現れた追跡の手

 日が昇り明るくなってきた木々の中を、リィンが黒いドレスを翻しながら彷徨う。その姿を眺めながら、私は拠点を移すことを考えていた。

 リィンがここに居ようとするのなら、この森を拠点とすればいい。そうすれば、リィンを失うことを恐れながら眠ることも、朝起きて半狂乱になりながらリィンを探すことも、せずに済むだろう。


「小屋を建てるというのも……私にできるだろうか」


 木材は何とでも調達できるだろうが、建物に関する知識は全く持ち合わせていない。かといって野宿という訳にもいかない。クマに襲われたら大変だ。


「とりあえず雨をしのげるような場所を、森の中で探そうか」


 余り起伏の無い場所だけに、洞窟があるとは思えなかったが、知恵を絞れば何か手はあるだろう。


「リィン、おいで」


 そう声をかけると、リィンは私の傍へと戻ってきた。リィンの手を取って、歩き始める。

 と、リィンが私の手を振りほどき、私の腕に自分の腕を絡めた。驚いてリィンを見たが、相変わらず焦点の合わない視線を前へと向けている。

 しかし私は、言いようのない幸福感に包まれていた。


 私とリィンは、腕を組んだまま、森の探索へと出かける。

 様々な種類の樹木が生えていたが、やはり岩場はない。岩場に木を立てかけて屋根にする案も、再考せざるを得ないようだった。


「これは困ったな」


 苦笑いをしながらリィンに話しかける。

 と、リィンが何かに反応した。立ち止まり、前方を見つめている。何か動物がいるのかとリィンの視線を追いかけて、木々の中を探り見た。

 動きのない静けさの中、遠くに何かが動くのを感じる。


 私は、リィンが動き出そうとしたのを押さえ、手を引いて太い木の陰に身を隠す。


「リィン、一度戻ろう」


 何か嫌な予感がする。気配の有った方へ行きたがるリィンを引っ張り、私はとりあえず石碑の広場へと向かった。

 石碑についたころには、リィンが落ち着きを取り戻す。私が手を離すと、リィンは石碑の傍へとゆっくり近寄っていった。また石碑を見上げ、ぼんやりとしている。


 さて、どうしたものだろうか。

 リィンは石碑から離れようとはしないはずだ。クマくらいならばさほど魔力を使うことなく倒すことができるだろう。少しの間なら、ここに置いていっても大丈夫かもしれない。


 さっきの気配、どうも動物ではない。リィンはその方向へ向かおうとしていた。もしかしたら、敵だと認識していたのかもしれない。もし人間であるならば、厄介だ。リィンと会わない内に、説得するか脅すかして、この森から出ていってもらおう。


 私は、リィンを石碑の広場に残し、再び様子を見に行くことにした。

 広場を離れてすぐにリィンの様子をうかがったが、石碑の傍を離れる様子はなさそうだった。急いで、気配の有った方へと向かう。


 しかし、焦って走ったのがいけなかったようだ。そろそろ出会ってもいい頃だと思った時、左の方から声が聞こえた。


「いたぞ!」


 その声のトーンに、驚かされる。人間だというのは分かった。しかし、どうみても、友好的ではない。

 適当な木に隠れて、腰に手をやる。そこで私は、自分が致命的な過ちを犯したことに気が付いた。


 魔銃が、ない。


 遺跡にほとんどの荷物を置いてきてしまったのだ。余りに慌てて出てきたから……今できるのは、穏便に相手と交渉し、この森から出ていってもらうことだけのようだった。


 私は木の影から姿を見せる。フードを深くかぶったマント姿の人間が一人、二人……三人。


「何か用ですか」


 私は、目の前に進み出た人間にそう尋ねる。


「お前に、王女誘拐と窃盗の容疑がかかっている。来てもらおうか」


 人間は、男の声でそう言った。

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