第4話

 あれから何年、いや何百回目だろう。

 たった一人のねじれたループはあいかわらず続いている。

 戦時下の教室。南国の学校。過疎で滅びかけた町の小さな高校。高度成長に湧く大都会の中高一貫校。なぜか本来の俺が存在した場所にはどうやっても行けない。

 どの場所、どの時代であっても俺は教師で、季節は初夏一歩手前の微妙な時期に到着する。

 半年か一年か、時間ループの直径は回ごとにランダムだったけれど、何百という子どもたちが俺の前を通り過ぎていった。


 そのうちに俺は桜子のような生徒がたくさんいることを知った。

 学校にも家庭にも居場所がない。そんな子どもたちは宙ぶらりんで、必死で自分の足場やよりどころを探している。

 教師である俺にできることは本当に少ない。手を差し伸べるなどと傲慢なことは言えないけれど、せめて短い間だけでも一緒に歩いてやることはできる。

 ……もっと長くいてやれたらと思う。

 俺が関わった生徒の行く末を知ることは絶対に、ない。



 今回は東北の小さな港町だった。

 高台の神社に併設された小さな公園からは太平洋の白波が遠くに見え、桜の巨木が神社のぐるりを囲んでいる。

 ベンチに座っていた俺に容赦なく針のような陽射しが突き刺さった。桜の枝々にあった花びらはとうに風にのってどこかへ飛び去っていた。離陸に失敗したらしい花片がところどころに薄汚れた姿を石畳にさらしている。神社に向かう参拝客はすっかり夏服姿で、何人かの女性は優雅に白い日傘をさしている。


 桜子はあいつが行きたがってた世界でうまくやっているんだろうか。

 バカにしていたあいつはすっかり賢くなっていた。少なくとも俺から去っていくという決断をするくらいには。


 葉桜を見上げつつ、俺は考える。


 一体、誰が被害者だったのか。俺か?

 違う。最大の被害者は桜子だ。

 吸いかけのタバコを背中じゅうに押し付けるような毒親に育てられ、教室内では嫌われまくって、やっとつかまえた転校生がぜんぜん自分に振り向きもせず頑なに被害者ヅラをする。不器用だったけれど、あいつなりに友達が欲しかったんだろう。


 あいつはいつだって普通の幸せを望んでいた。なのに、この世に生まれて二十年と少しで体がバラバラにされる。あれほど除去したがっていた背中の傷もそのままで。

……こんなのってありかよ。あいつだってそう思ったことだろう。


 最後に見た凛々しい後ろ姿を思い出す。

 桜子と同じDNAを持つ女。もし俺の知っていた桜子が理解ある両親と友人に恵まれていたら、あんな風に成長できたに違いない。

俺は逃げてばっかりで何もしてやれなかった。

いつだって、こずるくにいて、相手のせいばかりにしていた。

 あいつの立場に立って考えたことなんか一度だってなかった。

 俺はクズ野郎だ。


 頬を伝ってしずくが石畳にぽたりと落ちる。


「桜子に会いたい」


 思わずつぶやいた俺に、風が懐かしい香りを運んできたような気がして……ふいに俺はだれかの日傘の影にはいっていた。


「そう言うと思ってたわ」


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葉桜の君に 伊東デイズ @38k285nw

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