最終話 それはまだ先のこと

 冷蔵庫にはまだ半分ほどお肉が残っています。冷凍焼けされては困るので、どんどん消費していきたいところです。

 一昨日はお弁当のために使ったのですが、夜はバイトの賄いで減らせず、昨日はかつを作って今日これだけ残っています。単純計算であと四食でしょうか。かつやステーキみたいにお肉をたくさん使うものを作れば、案外すぐに食べ切れてしまうかもしれません。

 そういえば、人のお肉のかつは「ひとかつ」でしょうか。それとも「じんかつ」でしょうか。音だけでいえばひとかつの方がよさそうですが、とんかつのことを考えるとじんかつが正しいのでしょうか。


 冷蔵庫に骨は残っていません。今あるのは細かな肉と手を付けていない内臓、あとはゴミ捨て待ちのハンバーグたちです。今日で骨の処理は一段落つきますし、明日にでも内臓の処理を再開しましょうか。やったほうがスペースをとりませんし、なにより見た目が悪くありません。そろそろ彼の解体からも日が空いてきましたし、冷蔵庫をあけて姿そのままの内臓にぎょっとするなんてことも出てきましたから。


 最後の処理することになった骨は頭蓋骨でした。後回しにしているつもりはなかったのですが、最後まで残してしまっていました。頭蓋骨はまだ皮膚が残っているところもあったので、茹であとは肉ではなく皮の処理をすることになりました。茹でたおかげで少し縮んでかなりむきやすくなっていましたので、それほど大変ではありませんでした。今は浴室のバケツの中です。これから残ったものを洗いにいきます。

 頭蓋骨は他の骨たちに比べるとだいぶ複雑でした。頭部を最初に切ったときにひびがはいっていたのか、茹でたあとに皮をむいていたら割れてしまったんですよね。細かくなってやりやすくなったなんてことはなくてですね。困ったものです。

 いつものようにゴム手袋をつけて、水を捨てて、溜めておいた水にそのあとを追わせる。骨をすくい出して、歯ブラシで洗っていく。他の骨と違って形が複雑なので、その分時間もかかりそうです。でも今日中には終わらせたいですね。せっかく一日時間が使えるわけですから、けりをつけてしまいたいです。日曜日は久しぶりに作業を休みたいというのもありますけどね。


 朝早くに起きたのに、もう昼過ぎです。まだお昼食べていないのに。でも集中してやったおかげで頭蓋骨は洗い終えました。地下室にもっていったら、お昼を食べに行きましょうか。スーパーかコンビニで買ってもいいのですが、久しぶりに外食がしたいのです。一人なら簡単にすませられますし、片付けが一段落したご褒美ということにしておきます。先月末に友達と外食をしてから半月もたっていないのに、もう数か月はたっているような気がします。

 しかし、外食をするといってもあまり選択肢はありません。いえ、自転車で少し行けばそれなりにあるんですけれど、そこまでのやる気もないんですよね。バイト先の方なら近いのですが、バイトのシフトを適当な理由で減らしている手前、あっちに行くのも気が進まないんですよね。となると、本当に限られてきます。角にあるお弁当屋さんに行ってみましょうか。外食ではなくなってしまいますが、人の作ったご飯ならなんでもいいような気がしてきました。うん、そうです。私は今ひとが作ったご飯が食べたいのです。そうと決まればすぐにでも行きましょう。もう一時半になりますし、お弁当が残っているか怪しいですから。



 焼肉弁当を平らげたので、今日の作業をまた進めましょう。具体的には骨を砕きます。最終的にハンバーグに混ぜるにせよ、ほかの捨て方をするにせよ、原形をとどめている訳にはいきませんし、できる限り小さくした方がいい訳です。できることなら、粉のようにしてしまいたいのですが、そこまでは無理そうな気がします。それでも根気よくやっていくつもりではありますけどね。


 地下室の骨は最初に処理した腕と手の骨と足の骨の一部はほとんど乾いています。まずはお試しでこれらを砕いてみましょうか。多少湿気てても大丈夫そうなら、ほかの骨もやってしまおうと思います。工具箱でさび付いていた金槌と昨日買ってきた電動ドライバー、そして過労の電動のこぎりで頑張っていきます。

 のこぎりである程度小さくして、ドライバーで何か所も穴をあけ、金槌で叩いていく。なんだか原始的な気もするこのやり方でどこまでいけるでしょうか。そもそも試したこともないので、電動ドライバーの穴あけでどこまでもろくなってくれるかも分かりません。流石に大量に穴をあければ砕きやすくもなると思いたいです。


 まずはやりやすい腕の骨で始めましょうか。テーブルの端を使って四分の一くらいにしてしまいます。そのあと、まな板がわりに使っていた板の上でどんどん穴をあけていきます。くるくると回しながら二十か所はあけたでしょうか。このあたりで端っこの方はかけてきました。もう少しあけたら金槌に持ち替えましょう。

 結局骨がポロポロと欠け始めるまで穴をあけてしまいました。ここまでくればうまく砕けるんじゃないでしょうか。しかしここまで気付かなかったのですが、何か袋のようなものはあった方がよさそうですね。このまま砕くとあっちこっちに破片が飛んでしまいます。ビニールだと破けてしまいそうですし、布を上にかぶせたらいいでしょうか。


 一度上に戻ってこの間使ったタオルを持ってきました。あのとき彼の声を封じてくれてたものたちです。もう捨ててしまうつもりだったのでちょうどよかったです。きれいなものを使うのはちょっともったいないですからね。

 新聞紙の上にすでにだいぶボロボロになっている骨をいくつか置き、転がらないように何度か調整します。タオルをかぶせたら準備万端です。

 コツコツと軽く叩き位置を確認してから、肩よりも向こうから振り下ろしました。金槌はやや骨の中心から外れてはしまいましたが、亀裂の一部にうまく当たったようで軽い音を立てて割れました。やり方は悪くないようです。次はちゃんと中央を狙っていきましょう。

 中央をとらえれば少し長く、外れても割れれば短く軽く。

 何度も骨から金槌が滑り落ちてしまったり、思い切り外してしまったりもありましたが、だんだんと慣れてきてテンポよく割り進められるようになってきました。ただ、もともとの体力はごまかしようがなく、だんだんと右腕は痛くなってきましたし、少し握力が弱くなってきた気がします。

 ほどほどで切り上げて今日はもう休みましょうか。精神的にはずっと楽な作業なのですが、いかんせん腕がどうにもなりません。夜から筋肉痛に悩まされる気がします。



 今日の夕食は何にしましょうか。まだ決めていないんです。久しぶりにお魚が食べたい気もするのですが、面倒か高いかのどちらかになってしまうんですよね。そうですね、今はちょっとだけ疲れていますし、高い方を選びましょうか。

 階段の途中、凝り固まった身体を少し右へ左へ捻りつつ伸ばしながらのぼっていけば、視界の端に階下のブルーシートが――


 中央に広げられた新聞紙

 その上の板

 少し外れて道具ののったテーブル

 重しがわりのバケツには砕き進めた骨が少々

 中央には依然として作業の残り数を主張する骨たち


 最初の夜と形だけはよく似ています。あの日の記憶を瞼に思い浮かべ、なんだか懐かしい気持ちになりました。感慨深い、というやつでしょうか。

 しかし、感傷的になるのはまだ早いですね。全て終わるのはまだ先です。だって冷蔵庫にはまだ半分も残っているんです。

 ああ、そうだ。いいことを思いつきました。最後の一食は骨も全部砕き、内臓も捨てきったらにしましょう。締めの一食にするのです。我ながら良い考えじゃないかと思います。

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矢代美雪の食卓 黒いもふもふ @kuroimohumohu

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