第17話 教授の場合

三人目からは大丈夫だとは聞いたが草やぶに点在する犠牲者を見る限り

到底、大丈夫だとは思えない。


だが、不思議と恐ろしくはなかった。


何百メートルか先から銃口を頭に突き付けられているかも知れないのだし

だからこそ、この人達も死体となった訳だが

あまり現実味がわかない。


教授は道の近くに散らばる犠牲者を良く見てやろうと考えていた。


あの娘の死体や危険に対する無頓着さに惑わされているのか

それとも自分はそういう人間だったのか興味深い。



じきに草に隠れた死体の全容が見えてくる。

大抵は獣に食い荒らされボロ布の周りに干からびた赤黒い骨が散乱していた。


中間地点には、あの少女が言った「最近の客」が横たわっている。


最近だけあって黄色のヤッケは確認出来たが腐敗の酷い臭いと

獣に食い荒らされる途中の姿は目を背けたくなる有り様だった。


最早、性別も分からない死体はポカンと空洞になった眼窩で教授を見つめる。


嫌悪感はあれ、自分の身に迫る危険は特に感じない。


お仲間になった方が楽なのかも知れないな…


地雷の信管を見付けた彼は思った。


五万円。


これが大学から受け取った今年度の「研究費」だった。


大卒初任給の2ヶ月分…

50万寄越せとは言わないが、せめて10万円は欲しかった…


研究費は大学の外から引っ張って来るものだ。

と、言う人も居るが…


だがそれは、あくまで有用な研究「金の成る木」でなければならない。


田舎の記録に金を払いたい企業など無いのだ。


ナチスを打ち破る技術、新兵器。

もしくは皆が欲しがる新製品。

軍事と大量生産品、国を挙げての消費

個人の消費、それが国と国民の関心事である。


バスの停留所に陣取っていた憲兵の格好の様に国も国民もアメリカに染まっているのが日本だ。


昔は良かった…

だが、いつの昔が良かったと言うのだろう?


戦前はナチスを追い続けていただけではないのか?

それ以前は?


誰も捨てたネクタイの柄を懐かしみはしない。


自分が生涯かけて研究して来た全ては、埋め立て地のゴミを掘り返しているに等しい徒労なのだろう…。


「つまり、否定されたと言う事だな…」


踏んでしまいなよ…


最近の客は頬肉を失い大きく開いた口で仲間に入れと誘った。


「痛い!」


額に痛みを感じると同時に足元に小石が落ちた。

誰かが石を投げたのだ。

前方の森を見ると少女が身振り手振りで「早く来い!」と言っている。


彼女の指差す方角を見ると300メートルほど向こうの雑木林に迷彩服の男が立っていた。


お互いに目があった瞬間、男は肩にかけていたモーゼル小銃を降ろすと

ボルトを引き銃弾を腰ベルトに付いたポーチから出した。


「早く!走って!」








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