炎精の王


『我が神の目覚めを妨げる者よ。我が名は【炎精の王フサッグァ】。お前達を焼き尽くし、我が神の右腕たる蒼炎の化身である!!』


 台座に現れた蒼炎の巨人は名乗る。

 煌々と燃え盛るその姿は、先程までの火の精達とは比べ物にならない威圧感を放つ。


 俺は壁際に横たわっている少年を覆う様に岩の壁を展開する。

 これで、執拗に攻撃されない限りは彼が傷を負う事は無いだろう。


「リノ、どうする?」

「どうするも何も、ここで倒すしかないだろ」


 流石に不完全な為か、見た目よりも存在規模スケール自体はそこまで大きくはなさそうだ。

 とは言え、野放しにする事も出来ない。外に出る前にここで止めなければ。


「俺が援護する。ナディアはあいつの胸部に見える核を攻撃してくれ」

「わかった」


 相手が炎であるなら、水魔法を使えるナディアが攻撃する方が有効的だろう。

 そして【世界の眼】を使って観察する限り、奴の胸部に炎精達が集って形作られた様な核が見える。

 あれを破壊すれば、奴は存在を維持できなくなるだろう。


『お前達が私を倒す? 笑止!!』


 奴が叫び声を上げると、それに呼応するように洞窟内の温度が上がる。

 ジリジリと焼けるような熱気が俺達を襲い、俺達が怯んだその一瞬の隙を突いて、奴は燃え上がる両腕を振り下ろす。


 間一髪で直撃は免れたが、振り下ろされた衝撃で吹き飛んだ岩の破片が頬を掠める。

 奴から発される熱もそうだが、純粋に質量の大きさが厄介だ。


 俺は地面に手を当て、魔力を流し込む。

 奴の胸部へと届くように足場を形成し、そこを使ってナディアが核を目指し突っ込む。


「”根源より湧き出でし奔流よ、集い重なり全てを穿て”【水撃槍アクアランス】」


 ナディアは核を目掛け、詠唱込みの魔法で攻撃を仕掛ける。


 放たれた激流の槍は、わずかに核を逸れて着弾する。

 着弾した奴の身体には大穴が開き、しっかりとダメージを与えられているようだ。


「ごめん、ずれた」

「大丈夫だ。当たるまで撃ち続けるぞ!」

「うん。次は当てる」


 フサッグァはナディアを叩き落とそうと腕を振るうが、全体的に動きが遅く素早く足場を駆ける彼女には当たらない。


『小癪な!』


 それをみた奴は、天井に向かって炎を吐き出した。

 炎は渦を巻いて天井にぶつかり、その衝撃で天井の一部が崩落して来た。


「ナディア、避けろ!」


 俺は【世界の眼】を全力で行使する。

 崩落してくる岩に当たらない場所を見つけ出し、そこに次々と足場を生成する。


 創り出された足場を使って、ナディアは落下してくる岩を避ける。

 だがそこに、振り抜かれた奴の右腕が襲い掛かった。


「むぅ……。危なかった」


 攻撃に気が付いたナディアは水膜ベールで自分の身体を覆い衝撃を緩和する。

 水の蒸発する音と共に吹き飛ばされたナディアだったが、しっかり防御には成功したようで大したダメージは受けていない。


 安心したのもつかの間、今度は俺を目掛けて左腕が振り下ろされる。

 その質量と振り下ろされた時の衝撃波を考慮して、大きく回避行動を取らざるを得ない。


「”沸き立つは大地の意思、汝に世界の抱擁を”【奪界障壁ワールドドレイン】」


 振り下ろされた左腕に向けて、地面が襲い掛かりその腕を包む。

 フサッグァは腕を引き抜こうとするが、強い力で押さえつけられているかの様に腕はびくともしない。


『この程度で私を止められるものか!』


 腕が抜けないと分かったからか、奴は代わりに全身から炎を噴き出し始める。

 四方八方に噴出された炎は、矢の雨の様に俺達を襲う。


 その攻撃範囲の広さに、俺とナディアは防御に専念せざるを得ず、中々攻撃の機会を生み出せない。

 俺の生み出す岩の壁もナディアを包む水の膜も、徐々に削られていく。


「守ってばかりじゃ埒が明かない」


 俺は壁に手を付き、そこから無数の岩石を弾丸の様に射出する。

 奴の放つ炎の矢と俺の撃ち込む岩の弾丸は、互いにぶつかり合って消滅していく。


 その状態がしばらく続き、先に攻撃の手が緩んだのはフサッグァの方だった。


『な、何故私の方が先に……!?』


 驚愕するフサッグァだったが、そこでようやく違和感に気付く。

 ただ封じられただけだと思っていた左腕から、次々に魔力が抜き取られていた。


奪界障壁ワールドドレイン】は狭い範囲ではあるものの、捕らえた物から魔力を奪取することが出きる。

 奴が捕らえられたのは左腕だけだったが、左腕を介して次々と全身の魔力を抜き取られたのだ。

 俺は抜き取った魔力をそのまま使い続けるだけで、自然に奴を追い込めることが出来る。


「”万物を呑む波濤よ、捻り潰し押し流せ”【波濤流撃ハイドロウェーブ】」


 弱体化したフサッグァを呑み込むように激流が襲う。

 大量の水が奴を押し潰し、もはや核を護るので手一杯な様子だ。


『私が完璧な状態で降臨すれば、お前たちなど……!!』

「残念だったな。運が無かったと諦めろ」


『おのれ、おのれおのれえええ!!!』


 奴は激流に揉まれながら恨む様な叫び声を上げ続ける。

 確かに完全な状態であればもっと苦戦したのかもしれないが、実際はそうならなかったのだから叫んだ所でどうにもならない。


「これで終わり……【水撃槍アクアランス】」


 渦に囚われたフサッグァを目掛け、水の槍が放たれる。

 槍は今度こそ奴の核を寸分違わず穿ち抜いた。


『うぐ……がああああああああああ!!!!!』


 断末魔を上げながら、穿たれた核と共にフサッグァは消滅した。


 それを確認した俺は【奪界障壁ワールドドレイン】を解除する。

 フサッグの様な敵が現れた時の為に結界魔法を習得しようとした結果得た魔法がこれだったが、このぶんなら実戦でも中々使えそうだ。


 ……そう言えばいま気付いたがフサッグとフサッグァは名前かなり似てるな。

 何かしらの関係があるんだろうか。

 まぁ終わった事だ。別に気にするほどでもないかもしれない。


「あの子は?」

「そうだった、もう大丈夫だな」


 俺は連れ去られていた少年を覆っていた岩をどかす。

 幸い、彼に攻撃が届くことは無かったようだ。


「よし、帰るか」

「うん」


 火の玉の正体を解明し、その親玉を倒した。あとは彼を連れて帰れば、今回のナーム村での任務は終わりだ。

 俺は少年を抱きかかえて、ナディアと共にナーム村へと帰るのだった。

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