第18話 旧巡回路


「立ち止まってても安全とは言ってないわよ?」


命からがら森に駆け込んだ教授に鴉は呆れた口調で言葉を浴びせる。


狙撃兵はスコープの調整がまだだったのか

それともスコープが邪魔して弾丸の挿入に手こずったのか

幸運にも教授は一発も撃たれず逃れる事が出来た。


「すまない…考え事をしたら…足が止まってしまったんだよ…」


何十年ぶりの全力疾走、息も絶え絶えに教授は謝罪した。


が、その言葉に鴉は反応せず歩きだす。


「よぉ!少しは待ってやれよ!休ませろよ!」


未だ肩で息をしている教授を見て中田が鴉に怒鳴った。


「じきにパトロールが来るわよ?それまで休憩する?」


鴉は振り返らず言い放つ。


「これから先も…こういう場所はあるの?」


まだ、体の震えが収まらないまま武内は彼女の背中に聞く。

武内の問いに教授と中田も頷いた。


前もって聞いておけば、それなりに気持ちの準備も出来るだろう。

どんな願いも叶うのだから、大変は当然と言われても生き死にがかかるのだ。

死んでしまえば無意味な以上、簡単には切り替えられない。


「そうね…もうこの道は使えない」


狙撃兵は間違いなくパトロールを呼ぶ、彼等の巡回路を歩いていたら鉢合わせになるだろう。


「旧巡回路を使うわ」


事も無げに言った鴉だったが、三人が不審な眼差しに変わった事に気付く


「おいおい!安全な道があんなら最初から使えよ!」

やはりと言うか口火を切ったのは中田であった。


「旧巡回路の危険なポイントは2つ…映画館と呼ばれる場所、あとは…」


鴉は中田に答えず話を続ける。


「映画館じゃ分かんねーだろ?具体的にどう狙われんだよ?」


無視されたからだろう、中田が鴉の話を遮った。


「…ナチは出口まで居ないわ、誰かに狙われたりは少ないわね」


元来、話好きな方では無いのだろう

彼女の表情から喋る努力が失われて行くのを武内は感じた。


「じゃ、何が危険だってんだよ!?」


「知らなくても良いわ、運が良ければ何も起きないから」


彼女は中田との会話を一方的に打ち切ると藪の中へ入っていった。




敵は居ない。


意味が分からなかった。


あの狙撃兵から通報を受けたドイツ軍がパトロール隊を出すなら

当然、旧巡回路も調べるはずであり敵は居ないと彼女が断言する理由が分からなかった。


そして彼女が危険な場所だと言う「映画館」

確かに敵が居なくても地雷の危険はあるのだが

特に危険とする理由は何なのだろう?


「映画館」などと名前が付くのだから何らかの危険はあるはずだが

何も起きないかも知れないと彼女は言う。


なら、「遊歩道」よりかは安全なのだろうか?


10メートルほど斜面を降りると、いきなり藪が開け道に出た。


「え…?」


三人の男たちは驚きの声をあげた。

さっきまで歩いていた巡回路が獣道にしか見えない立派な道路だったからだ。


道幅も車が対抗して走れるくらいはあり武内が乗車して来た貨客バスの道より遥かに立派な物だ。

何よりコンクリートで鋪装されおり地雷の恐れもない。


が、風雨に晒されて反り曲がった型枠や剥き出しの鉄骨を見れば

この道は完成しなかったのだと分かる。


鴉は戦車を通す為に作らせていたと言った。


道脇にはコンクリートの締め固め具や番線が散乱しており

突如、工事が放棄された事を感じさせる。


ドイツ軍は使わない、鴉の様な案内人ですら使いたがらない

そういう道なのだと転がっている安全帽を見ながら武内は思った。












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