第19話 武装親衛隊


MP40

俗にシュマイザーと呼ばれる機関短銃である。

9ミリの拳銃弾、鴉の持っているワルサーと同型の弾を連射する機能を持つ。

停留場に居た憲兵が持っていた米国製の機関短銃に比べ、やや威力に劣るが

逆に発射の跳ね上がりは少ないのだから射撃時の操作性は良いと言える。


まぁ、そんな銃口が四人に向けられていた。


威力が多少低かろうが人をボロ切れの様に切り刻むには十分、一瞬で30発を撃ち出すのだから逃げ出しても無駄だ。


歩きだして10分もしない内に四人はドイツ軍の虜にされてしまった。


なぜ、こうなってしまったのか…


谷底の川に沿って造られるはずだった道。

川の流れる音に混じって、背後からドイツ製水平対向エンジンのバラバラと言う音が聞こえた時には手遅れだった。

藪に隠れる前にカーブからドイツ軍の乗用車が姿を現し銃口を突き付けられた訳だ。


「おい…どーすんだょ…SSじゃねーかよ…」


鴉の読みが外れたのだから本来なら大喜びだろう中田も顔色が悪い。

銃を向けている相手の襟に付く雷マークの様なS二つを見て震え上がっている。


親衛隊の連中だ…


武内も教授も彼等がヒトラーの親衛隊、それも実戦部隊である武装親衛隊である事を理解した。


ナチの親衛隊が捕虜を取らない話は耳にした事がある。


男は即座に殺され女は…

武内はチラリと鴉を見た。


彼女は相変わらずの仏頂面で手も上げていない。


「よう、カナエじゃねーか」


乗用車の後席に座っていた下士官が鴉に話しかけた。


突然の日本語だった。

いや、日本人だ。


二十代後半だろうか、服装と頭の両サイドを刈り上げた髪型はドイツ風だが

人の良さそうな何処にでも居る日本人だった。



見回せば、銃を突き付けている兵も運転手も全て日本人なのである。


ドイツ人じゃないのか?

親衛隊ならばエリート部隊だ。

当然、生粋のドイツ人で編成されるはず。


ナチス占領下の日本人、解放されるべき人々が武装親衛隊に入る等あり得るのだろうか?


だが一人、武内は下士官が「カナエ」と彼女を呼んだ所に反応してしまっていた。


彼女の本名だろうか?


加奈枝?佳苗?加菜恵?



「おい、下ろして良いぞ」

彼が命じると銃口を向けていた兵は銃を地面に向け槓杆の安全装置を押し込んだ。


「また、今日は可愛らしい格好だな」

下士官は車から降りると鴉の前にしゃがみ

彼女のスカートの裾を弄った。


「水が欲しいんだけど」


下士官の悪戯に構わず、鴉は乗用車の脇に積んである白十字にペイントされた燃料缶を指差す。


「もう少しでホルヒが来るから待てや、ファンタも積んでるしな」


「トラックが来るなら乗せてくれない?」

鴉は懐から千円札を数枚出し下士官に渡した。


「映画館は越えられんぞ?じきに霧も出る」


「かまわないわ」


交渉は成立したようで彼女は振り返り三人に言った。

「もう、手を下ろしても良いわよ?」


数分待たず、一台のトラックがギリギリと後輪ブレーキを軋ませ停車した。


下士官はホルヒと呼んでいたが旧ソ連製のトラックのようだ。

こちら側のジープの様にドイツが支援品として生産設備ごと寄越したのだろう。


ライトは左に1つしか無くキャビンも荷台も木の板を打ち付けただけの走るリンゴ箱の様な車だった。






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