鷹がトンビを産む

 食後、近所のスーパーに寄った。

 華撫は、食材や自分用の着替えなどをカートのカゴに詰める。


「こんなに買う必要があるのか?」

「必要最低限だけ購入したつもりだけど?」


 華撫なりに、色々と考えているようだ。その割には、甘い物が多い気がするけれど。


 オレはコーラの二リットルをカゴへ入れる。


「今は一五〇リットルの方が安いわ」と、華撫の手で、ボトルを小さいサイズに入れ替えられてしまう。

「こんなもんかしらね」

「野菜、肉、魚、二人で三日暮らすには、ちょうどいいカンジだな」


 レジへと向かうべく、進んでいたときだった。


『ただいまより、ケーキコーナーのタイムセールを来ないます。全品百円ですので、お買い求め下さい』


 その声を聴いた瞬間、オレの理性は一種にして吹き飛んだ。

 当時に、華撫もカートを逆回転させる。


「チョコケーキはオレな」

「待って博巳、この手のケーキで狙うのはムース系よ! 百円でホイップ系を買ったら、スポンジが分厚かったの! しかもパッサパサで」


 中華飯店でも思ったが、コイツの舌は案外庶民派のようだ。


「おう。急げ!」

 オレはケーキコーナーへダッシュした。

 華撫のことを子どもだとバカにしていたが、オレも似たようなものだな。




 帰宅後は、ケーキを堪能しながら世間話になった。


「お前さ、音楽は習わないのか?」


 部屋にフスマを取り付けるなんて、二〇年ぶりだ。

 入ったときは邪魔だなと感じたが、今はありがたい。


 深歌の娘だ。何らかのセンスはある気がするが。 


「全然」と、華撫は首を振った。「授業で詩を書いたの。けど、微妙だって」


 そう言って、華撫はリュックを漁り、わら半紙をオレに寄越した。


 ポエムである。自分の境遇を正直な言葉で綴ったものらしい。


 タイトルは「父さん」か。親を早くに亡くした女性が、父の享年と同じ歳に結婚するといった内容だ。夫になる男も、父と同年代で……。





「売れないライト文芸だな」

 ざっと目を通して、正直な感想を述べる。





「自分でもそう思う。才能がないのよ」


 だろうな。


 音楽に限らず、自分の不出来を才能を理由にするヤツは、「目標達成には才能が絶対に必要だ」と思い込む。

 結局、そいつは努力せずに諦めるのだ。


 しかし、華撫のポエムは度を超えていた。

 感性がババ臭い。

 いったいどんな人生を送れば、こんな冷めた目線で世間を見られるのだろう。


 彼女くらいの年頃は、大人と子どもの境目にいる。独特の視点があるはずだ。


 それに比べて、華撫は脳が成熟しきっていた。まるで「三十前後の人生に疲れた女性」が書いたのでは、と思わされる。それを治そうともしない。いかに大人びた視点か、何の疑いもないのだ。


「才能と言うより、音楽に愛着が不足しているな」


「さすがね。よく分かってる。ピアノとかも習ってみたんだけど、『演奏は上手だけど、やる気を感じない』ですって。だからやめちゃった」


 もしかすると、華撫は自己表現が著しく下手なのかもしれない。

 それが原因で、周りと衝突するらしかった。


「お前のセンス云々ってより、深歌がオンリーワン過ぎるんだな。気を落とすな」

「ありがと。ママにもそう言っておくわ」


「いいから風呂入れ風呂」

 しっしっと華撫を追い払う。


 オレはベランダ側に作った寝室に引っ込む。

 玄関手前が風呂だからだ。

 

 華撫が服を脱いでいる音を聞きながら、観音開きの押し入れを開ける。

 両親や兄弟が来たとき用に買った、予備の布団を出す。

 大丈夫、ニオイはしない。華撫が入浴したタイミングを見計らって、布団を敷く。


 入浴後、パジャマ持参の華撫は、あっさり寝息を立て始めた。

 起こさないように電気を消す。

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