第11話 清と真太郎

 入学から二週間が過ぎ、学園生活にも慣れてきた。午前の教養の授業は問題なく進み、午後はそれぞれ専門科目を受講している。


 桜子が受講している都市計画のクラスは授業数が多く、月曜と木曜の午後は都市計画の授業で埋まっている。古今東西の都市計画の歴史から最新技術まで学ぶことは多い。


 桜子の地元の武蔵領はオランダの都市計画を参考に整えられた。


 北海に面したオランダ西部ではアムステルダム、ハーグ、ロッテルダム、ユトレヒトの 4 大都市が円状に配置されている。この配置が帽子の縁のような形を していることから 縁の都市 (ラントスタッ ト)と呼ばれている。

 帽子の内側には緑の心臓部と呼ばれる緑地が広がっている。このラントスタットとグリーンハートを総称してグリーン・メトロポリスと呼ぶ。


 武蔵領は領地の南東部(春狩領を除く東京23区に相当するエリア)に商業施設を集め、領地の北東部(埼玉県南東部に相当するエリア)に行政を集約、南西部(八王子方面に相当するエリア)に大学、それ以外の地域に住まいや農業をざっくりと配置している。

 ちなみに東京駅のモデルは姉妹都市の関係にあるオランダのメインステーション中央駅だ。


 広い領地にばらけさせてはいるが人口が多いため通勤通学ラッシュなど、課題は山積みだ。桜子も都市計画クラスで学ぶ意欲は高い。

 領地の狭いヒロや後継ではないきよは履修していないが真太郎しんたろうは同じクラスを履修している。


「今日はどうしたの?」

 都市計画クラスの授業へ向かう途中で桜子が真太郎しんたろうにたずねる。


「…昨日」

「昨日?」

きよと喧嘩した」

「そんなの分かるわよ。どういう経緯で?」


 今日は朝からきよ真太郎しんたろうの間がぎくしゃくしており、とても居心地が悪かった。


「昨日、きよの家に寄ったんだ。俺が小腹が空いたって言ったらきよがポテト入りやきそばを作ってくれた」

きよの得意料理ね」


 ポテト入りやきそばはきよの地元、下野しもつけの名物だ。

「もちろん俺も手伝った。一緒にじゃがいもを切っていたらきよが手を滑らせた」

「そういえば左手に絆創膏を巻いていたわね」


「俺は焦った。かわいいきよが目の前で怪我して…冷静ではいられなかった」

「怒らせるようなことをしたの?」

「…」

真太郎しんたろう?」


「肌身離さず持ちあるいている我が常陸ひたち領の万能薬、ガマの油を塗った」


「ク、クポ…」

真太郎しんたろう…」

 コバたんと桜子が青ざめる。


きよはカエルなどの爬虫類が大嫌いなのだ。


 ガマの油は筑波山名物の軟膏で、伝統的なレシピで作られた本物の軟膏は蟾酥せんそと呼ばれるアジアヒキガエルやヘリグロヒキガエルの耳腺分泌物、皮膚腺分泌物を集め、乾燥させたものが入っている。

 近代のレシピでは規制のため原料に蟾酥せんそを含まない。しかしパッケージにはバッチリときよの大嫌いなガマガエルの絵が描かれている。


「わんわん泣くきよなだめていたら明美あけみさんが駆けつけた…」


 きよを溺愛するきよの姉の明美あけみ下野しもつけ名物である暴走族の総長で喧嘩っぱやい。

 何度もヤンキー雑誌「チャンプローダー」の表紙を飾った生きる伝説だ。


「クポッ…」

 緊張感あふれる展開にコバたんがゴクリと喉をならす。


「理由も聞かず、“でれすけ”となじられた」


 “でれすけ”は“アホ・バカ”といった意味のお国言葉で下野しもつけのヤンキーの口癖のようなものだ。


「つい俺も反応しちまった」

「クポ…」

コバたんがゴクリと息をのむ。


 常陸ひたち人の気質は「怒りっぽい、理屈っぽい、忘れっぽい、飽きっぽい、単純、せっかち、口下手」で、真太郎しんたろうも怒りっぽいところがある。


 桜田門外の変、血盟団事件、五・一五事件など歴史上の有名なテロ事件には、たいてい常陸ひたち人が絡んでいる。


「売り言葉に買い言葉だった」

「まだ仲直りできていないのね」

「…ああ。きよと仲違いしたままなのは辛え。でもまだ怒っていっぺな」

真太郎しんたろうきよと仲直りしたいのね?」

「ああ。謝るチャンスが欲しい。かわいいきよの側にいで口もきけないのは嫌だ」


真太郎しんたろう


 桜子と真太郎しんたろうの真後ろにきよがいた。

きよ…、昨日はごめん」

「ううん。私こそ…心配してくれたのに、あんなに泣いちゃってごめんね」

きよ…」

「お姉ちゃんのことも許してくれる?」

「ああ、もちろんだ」


 特に桜子が何もすることなく勝手に仲直りしてイチャイチャしている。


 目の前で惚気られて微妙な気持ちの桜子だった。


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(※)

◆ 桜田門外の変

水戸藩からの脱藩者17名と薩摩藩士1名が彦根藩の行列を襲撃、大老の井伊直弼を暗殺した事件。


◆ 血盟団事件

1932年(昭和7年)に発生した連続テロ事件。逮捕された小沼正と菱沼五郎は茨城県那珂郡の出身。


◆ 五・一五事件

愛郷塾を設立した茨城県東茨城郡出身の橘孝三郎は五・一五事件で塾生7人を率いて東京の変電所を襲撃した。

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