第34話 2学期の始まり

 いい雰囲気で夏休みが終わり、桜子は大和領の別邸に戻った。


 ふふふ、お土産は武蔵領の十一万石じゅういちまんごく饅頭まんじゅう草加そうか煎餅せんべいよ。甘さとしょっぱさのバランスも最高ね。

 新学期、クラスメイトに領地の名物を配るのが楽しみでならない桜子だった。


 良い夏休みだったわ。特に花火大会は一生の思い出ね。浴衣を着たヒロと手を繋いで花火を見たのよ。甘酸っぱかったわ。思い出すとキュンとするわね。


 ウキウキの桜子が領地のお土産を持って登校すると教室には日焼けしたクラスメイトが大勢いた。桜子たちのグループでは真太郎しんたろうが真っ黒だった。


「おはよう桜子」

「おはよう。真太郎しんたろうは私たちが帰った後もサーフィン三昧だったの?」

「ああ、次の休みまで海に入れないと思うと居てもたってもいられなくてな」

真太郎しんたろうらしいわね、爽やかで。きよも一緒だったの?」

「いやあ引き止められないって。きよがいないのもあってずっと海に入ってたようなもんだ」

「そうなの」


── 相変わらず仲がいいわね。でも私とヒロだって手を繋いで一緒に花火を観たんだから。


「桜子?なんだかにやけているぞ」

「な、なんでもないわ。それよりこれ!武蔵領のお土産よ、十一万石じゅういちまんごく饅頭まんじゅう草加そうか煎餅せんべい。皆さんもどうぞ召し上がって」


「まあ、これが十一万石じゅういちまんごく饅頭まんじゅう!」

桂子かつらこ様のご本で拝見して、ずっと気になっていたの」

「世界的な板画家、棟方田志功むなかただしこう先生が一気に5個もお召し上がりになられて6個目に手を伸ばしながら『うまい、うますぎる』と仰ったという有名なエピソードのお饅頭ね」

「どこにでもある普通のお饅頭なんですけど、祖母も私もコバたんも大好きなので、ぜひ皆さんにと思って」


 桜子のお土産は甘党の生徒にもしょっぱい系が好きな生徒にも喜ばれた。

── 今回のお土産選びは大成功ね。


「俺の土産はこれ、レンコン型のサブレの“ハスだべさ”だ。形がリアルだろ?形が面白いのと、うちの領地は日本一を誇るレンコンの産地だから。サブレには地元産のレンコンを乾燥させたレンコンパウダーが使われているんだ」

「わあ、可愛い!」

「本当にレンコンそのものね」

 真太郎のお土産は、主に女子に人気だ。


「“ハスだべさ”、美味しいよね!」

きよ、おはよう」

「おはよう。ねえ私もお土産があるの。ドライド・トチギオトメよ。トチギオトメを薄くスライスして乾燥させたドライフルーツなの。そのまま食べても美味しいけどヨーグルトに合わせたりスイーツ作りに使っても美味しいの」

「かわいい!」

「おしゃれね」



「よろしいかしら」

 ご当地お土産を配りあってキャッキャしているところに威圧的に入ってきたのは駿河領の末っ子の瀧子だ。150㎝未満で小柄だが負けず嫌いが特徴のクラスメイトで、桜子もきよもちょっと苦手だった。


「ごきげんよう瀧子さん」

「これは私たちからのお土産よ、どうぞ召し上がって」

「ありがとう。これは私からよ、我が領地といえば鰻と餃子が特に自慢ですから」

 そう言って瀧子が配ったのは“浜松の餃子せんべい”と“うなぎ風味パイ”だった。


── あ、まずい。


 その場にいた全員の心の声だった。


「意外だわ。餃子といえば我が下野の宇都宮餃子でしょう?…他所の土地によく似た名物があるものねえ」

「餃子日本一といえば浜松よ、宇都宮の田舎と一緒にしないでちょうだい」

 温厚なきよがプルプルと震えている。



「意外なことはもう一つあるわ」


 桜子も参戦した。

急に扇を取り出して口元に添えている。ぽやぽやした桜子が珍しく高飛車な貴族っぽい。


「鰻は歴史的に武蔵領のA級グルメなのよ。なんと言っても鰻の蒲焼は武蔵領が発祥ですから。江戸時代に味の良いことが評判になって中山道を行き来する人たちがわざわざ足を運んだといわれているの。故やなせ・たかこ先生デザインのマスコット“ウーナちゃん”も有名ね」

 悪役令嬢のように扇を閉じて小柄な瀧子を見下ろす。


「むしろ駿河領は“みかん”が有名よね、そのまま味わうのも美味しいけれど、みかん最中やみかん大福は素晴らしいわ。和菓子とフルーツを融合させた職人の閃きに敬意を感じているのよ」

 今度は高貴な姫のように微笑んでみせる。


「さすが桜子さんね!」

「駿河領のお菓子にも詳しいのね!」

「みかん大福って興味あるわ」

「私、フルーツ大福が大好きだから間違いなく美味しいと思うの!」

 空気を読まない瀧子に苛立ちを感じつつ駿河も立てた桜子に全力で乗っかるクラスメイトだった。


「もちろん“みかん”自慢ですわ。でも、も日本一ですわ」


── この空気を読まないチビが!


 クラスメイト全員の心の声だった。



下野しもつけをバカにするもんじゃないぞ」

真太郎しんたろう

 清を後ろから支えるように立ち、清をかばう。


「戦国時代には足利学校が日本でもっとも大きく有名な大学としてヨーロッパにまでその様子が伝えられたし、江戸時代になると日光は聖地として東照宮をはじめとする建物が作られて特別に保護されてきた土地だ。

 田舎っていうならうちの常陸領だな、うちの領地の海は自慢なんだぜ。一度は遊びにきてくれよな」

 真太郎がきよをかばいつつ謙遜することで場を収めようとした。


「行ったことはありませんけど、どうせ弁天島海浜公園の美しさには遠く及ばないことでしょうね、ふふん」


 真太郎しんたろうのこめかみにピクピクと青筋が立った。


── 真太郎まで怒らせるなんて…

── これは才能だな…

── でも不快ね!

 女子からも男子からも総スカンな瀧子だったが空気を読めないので全然気にしていない。


「おはよ…って、なんだこの空気?」

「ヒロ」

「朝の散歩で梅子がグズって遅れた、遅刻じゃないよな」

 カバンを置きながら桜子に話しかける。


 始業式の日は生徒たちのお土産交換を兼ねた交流を推奨している学園なので通常より1時間遅く始まる。なのでいつも通りの時間割なら遅刻ギリギリのヒロも今日は余裕でセーフだ。


「お土産を渡していたところですわ、これは“浜松餃子せんべい”と“うなぎパイ”。我が領地といえばも日本一ですから、それに何もないただの田舎の常陸領と我が駿河領を同じにみてもらっちゃ困りますわ、ふふん」


「え?いつそんなことになったの? 餃子は宇都宮が一番だろ?桜子のとこの中華街にも美味い店はたくさんあるし、餃子の美味い店は全国にあるけど日本一は宇都宮で決まりだろ」


ヒロの悪気ない言葉に目が点になる瀧子。


「それに常陸領は凄いんだぜ、専門家以外にはあまり知られていないが、日本で最初のウェブサイトを立ち上げたのは、つくばにある文部省高エネルギー物理学研究所だ。

 うちの領地も今でこそITに力を入れているけど常陸領は化学に尽くしてきた歴史が段違いだ。茨城沖の油田とか資源にも恵まれてていいよな。

 それに鰻のかば焼きの発祥は桜子のとこの浦和だし、うな丼は真太郎のとこの龍ヶ崎にある牛久沼の湖畔が発祥だし。鰻といえば名古屋のひつまぶしは最高に上手いよな」


「ヒロは分かってるな!」

 ヒロに乗っかったのは尾張領の長男の崋山かざんだ。

「胃袋が倍に広がれば、もっと食えるのにっていつも思うぜ。俺は手羽先なんかも食いたいから一人前で我慢してる」


「そんなヒロにこれをやる」

 イモりこスナック手羽先味だった。

「ほら、みんなにも」

「ありがとう」

「これは珍しいわね」

 経緯を知らないヒロが瀧子の主張をぶった切って、クラスの雰囲気が再びお土産交換会に戻った。


「良かったな」

「ヒロ?」

 崋山からイモりこスナックを受け取って笑顔の桜子にヒロが微笑みかけた。

「そのスナック菓子は桜子が好きなやつだろ」

「うん」


 花火大会から絶好調なヒロだった。


 ちなみにそんなヒロのお土産は、またしてもナボナボだった。今回は季節限定のフレーバーの栗だから違うものだというのがヒロの主張だった。

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