第20話 GWの桜子とヒロ

 入学から約1か月、ゴールデンウィークがやってきた。


 ゴールデンウィーク直前の昼休み、桜子からヒロに相談があった。

「あのねヒロ。以前、情報系の科目を教えてくれるって言ってたでしょう?」

「ああ」


「その…ゴールデンウィークに、いいかしら?」

「もももももちろんだ。俺はいつでもいいぜ」


─── ちょっと噛んでしまったが上出来だ。グッジョブ俺。猛禽類先輩たちもゴールデンウィーク対策についてうるさかったからな。


 休み中、お互いの家を行き来して桜子に勉強を教えることになった。情報リテラシーの授業はPCの利用やオフィス系ソフトウェアの使用方法についてだ。


「桜子はパソコンの基本的な操作ができるよな?」

「それくらいは出来るわ」

「仕組みとマナーを理解した上でEメールの送受信ができるよな?」

「うん」

「WordとExcelの基本操作は?」

「そこから難易度があがるのよねえ…」

「ちゃんと教えるから俺に任せて」

「うん!」


─── これで桜子から俺への信頼度が爆上がりだな。…やべえゴールデンウィークが終わるころには俺たち付き合ってるかも。




「……という訳でゴールデンウィークは桜子に勉強を教えます」

 その日の放課後、プログラミング部の準備室でストレートボブ先輩と縦ロール先輩とショートヘア先輩に報告する。



「ヘタレなヒロさんにしては上出来ね」

「いいえ、ヒロさんは何もしていないわ」

「桜子さんのファインプレー以外、評価ポイントはないわね」


「……」

猛禽類先輩たちは今日もヒロに厳しい。


「とにかく、このチャンスをダメにしないようにすることね」

「焦って失礼な事をやらかさないようにね」

「…まさかと思うけどゴールデンウィークが終わるころには恋人同士に…なんて都合の良い夢を見てはいないわよね?」


─── 猛禽類先輩たちは俺の心を読めるのか!?


動揺を隠しつつ、テックンを抱き寄せる。

「…大丈夫ですよ」


「…それもそうね」

「ヒロさんはヘタレだから焦ってやらかすってことは無さそうよね」

「誠実に対応して信頼関係を深められればゴールデンウィークは上出来よ。まずは焦らず次のステップに進めるための信頼関係を構築するわよ」


 猛禽類先輩たちの言葉は遠慮がなく、ヒロの心につき刺さるが、そんな猛禽類先輩たちのアドバイスにも縋りたいヒロだった。



「沖田さん、今日はよろしく…」

「お任せください」


 桜子との勉強会の日、春狩家の別邸を管理する沖田さんに声をかけると沖田さんからヒロに向かって生暖かいオーラが漂ってくる。


「勉強部屋の掃除とお花の飾り付けは済んでおりますし、休憩には春狩領の人気スポット“スイート・ウッズ”から取り寄せたミルクレープがございますからね」


 “スイート・ウッズ”のミルクレープは桜子の大好物だ。ヒロが生まれる前から春狩家に仕える沖田さんはヒロだけでなく桜子の好みもよく知っている。


─── 生暖かくて、ちょっとやりにくいけど沖田さんは頼りになるな…。



「お休みなのにありがとう!」


 ヒロの勉強部屋に通された桜子がノートパソコンやテキストを広げながら直球で感謝を伝える。この素直さは桜子の長所だ。


「かまわないよ、ゴールデンウィークは長すぎて暇だし…」

「では早速教えてくださる?」

 ヒロに向かってテキストを広げる桜子が可愛い。


 素直さに加えて目の前にある課題に集中できるところも桜子の長所だ。

 ヒロの家で! ヒロと二人きりで! ヒロに勉強を教えてもらう! …というシチュエーションに萌え萌えしていた桜子だったが、いざ勉強会が始まると課題に集中した。


「よく見えないわ。その関数はどうなっているの?」

 画面が小さくて見えないといいながらヒロに密着するようにエクセルの数式バーをのぞきこむ桜子。


─── 俺に寄りかかり過ぎだぞ! しかもいい匂いさせて!これは桂子かつらこ様から与えられている桜子のこうの香りだな、相変わらず爽やかで愛らしい香りを振りまいて! 可愛すぎるだろう!


こぶしを口にあてて耐えるヒロ。


「……そうなっているのね、分かったわ!」

 寄りかかって画面をのぞき込んでいた桜子がヒロから離れていく。


─── あ…。


 離れてゆく桜子を残念そうに見つめるヒロを冷たい目で眺めるコバたん。

 もっと二人の邪魔をしたいが勉強中は控えているようだ。


「出来たわ!みてちょうだい」

嬉しそうに振り返る桜子が可愛い。


「…うん、合っているよ。桜子は理解が早いね」

「ヒロの教え方が上手いからよ!」

謙遜しながらも鼻息の荒い桜子が可愛い。



「失礼いたします」

 ヒロの行動が怪しくなってきたタイミングで別邸管理人の沖田さんが控えめに入室してきた。


「そろそろ休憩なさってはいかがでしょう? “スイート・ウッズ”から取り寄せたミルクレープをどうぞ。コバたんさんには杏仁豆腐をご用意いたしましたよ」


「クポ!」

「嬉しいわ! “スイート・ウッズ”のミルクレープが大好きなの! しかもこれは季節の限定ではないかしら?」

「さすが桜子お嬢さんは鋭いですね、春ですからイチゴのミルクレープですよ」


 コバたんと桜子は沖田さんのことが大好きだ。幼いうちに餌付けが完了しているともいえる。


 桜子とヒロの間に、むぎゅっと体を押し込んだコバたんが目の前のテーブルを羽でバシバシ叩く。

「コバたんたらお行儀が悪いわよ」

 桜子に注意されても知らんぷりだ。休憩時間までヒロと桜子を密着させるつもりはない。


 沖田さんは、コバたんの希望通り桜子とヒロの間にコバたんの杏仁豆腐を置いた。

「ヒロさんにもミルクレープ、テックンにはサーターアンダギーをご用意しましたよ」

サーターは砂糖、アンダは油、アギは揚げを意味するサーターアンダギーは油好きのテックンの大好物だ。籠いっぱいに盛り付けられたサーターアンダギーに大喜びのテックン。


 沖田さんは、さりげなく桜子のお皿とヒロのお皿を少し離れた場所に置いた。

 少し前からヒロの様子を窺っていたいた沖田さんは、今にも桜子の匂いを嗅ぎそうなヒロをみて、すぐに行動に移ったのだ。

 コバたんのチェックが厳しいことはもちろん、思春期の女の子は潔癖な考え方に寄りがちなため、ヒロが桜子に嫌われる事態を回避するためのサポートだった。


 沖田さんの機転により、二人の危機は回避された。

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