第15話 結婚式までの1ヶ月(2)


 アイリスの魔術練習部屋。


 今日は魔術ではなく、アレックスによる剣術訓練の日だ。


 ひたすら型を体に叩き込むため、アイリスは素振りをしているところだった。

 アレックスは手本を示すため、アイリスの横に並んで一緒に素振りをしている。


「——圭人、腕が徐々に下がって来ているよ」

「はい!」


 アイリスは真剣な顔つきでレイピアを振り続けていたが、息が上がり、汗だくだ。

 アレックスの素早く美しい剣さばきから遅れ始めていた。

 

「これくらいにしよう。一旦休憩にしようか」

「はあ、はあ、はあ……はい、はあ、はあ……」


 手を止めたアイリスはレイピアを腰の鞘に収めた後、手を膝につき、肩で息をしていた。


「どうぞ」

「アレックス、ありがとう」


 アレックスは冷えた水とふわふわの上質なタオルを手渡してくれた。

 もちろん、爽やかな笑顔もくれる。


「アレックスは全く疲れてないみたいだね」


 汗ひとつかかず、涼しい笑みを浮かべるアレックスを苦笑しながらアイリスは見つめる。


「15年間訓練しているからね。これくらいで音はあげないよ」

「そっか……すごいなー」

「今は軽装だから、という理由もあるかな。本格的な練習は怪我をしないように重い防具を身につけるから、もっと大変だよ」


 アレックスが着用していた服は、伸縮性のある黒い長パンツと白いシャツだ。


「それはきつそうだな……」


 アレックスと同じ服を着ていたアイリスはげんなりする。


「少し椅子に座って休もうか? 立っているのも辛そうだね」

「いい?」

「もちろん。僕は鬼教官じゃないから」


 アレックスは手を差し出し、アイリスを椅子までエスコートしてくれることに。

 アイリスは少し照れながらアレックスの手を取った。


「ありがとう、アレックス」

「どういたしまして」


 ——かっこいい……。紳士的な振る舞いが完璧なんだよなー。さすが王子っていうか……。


 足がガクガクになっていたアイリスは、余計なことを考えながら歩いていると——。


「あっ!」


 アイリスは足元がおろそかになり、椅子が置かれた小上がりの段差につまずきそうになる。

 アレックスは瞬時にアイリスの体を支え、強く抱き寄せた。


「圭人、足元に気をつけてね」


 アレックスは柔らかな笑みを向けた。


 ——まじでかっこいい……。


 アイリスはしがみついた状態でアレックスに見とれていた。


「あっ! 俺、汗だく……」


 アイリスは慌ててアレックスから離れようとする。

 ……が、アレックスは腕の力を強め、アイリスを離そうとしなかった。


「圭人の汗なんて気にしないよ。こうやって体をくっつけられることが僕は嬉しいから」

「アレックス……」


 2人はそのまま見つめ合った。

 アレックスの濁りのない青い目は、澄んだ湖や青空のよりも綺麗で、アイリスは目を奪われる。


 ——長い睫毛、綺麗な肌、サラサラの髪、そして、ぷるぷるの赤い唇……。BLって抵抗あったのに……俺、アレックスとキスしたくなってる……。


「圭人はもう、イリアとキスはしたの?」

「いや、まだ……」


 アイリスは顔を真っ赤にする。


 ——キスしたいってバレたかな? はずかしー!


 アイリスを見るアレックスの顔は、先ほどよりも色っぽくなっていた。


「そっか。じゃあ、僕が先にその唇をもらうよ——」


 アイリスは目を瞑り、アレックスの柔らかい唇を受け止めた。


 ——この感情はなんて言えばいいんだろう……。体が熱くて、ドキドキして……アレックスから離れたくなくなってる……。俺、愛梨だけじゃなくて、アレックスも……。


 アレックスはゆっくり唇を離した。

 だが、体はくっついたままだ。

 アイリスはアレックスから離れたくなくなってしまっていた。


「僕は圭人に出会うまで、恋なんてしたことなかった」


 アレックスはアイリスを愛おしそうに見つめながら、ポツリとこぼした。

 アイリスは黙ったままアレックスをじっと見つめる。


「圭人、僕は君と過ごしたこの短い期間で、圭人のことを本気で好きになってしまったよ。圭人のことを考えすぎて眠れないほどに……」


 それを聞いたアイリスの鼓動はさらに早くなる。


「圭人のために僕は一生を捧げる覚悟がある。圭人を絶対に幸せにする。圭人、イリアだけでなく、僕のことも愛してくれないかい?」


 ——アレックスは、俺の世界の話や魔術で学んだこととか……、どんなことでも楽しそうに聞いてくれるんだよな。2人でいる時はいつも笑ってる気がするし、すごく楽しい。そして、アレックスは俺を1番に考えてくれていることがすごく伝わってくる……。


 すでにアイリスの心は決まっていた。


「はい。俺もアレックスを愛しています」


 アイリスは愛おしそうにアレックスを見つめていた。

 アレックスはにこりと笑みを浮かべると、もう一度アイリスと唇を交わした。



***



 数日後。

 アイリスの魔術練習部屋。


 今日はイリアと魔術練習の日で、2人はお茶を飲みながら魔術書を読んでいた。


「——ねえ、圭人。アレックスから聞いたんだけど……」


 アイリスはアレックスとキスしたことを思い出し、顔を赤くした。


「……なに?」

「おめでとう。結婚前に想いが通じ合って」


 イリアはにこりと笑いかけた。

 無理に作った笑顔でないことはアイリスに伝わっていた。


「ありがとう」

「本当に良かったわ。2人が形だけの夫婦なのは寂しかったから」

「前にもそう言われたけど……俺がイリアとアレックスの2人を同時に好きになることは、本当に嫌じゃない……?」


 アイリスは不安そうに聞いた。


「もう、気にしてないって言ったでしょ? この世界ではそれが普通。圭人の世界が厳し過ぎるんだよ」

「そっか、まだ少し罪悪感があるんだよね……」

「じゃあ……2人だけでいる時は……私だけを見てくれる?」


 イリアはもじもじしながら言った。


「もちろんだよ、愛梨」


 イリアは顔を赤くする。


「あのね……私と……あの……キスして欲しいの」


 ——ちょっと! もう! 可愛すぎ〜。


 アイリスは立ち上がり、椅子に座るイリアを自分に引き寄せた。


「圭人……」


 イリアはアイリスに抱きつく。


「圭人、大好き」

「俺もだよ、愛梨」


 2人は初めて唇を合わせた。

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