炎の精


 火の玉を追って、俺は森の中に存在していた洞窟を見つける。

 なんで当たり前の様に森に洞窟が存在してるのかはさておいて、ここが奴らの拠点で間違いなさそうだ。

 道中には俺の魔法で目印を作っておいたから、ナディアが見れば簡単にここまで追って来れるだろう。


 俺は意を決して洞窟の内部まで入る。

 光源を付けなくとも、奴ら自体が発光して明かりの代わりになっているのはありがたい。


 洞窟の地形を上手く利用し、奴らにバレる事無く洞窟の奥へと潜る。

 この洞窟も内部の至る所に魔晶が発生しているな。

 こういった場所の方が、奴らにとっても都合のいい環境なんだろう。


 そう考えた所で嫌な予感がする。魔晶の発生している洞窟。そして新月の夜……。

 まるで俺達に神を降ろされた時と状況が似ている。


 しかも、子供は神の依り代として適性が高い。生物として純粋な器であればあるほど、人の身に神と言う異物を宿した時の抵抗が少なくなるからだそうだ。


「これは、時間が無いかもしれない」


 状況からして、連れ去られた方の子供は何かしらの依り代として捕らえられた可能性が高い。

 そうなると奴らの儀式が行われるのは時間の問題だろう。


 俺は先程よりも早く、洞窟の奥を目指す。奥に行けば行くほどあの火の玉の数は増えていく。

 そして洞窟の最奥には、中央に祭壇の様な台座があった。

 その部屋だけ、他の場所よりも異様に火の玉が多い。


 その密度は、熱気だけで汗が噴き出て来るほどだ。

 一つ一つはそこまで大した存在では無さそうだが、これだけの量の敵が居るのは流石に想定外だ。ナディアの到着を待った方が良いのかもしれない。


「これがナイルの言っていた信徒以外の敵か」


 確かにこれほど数が居るとなると厄介だ。しかも、中には他の場所から連れて来たのか、操られている人間の姿も確認できる。

 そして奴らを観察していると、その中の一人の人間が小さな影を携えて中央の台座の様な場所に近づいて行くのが見えた。


「あの影は、行方不明になっていた子供か」


 少年に見えるその子供は、やはり火の玉に捕まっていたらしく、ちょうど今儀式の生贄にされかけている。

 操られているであろう人間が呪文を唱え、洞窟内の魔晶が紅く輝きだす。


「くそ、ナディアの到着を待ちたかったが、そうも言ってられないか……!!」


 こうなっては一刻も早くあの少年を助けなくては。

 俺は魔力を一気に集中させ、地面に手を叩きつける。


『大地の杭』


 地面から無数の棘が火の玉に向かって突き立つ。

 クトゥグァには効果が無かったが、この程度の奴らなら簡単に吹き飛ばせる。

 棘に刺された火の玉たちは、火の粉を撒き散らして消えて行く。

 これで半数程度は処理できただろう。


 俺は中央の台座に駆け寄る。道中で道を塞いできた人間を殴り飛ばし、台座に横たわっている少年を抱きかかえる。

 あとは洞窟を出て村に戻るだけだが……。


「流石に復帰も早いか」


 仲間がやられた衝撃で動揺していた火の玉達だったが、直ぐに冷静さを取り戻し、贄を奪い去ろうとする俺に向かってくる。

 半数に削ったとはいえ、この量は相手できない。大人しく逃げに徹しよう。


『大地の波』


 俺の真下の地面がうねる。そして俺を持ち上げて波のように進み、目の前に居た火の玉を全て呑み込んで突き進んでいく。

 その速度はなかなかのもので、奴らが俺に放って来た火の玉はほとんど躱す必要も無く避けられた。


 このまま行けば問題なく帰れそうだ……。

 そう思った瞬間、火の玉達は一斉に出口を自分たちで覆い隠す。


「な……。ふざけんな、どけ!!」


 このまま突っ込んでも奴らに焼かれるだけだ。

 俺は岩石の弾丸を生み出し、奴らにありったけぶちまける。

 だが、やられた部分にどんどん後続の奴らが入って行く。


「ちっ」


 その圧倒的な物量作戦を前に、俺は出口を目指すのを諦めた。

 どうやらこの部屋の外からもどんどん仲間が入ってきているらしい。減らしたと思って居た火の玉の数が、また増え始めて行く。


 こうなってくると消耗戦だ。

 俺の魔力が底を尽きるのが先か、奴らが絶えるのが先か。


 俺は岩の波に乗って、祭壇を中心に円を描きながら回り続ける。

 この量の敵を相手に動きを止めるのは不味い。とにかく動き回って取り囲まれない様にしなければ。


 だが、それにしても抱えている少年が気になって戦いに集中し辛い。

 奴らの目標はこの少年の奪還のようだが、奴らの攻撃は普通に彼を巻き込みかねない。

 加えて、俺は彼に攻撃が当たらない様に動かなければならない上に両腕が塞がっているので、波の上でバランスを取るのが難しくなっている。


「しまった……!!」


 彼に当たりそうな攻撃を避けた事で重心がぶれ、バランスを崩す。

 そのまま俺は背中から地面に落下した。


「が、はっ」


 幸い頭は打たなかったが、背中を強打した影響で肺の空気が一気に吐き出される。

 息苦しさに意識が朦朧としかけるが、歯を食いしばって耐える。

 敵は好機とばかりに俺を取り囲む。無数の火が俺を取り囲み、その熱で汗が止まらない。


 だが俺は微塵も恐怖など感じていなかった。


「―――リノ!!」


 この部屋の出口を取り囲んでいた火の玉達が、押し寄せる波に呑まれる。こっちはちゃんと水の波だ。

 少女を村に送って行ったナディアがようやくやって来た。


「あと数秒遅れてたら、俺は灰になってたかもな」

「無茶はしないでって言ったのに。でも、無事でよかった」


 俺は周囲を取り囲んでいた火の玉を蹴散らす。

 出口の奴らがやられた事に気を取られ、俺から注意を逸らしたのが運の尽きだったな。

 先程打った背中の痛みが痺れるが、息を整え集中出来れば魔法を使うのにこのくらいの痛みはどうってことない。


 ナディアがやって来たことに焦りを覚えたのか、火の玉達は台座に集まって行く。

 そしてやられた火の玉達が残した火の粉も合わさって、次々に合体していく。


「何をするつもりだ? まぁ好きにはさせないけどな」


 俺は構わず岩石を奴ら目掛けて放つ。

 だが他の火の玉が身を挺してそれを防ぐ。


「どうしても邪魔させないつもりか。ナディア!!」

「うん、分かってる。『撃滅の奔流』」


 ナディアも俺に続いて魔法を放つ。

 だがそれも他の火の玉達が邪魔してくる。


 台座には大量の火の玉が集い、操られた人間が呪文を唱えている。

 次第にバラバラだった火は、一つの塊となって燃え上がる。


「止められ、ないか……!!」


 必死に魔法を撃ち続ける俺達。妨害する火の玉が居なくなり、最後に放った岩の弾丸が奴らを抉る……あと一歩の所で届かなかった。

 紅く染まっていたはずの身体は蒼炎と化し、俺の放った岩を容易く燃やして見せた。


「……我が眷属たる炎の精たちよ。お前達の働きには心底うんざりさせられる」


 その存在は、配下である火の玉達に呆れているようだ。

 新たに集まって来た火の玉達を吸収し、自らの糧としている。


「依り代もない不完全な状態で私を呼び起こすとは……まぁいい。お前達を糧に、私があの方を目覚めさせよう」


 そして蒼く揺らめく炎の巨人は、こちらを一瞥し叫んだ。


「聞け、我が神の目覚めを妨げる者よ。我が名は【炎精の王フサッグァ】。お前達を焼き尽くし、我が神の右腕たる蒼炎の化身である!!」

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