第16話 結婚式当日


 アイリスとアレックスの結婚式当日。


 アイリスの待合室。


 純白のウエディングドレスを着たアイリスは、大きな鏡の前で座っていた。

 今日は式典用にかつらを被り、後ろで綺麗にまとめられている。


「——アイリス様、とてもお似合いですよ。それが、王妃様から貸していただいたネックレス?」


 黒色で裾の長いドレスを着たイリアは、アイリスの後ろから鏡を覗き込んでいた。

 鏡越しに目があった2人は微笑み合う。

 第2夫人のイリアは式を挙げず、参列者として出席することになっていた。


「うん。宝石がいっぱいついてて重いんだよー。首が凝ってきた……」


 緊張感のない発言にイリアは苦笑する。


「そんなこと言わないの。今日はこの後、頭にティアラも載せられるんだからねー」

「首、折れそう……」


 アイリスはげんなりした。


「アイリス、今日の主役がそんな顔しちゃダメ」

「愛梨、今は2人っきりなんだから、圭人って呼んでよ」


 イリアは照れて俯く。


「うーん……癖になって誰かいるところでつい出ちゃいそうだからなー。私、アレックスみたいに公私をはっきり分けられないもの」

「でも、今だけは圭人って呼んで」


 アイリスは手を合わせておねだりする。


「……圭人」


 イリアは顔を赤くしながらぽつりと呟いた。


 ——可愛すぎ〜! 悪役令嬢ミラには絶対言ってもらえないやつ〜!


 ときめいたアイリスは目をぎゅっと瞑り、顔を左右に振る。


「圭人って甘えん坊だよね。本当に意外。学校ではそんなところ見せなかったのに」

「だって、愛梨にはかっこいい、って思われたかったから」

「そっか……」


 イリアは再び顔を赤くする。

 恋愛経験が乏しいイリアは、アイリスに翻弄されっぱなしだ。


「愛梨のそういうとこ、可愛すぎ」


 アイリスはイリアの顎をクイっと左手で上げ、そっとキスをした。





 ハーツ離宮。


 ここは、王宮から少し離れた場所にある式典専用の建物だ。

 作りは圭人の世界でいうところの教会と似ている。


 アイリスは会場の中まで続く真っ赤な絨毯の上で、白くて重厚な両扉が開くのを待っていた。


「——アイリス様、準備はよろしいですか?」


 アイリスは息を大きく吸った。


 ——緊張するけど、アレックスも愛梨も側にいるから大丈夫……。


「はい」


 2人の使用人によって扉がゆっくりと開かれた。

 同時に生演奏が始まる。


 アイリスはすぐに歩き出さず、そこで笑顔を作る。


 会場ですぐ目に入るのは、真正面奥の壁にかけられた巨大なハーツ王国の国旗だ。

 金色の糸で縁取られた濃紺の旗の中央には、アーチ状の白の王冠が描かれていた。

 王冠の側面は7つのハートが横で重なるように並んでおり、ハーツ王国に属する7つの都市のおかげで王室は成り立っている、という意味が込められている。

 王冠の最上部には赤色の八面体の石が描かれており、7つの都市と王室が1つになっている、という意味が込められていた。


 その国旗の手前には白い壇があり、ハーツ王国の国王と王妃が金色の椅子に座っていた。


 ——落ち着いて、大丈夫……。


 アイリスは2人を見て緊張感が高まり、少しだけ天井を仰ぐ。

 天井はあまりにも高く、描かれた金色の装飾がはっきり見えないほど。


 次に、左右に立つ参列者の方をちらりと見る。


 ——うわっ、大勢がこっちを見てる……。緊張してきたー。イリア……見守ってくれてるかな?


 会場はアイリスが立つ扉の方に向かって扇のように広がっており、多くの人が参列していた。


「——では、お進みください」


 アイリスは使用人の小声の合図でまっすぐ正面を向き、ゆっくりと足を踏み出した。


 今は、壇下に立つ最愛の夫——アレックスしか見えていない。


 王族専用の白い式典服を身にまとっていたアレックスは、アイリスに微笑みかけていた。

 アイリスはその綺麗な笑顔に見とれながら、赤い絨毯を一歩一歩踏みしめる。


 ——今日のアレックスは凛々しいな〜。いっぱい勲章とかつけて……王子そのものだね〜。


 アイリスはメロメロになりながらが檀下にたどり着くと、アレックスが右手を差し出した。

 アイリスはアレックスの手をそっと取り、一緒に階段を上る。


 ——はあ〜、アレックス〜。


 手袋をしていても、左手から伝わるアレックスの温かい体温がアイリスの緊張をほぐしていく……。


 そして、壇上に上がった2人は国王と王妃の前で一礼し、片膝をついてひざまづいた。


 そこで演奏が止まり、しんと静まりかえる。


 国王と王妃は立ち上がった。

 側に控えていた従者がティアラを差し出す。

 国王はそれを受け取り、アイリスの前へ。


 そして、アイリスの頭にティアラをそっと乗せた。


「我はここに宣言する! アイリスを我が息子、第2王子の妻と認める!」


 国王の宣言と同時に参列者が一斉に拍手を鳴らした。





 2人はその後、馬車に乗って街を一周することなった。


 参道は人でごった返し、割れんばかりの歓声があがっていた。

 2人は笑顔で手を振り続ける。


「——アイリス、言うのが遅れたけど、とても美しいよ」

「ありがとう、アレックス」


 2人は見つめ合う。


「圭人、愛してるよ——」


 歓声が響き渡る中、2人は馬車の中でキスをした。





 王宮、パーティ会場。

 夜に2人の結婚祝いパーティが執り行われた。


 最初に王子から挨拶が——。


「こ列席の皆様、本日は私たち2人のためにお集まりいただきまして誠にありがとうございます。皆様からたくさんのお祝いの言葉をいただき、今は胸が熱くなっております。

 さて、事前に皆様にお伝えした通り、私は第二の都市・アレクシアの統治を国王から任されることになりました。次期国王の兄上の右腕となるべく、様々な改革に取り組む所存ですので、ご協力のほどよろしくお願いいたします——」


 挨拶の後、アイリスとアレックスの忙しい挨拶回りが始まった。


「アイリス、これから数時間はずっと挨拶回りだよ。辛かったら遠慮なく言って」

「ありがとう、アレックス。でも、今日はずっとアレックスの側にいさせて」

「アイリス……」


 アレックスは愛おしそうにアイリスを見つめる。

 キスをしたいところだが、今は適切な場所ではないことを2人はわかっていた。

 少しもどかしさを感じながら、近くの席にいる参列者の元へ。





 主要な要人との挨拶を済ませ、アイリスがほっと息をついていると——。

 ある人物に目を止める。


「あ、アレックス、クリス兄さんに声をかけてもいい?」

「もちろん」


 含み笑いを浮かべながら、アレックスはアイリスの耳に口を近づける。


「例の2回しか会ったことのない幼馴染ですね?」

「正解です」

「古い友人なら、言葉に気をつけないといけないですね」


 アレックスは意味ありげな笑みをアイリスに送った。


「——クリス兄さん、お久しぶりです」


 アイリスの声掛けにクリスは笑みを浮かべた。


「アレックス様、お初にお目にかかります。クリス・エイデンと申します」

「アイリスから伺っております。幼い頃から親しくされており、とても頼れる良い方だと」

「いえ、それほどでは……」


 クリスは少しだけ顔を赤くした。


 ——アレックスは話が上手だな……あんな少ない情報でクリスを褒めまくってる……。


 アイリスは感心しながら2人の会話を見つめていた。


「エイデンさんは今、教育関係の仕事に携わっているのですよね?」

「そうです」

「数日中に連絡しようと思っていたのですが、ちょうどよかったです。アレクシアに万人向けの教育機関を立ち上げようと考えているのですが、よかったら協力してくれませんか? もしそれが成功すれば、王国中に広がる可能性があるのですよ」


 クリスの顔がパーっと明るくなる。


「私でよければ。是非、お願いいたします!」

「では、書状を送りますから、人選などお任せしますね」

「はい!」


 その後、アイリスはマシューをアレックスに紹介することに。


「——マシュー・コヴィントンと申します」


 普段は声が小さいマシューだが、アレックスの前ではちゃんと声を張っていた。


「ハミルトン家と親しくしているようですね」

「ええ。実際に交流しているのはご長男のフランケン様だけですが」

「もしよろしければ、イリアとも仲良くしてやってください。彼女も研究者として一流ですから。私の屋敷には研究施設もありますので、ご覧になってみませんか?」

「よろしいのですか?」


 マシューは目を見開いていたが、アレックスの横で頷くアイリスを見て笑みを浮かべる。


「お言葉に甘えて……。是非、訪問させていただきます」

「お待ちしていますね」

「はい」


 マシューは嬉しそうに返事をした。



***



 アイリスの新居。


 長い1日が終わり、アイリスとアレックスは2人専用の寝室にいた。

 渡り廊下を挟んだ別棟には、アイリスとイリア2人のための寝室もあり、一日置きにアイリスはそれぞれの部屋で寝ることになっている。


 すでにシャワーを浴びた2人はゆったりとした寝間着を着ており、アイリスは大きなベッドに飛び込んだ。


「——アレックス、ベッド大きいねー! ふかふか〜! 天蓋付きベッドっていかにも王族って感じ〜!」


 初めて一緒に寝ることになるので、アイリスは緊張していた。

 どうにか会話を持たせようと必死だ。


「そうだね」


 アレックスはベッドに腰掛けてアイリスを愛おしそうに見つめている。

 その綺麗な顔を見て、アイリスは顔を赤くする。


「圭人、疲れているだろうけど、今日はまだ寝かせたくない。いい?」


 アイリスはうっとりとした表情で頷いた。


「圭人、愛してるよ」

「アレックス、俺も愛してるよ——」


 アレックスはアイリスに覆いかぶさり、唇を落とした。

 2人はその日、一晩中愛し合った。

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