あっ、でもセージさんはエルフの魔道具に詳しいんですよね?」

「俺より詳しいやつはいない」


「じゃあじゃあ、帰ったらじっくり教えてくださいよぉ。まだ世に出てないものもあるかもしれませんし」

 鼻を高くしてふんぞり返る妖精に、マリネは分かりやすく手をさすりながら猫なで声だ。


「……森に燃え広がったりしませんわよね?」

 ラビオリが至極まっとうな憂慮を口にすると、セージはゆっくり首を振った。


「俺の設計した通りの機能が残ってれば、平気だ。宮殿が焼けても森は残るようにしてある」

「魔法の力で燃えないように造らなかったの?」

 と、グリエ。妖精は「やれやれ」と首を振った。


「そんなことをしたら美しくない」

「エルフって変なところにこだわるね」


「生きた樫で造るのがいいんだよ。しっぽ族には難しすぎたかな」

「でも、一番の本拠地だったんでしょう? ボクも安全な設計にしたほうがいいと思いますけど……」


「宮殿は拠点のひとつだよ。ひとつひとつに完璧な防御をほどこしてられないだろ」

「えっ?」

 三人が声をそろえて聞き返した。


「なんだ、俺の王国の偉大さを知らないのか?」

「それって、『樫の宮殿』と同じような遺跡が他にもたくさんあるってことですか?」

 尻尾をぶんぶんと振りながら、マリネが目を輝かせる。


「エルフの活動拠点は他にもあった。大陸じゅうの森や、森以外にもな」

「それってすごいかも。ねえ、セージはそのひとつひとつを知ってるんだよね?」

「もちろん。最初のエルフの王だからな」


「唯一の、ではなくなってしまいましたね」

 マリネは胸に抱えたままの胸像を見おろしてつぶやいた。

 何もかもの発端になったこの像のなかには、カルダモンが『王の指輪』とともに封じられている。


「一日だけでも王になったことを記録してやってもいいんじゃないか。そのために力を尽くしたことは認めるべきだ」


「あたしたちにとっては、フクザツな気分だけどね……」

 グリエがぽそりとつぶやく。カルダモンによってパステシュの街が……もしかしたら大陸の他の都市や種族まで秘密裏に操られていたのだとしたら、しっぽ族は彼によって助けられていたともいえる。


 その助けがなくなった今、パステシュは確かに自由になったと言える。でも、今まではカルダモンがブルギニョンとして街を導いてくれていたのだ。今日からはそれがない。グリエが所属している冒険者ギルドはなおさらだ。ギルドは『王の指輪』を探すためにあったのだ。


 ブルギニョンが作った仕組みだけが残り、指導者はもういない。


「どうなるんだろ、これから」

 不安げにつぶやくグリエの肩に、ラビオリがそっと手を置く。

「ラビオリ……」


「グリエさんの場合は、まずわたくしへの借金を返すことを考えていただかないと」

「げっ! まだ覚えてたの!」

「当たり前です! それに、指輪もなくなってしまいましたし、その分の補てんもしていただきます」


「お金ならボクが返すって言ってるのに」

「それは受け取れませんわ」

「面倒な人だなあ」

 やっぱり、グリエに付きまとうのが楽しいらしい。といっても、借金の催促は正当な要求なので、マリネに止める義理はないのだけど。


「あ、そうだ!」

 ぽんと手を打って、グリエはラビオリに向き直る。


「あたし、シュウウ先生に学院にもどって勉強しなおすって約束しちゃったから。それまでは待ってほしいなーって」

「む……仕方ありませんわね。それでは、勉強が終わったら、冒険者としてエルフのお宝を回収して返してもらいますわ」


「あ、その時にはボクのお店で取り扱わせてね。うふふ、まだ見ぬ道具がきっと眠ってるね」

「おい、エルフの宝はぜんぶ、俺のモノだぞ。忘れてるんじゃないだろうな」

 三人のやり取りを眺めていたセージが口をはさむと、グリエはにぃっと口角を吊り上げ、尻尾をゆらゆらと揺らしてみせる。


「でも、王位はカルダモンに譲ったんでしょ? だったら、今は名実ともに王じゃなくなったんじゃない?」

「うっ……」

 思わず声を詰まらせる妖精に、勝ち誇るようにグリエが胸を逸らす。


「ふふふ、あたしを止められなくなったね」

「こ、こいつ。余計な知恵をつけやがって」

 にやにや笑いのグリエを恨めし気にセージが睨む。


 その様子を、マリネとラビオリは驚くように眺めていた。

「すごい、グリエが口で丸め込むなんて」

「よくない影響を受けてますわね」

 ふたりは幼いころからグリエを知っている。でも、セージと出会ってからの二日足らずで、グリエは大きく変わっていた。


 いい意味の変化なのか、悪いことをおぼえてしまったのかはわからないけど。


「王でなくなったとしても、エルフの宝を探すのにわざわざ協力するかどうかは別の話だ」

「でも、元の姿に戻りたいんでしょ? 指輪以外にも何か方法があるかも」


「それなら、他の冒険者と組んでもいいんだぞ」

「もちろん」

 驚くほどあっさりと、グリエはうなずいた。


「セージのことはセージが決めればいい。あたしは、一緒に冒険したいな」

「う……」

 まっすぐに見つめられて、今度こそセージは言葉を失っていた。


「でも、学院を卒業するまで待っていたら、少なくとも一年は先になるのではなくて?」

 ラビオリが口をはさむと、マリネもうんうんとうなずいた。


「それまでセージさんがどうするか、考えないとね」

「一緒に勉強する?」

「お断りだ。今さら学ぶことなんか何もねえよ」

 べ、と小さな舌を出すセージ。


「あっ、街が見えてきた。ようやく帰れるよぉ」

 棒のようになった足を引きずりながら、マリネがうめいた。ゴーレムとグリエによって店の壁が壊されたことは、今は気にしないことにした。


「人が集まってますわ。どうしたのかしら」

 パステシュの街の入り口となる門に人だかりができている。土や灰にまみれた人々が、こちらに手を振っていた。


「きっとあたしたちを出迎えてくれてるんだよ。こういう時は胸を張って迎えてもらわないと!」

 言葉の通りに胸を逸らし、鼻息を荒くするグリエ。とても、壁に全身を打ちつけられた直後とは思えない。


「そうですわね。わたくしが居なければ、いまごろ街は森に飲み込まれていましたもの」

「あはは……ぼ、ボクはちょっと手伝っただけなんだけどね」

「そんなことないよ。ほら、マリネも」

 おもはゆげな表情のマリネの背中を押して、グリエは強引に胸を張らせた。くたくただけど、気分がよかった。


 街に近づくうちに、歓声が聞こえてきた。グリエの言葉通り、人々が出迎えてくれているのだ。


「グリエ」

 ふと、妖精が声をかける。赤い髪のしっぽ族は振りかえって、首をかしげた。


「一緒に冒険する気になってくれた?」

「いつまでも待ってはやれねえぞ」

「それじゃ、ちゃんと一年で卒業できたら?」

「その時に考えてやる」

 腕組みをして答えるセージ。けっきょく、えらそうな態度は変わっていないけど、グリエは満足そうにうなずいた。


「うん。今度はあたしも考えるから」

 空はよく晴れて、太陽があかあかと輝いていた。グリエの胸のなかと同じように。

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なりサガり妖精譚《フェアリーテイル》 五十貝ボタン @suimiyama

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