第14話 結婚式までの1ヶ月(1)


 アイリスが結婚を決意した翌日から、アレックスのアプローチは始まった。


「圭人、今日は2人っきりで食事をしよう」

「圭人、今日は一緒に庭を散歩しよう」

「圭人、今日は帰って欲しくない——」


 アレックスは毎日のようにアイリスを王宮に呼び出していた。

 イリアとの関係にヒビが入らないか、と不安に感じていたアイリスだったが、一夫多妻制が普通なイリアにとって問題ではなかった。

「せっかくだから仲良くしてほしい」と言われたくらいだ。


 イリアにそう言われてから、アイリスは2人を同時に好きになれるかどうかを真剣に考えるようになった。



 ある日、アイリスはアレックスとお忍びで街へ出かけることに。

 アレックスは平民の地味な服や帽子で変装していたが、漏れ出る美しさは隠しきれていなかった。

 通り過ぎる女性は皆、アレックスに目を奪われて見とれていた。


「——アレックス様、かっこよさを振りまきすぎですよ。メガネでその綺麗な目を隠した方がいいかもです」

「そうかな? 僕は圭人に目を奪われて気づかなかったよ」


 ——マジか……。殺し文句だよ、それ。


 長い髪を帽子の中に入れて男性の格好をしていたアイリスは、顔を赤くした。


「圭人、『様』をとってくれないかい? 僕が王子だとバレてしまうよ。これからはずっと、そう呼んでくれて構わないから」

「わかりました、アレックス」


 アイリスは笑いかけた。

 アレックスは嬉しそうに微笑み返す。


 ——結婚が決まるまでは胡散臭い笑みだったのに、今はどこか違うような……。


 その顔にアイリスは思わず見とれてしまった。


「圭人、君にオススメの店があるから、一緒にこう!」

「はいっ」


 アイリスはアレックスに手をぐいっと引かれた。





 武具店。


 剣、盾、鎧、弓矢などが豊富に取り揃えられていた。


「アレックス! この店、すごくいいですね! 興奮する〜」

「気に入ってもらえて良かったよ。圭人は剣技を磨きたい、と言ってたので連れてきたんだ。特注品を揃えてもいいと思ったけど、一度店でいろんなものを見た方がいいと思って。使用人たちがここを勧めてくれたんだ」

「すごく俺の冒険心をくすぐります! こういう店、来てみたかったんですよ〜」


 2人が話していると、髭面の店主が店の奥から出てきた。


「いらっしゃい! 今日は何か目当てのものはあるのか?」

「具体的にはまだ考えてません。剣とか……探してるんですよ」

「彼はまだ武器を扱ったことがないのですよ。一応、武具一式を揃える予定なんですが、オススメはありますか? できれば軽めの方がいいと思うのですが」


 アレックスが具体的に話を勧めてくれた。


 ——王子なのに、気がきくよな……。それに、平民のおっちゃんに対しても丁寧だ……。


 アイリスはアレックスの振る舞いに感心し、胸を弾ませる。


「確かに……兄ちゃんは体型が貧弱そうだからなー。短剣かレイピアはどうだ?」

「僕が剣技を指南する予定ですから、レイピアがいいかもしれません」

「なるほどな。……なら、これはどうだ? 持ってみな」

「はい!」


 ——レイピアかっけー!


 主人から手渡された剣をアイリスは嬉しそうに眺める。

 柄の部分の装飾——手の甲を覆う湾曲した装飾は真鍮のような金属でできている——が特に気にいっていた。


「軽く素振りしてみな」

「はい!」


 アイリスは右手に持ったレイピアを慣れない手つきで上下に振る。


「軽くて振りやすいです。これ以上重いと俺には扱えきれませんねー」

「慣れるまではこれくらいの剣がいいと思うぞ」

「いろいろ試していいですか?」

「いいぞ!」


 2人は夕方まで入り浸った。





 帰りの馬車。


「——武具を一式揃えていただいて、申し訳ないです」

「気にする必要はないよ。正式に決まった婚約者には、何か贈り物をするのが習慣だからね。むしろ、特注品じゃなくて申し訳ないくらいだよ」

「そんな。一緒に選んでもらったので、俺にとっては特別なものばかりですよ」

「そう言ってもらえるとうれしいよ」


 アレックスはにこりと笑った。


「魔術訓練がない時は、俺と手合わせしてくださいね」

「喜んで」

「あ、ミラさんみたいに怖いのはなしでお願いします!」

「はははっ、考えておくよ」

「えー! お願いしますって!」



***



 数日後。

 王宮、アイリス専用部屋。

 

 アイリスはイリアとの魔術訓練を一時中断し、昼食をとることになった。

 アレックスも一緒だ。


「——イリア、圭人の魔術は順調かい?」

「ええ、魔力の扱い方に慣れたようで、数日で1つの魔術を覚えられるようになってるわ。教えがいがあるからとっても楽しいの」

「それほどでも〜」


 褒められたアイリスは満面の笑みを浮かべる。


「そう、よかったね」

「アレックスは圭人に剣術を教える予定なのよね?」

「そうだよ」

「いつか、魔術を絡めた剣術を練習してみてもいいかも」


 2人の話にアイリスは嬉しそうに頷く。


 ——おお! 魔法剣士いいね!


「そうだ、購入した武具をあとで使用人に運ばせるよ。楽しみにしてて」

「ありがとうございます! この前は買いすぎて持ち帰れませんでしたからね。早く見たいな〜」

「私も見てみたいわ!」





 昼食後。


 王室使用人たちが数人、アイリスの専用部屋に購入した武具を運んできた。


「——アレックス様、着てみてもいいですか?」

「もちろん」


 アイリスは併設された衣装部屋に武具を全て運び、着替えに行った。


「アレックス、圭人にご執心よね。完全に恋に落ちたって感じ?」


 アレックスは苦笑した。


「はあ、バレていたかな?」

「もちろんよ。どれだけの付き合いだと思ってるの? 圭人を見る目が他の人に対するそれと全然違うもの。アレックスが心から笑っている姿も初めて見たわ」

「王室の人間は感情を表に出してはいけないからね。嘘の笑顔であっても、常に笑顔を絶やしてはいけないんだよ。イリアも心がけないとね」

「はあ……できるかしら」

「ミラには無理だけど、イリアなら大丈夫だよ。だって、圭人がいるからね」


 イリアは顔を赤くした。


「私、圭人の前だと自然と笑顔になるのよね……」

「僕もだよ。結婚が決まってから、圭人は僕のことを1人の人として扱ってくれるようになった。会って間もないのに、身分の壁を取り払って無邪気に接してくれるのが心地よくて。あんなにすぐ打ち解けたのは初めてだよ」


 イリアは頷いた。


「圭人は前の世界にいた時もそうだったわ。なかなか周りの人と打ち解けられなかった私が初めて仲良くできたのは圭人だった。とっても優しい人なのよ」

「まだまだ知らない圭人が見られるのかと思うと、ワクワクするね」

「ええ。2人で圭人を幸せにしましょう」

「そうだね」


 2人が話していると、衣装部屋の扉が開いた。


「じゃーん!」


 出てきたアイリスを見て、2人は目を丸くする。


「ちょっと、圭人!?」

「はっはっはっはっ……予想外だよ。圭人は面白いな〜」


 出てきた圭人は長かった髪を切り、ショートカットにしていた。


「やっぱり、剣士は髪が短い方がかっこいいと思って。どう?」


 アイリスが着ていたのは、黒くて細身の軍服のようなものだった。

 短めのマントを翻し、2人に近寄る。


「圭人、とても似合ってるわ」

「うん、レイピアの持ち方も様になってるよ」

「2人ともありがとう。アレックス、もしかしてレイピアに装飾を付け加えた?」


 レイピアの柄の先端に青い石が取り付けられていた。


「うん、贈り物だからね」

「ありがとう! アレックスの目みたいに澄んだ青色の石だよね。すごくいいよ!」


 ついでに自分の目も褒められたアレックスは思わず顔を赤くした。

 それを見たイリアは、おかしくて吹き出す。


 ——私たち、圭人に骨抜きにされるかもね。

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