裏山

 私の中学校には裏山がある。山というには小さな、こんもりと 樹々のおいしげる 丘のようなものだ。裏山の先はよく知らないが、隣町まで伸びているとか、また別の離れた高校の近くまでルートがある、という噂も聞く。


 好き好んで裏山に入る生徒はいない。生物の授業でほんの少しだけ使う以外、一部の運動部の子たちが体力づくりに周回ルートを走り続けるだけだ。


 いつか理科の先生が「あそこには漆も生えているからな。迂闊に触るといけないよ」 と言っていたから、それもあって関心をもたれないのかもしれない。


 でも、私は実は気になっていた。どんな木が生えているんだろう、鳥も他とはちがうのかな、季節で様子も様変わりするんだろうな……。探険に行くには、昼休みは短かく、放課後は運動部の子たちがトレーニングをしている。 静かに散策する機会はあまりなかった。


 裏山の入り口は、狭い校庭の隅で、つまりは運動場の端なので、そこまでは皆馴染みがあった。しかし、 そこが秘密の場所であることをきっと誰も知らなかったろう。


 どの季節だったろう、新緑の季節でもなく、紅葉の季節でも、盛夏でも冬でもなかったとは思う。たまたま時間が空き、もてあました私は、裏山の入り口まで行ってみようと思いたった。様するにたまたま気が向いた、それだけの動機だった。

裏山の入り口は、やや開けていて、少し登ると薄暗かった。ところどころに草が生え、一部は運動部の子たちによってだろう、 踏み固められていた。

「ふうん……。 いい 感じの所なのか、 よくわからないな。」


 少し奥に行くと敷地を区切るフェンスがあった。よく見るとフェンスの下は土が抉られていて、実は学校の内外を何かの動物が行き来しているのだと思われた。


 飽きた。薄暗いし、雰囲気も良くない。戻ろう。踵を返し背を向け降りていったときだった。

 一本の大きな白いたんぽぽが目に入った。

「!」

 白いたんぽぽとはめずらしい。シロ バナタンポポだろうか。 私はすっかり興奮した。


 見ると、踏み固められた所のすぐ脇であった。この子は踏み固められなかったから育ったのだろうか……。

 周りを見ても他に仲間の たんぽぽは見当たらない。 この子は独りなのだろうか。孤独に、しかし、高く立派に咲いていた。


 後でクラスメイトに尋ねてみたことがある。

「裏山に シロバナタンポポ、 白いたんぽぽ生えてるの、知ってる?」

「知らない。」

 殆どの子は全く知らないようだった。


 翌年、ふたたび その裏山の入り口に行くと、彼女はやっぱり立派に背を伸ばし、白い花を咲かせていた。

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